第68話 譲れない誇り
リーシャから無料で手に入れたコートは、羽を集めたような見た目で、着ていないと錯覚するほどコートは軽い。それでいてそこらの刃では貫けないほどの頑丈性も感じる。しかもふわふわとしているおかげで着心地はかなり良く、テトがコートの羽毛に顔を埋め、なかなか離れなくなったほどだ。背中に抱きつかれたままテトが眠りに落ちることがあるため、鍛錬できなくなる夜も少なくなかった。
ノアは新しく手に入れたコートを身につけてギルドへと向かった。この防具の性能を確かめたかったからだ。リーシャの話によると身体能力が無理やり引き上げられるようで無茶をすると身体を壊すらしい。そのため慣れるためにも経験しておきたかった。
だがノアが一人で受けられる依頼は少なく、採取など戦闘能力とは無縁なものばかりで、試すことは叶わなかった。結局その後も数日間アテナがギルドに顔を出す事もなく、ろくな依頼を受けられないでいた。それでもノアは諦めず採取から落し物探しまで全ての依頼を受けていく。そうした日を続けていると、ソフィからそろそろBランクに上がるという朗報が届けられた。
実はノアのポイントは十分にBランクに達していたのだ。しかしBランクに上がるためにはギルドマスターの試験を受けなければならない。それなのに、マスターはノアがハンターになってから一度もギルドに顔を出していないのだ。何処に居るかまではギルドの職員は把握できていない状態なのだ。
まだ見つかっていない遺跡を探す。それもギルドマスターの使命でもあり、機械生物が出てくる穴を一刻も早く封鎖しなければならないらしい。そのため、ノアはギルドマスターの帰りを待つしかないのだ。
(これからどうしよう……。 しばらくはタルタロスでの活動に専念でもしようか)
停滞の時間を感じたノアは何かすべき事を探して思いふける。そんな上の空のノアに、数人の男達が近づてきた。
「よぉ、お前もうすぐBランクなんだって? それなら俺たちの仲間になるってわけだな」
その男達はBランクのハンターらしく銀色の首飾りをかけていた。アテナの周りをうろつく鬱陶しいガキであるノアが、この短時間で自分達と同じランクになるのが許せなかったのだろう。自分達より弱そうな子供が、Aランクのおこぼれを貰い、成り上がっていくのを見て不満覚えているといった顔つきだ。そしてついに、苛立ちは頂点に達し、ノアをギルドの外へと連れ出した。
「用ってなんですか? わざわざこんなところまで連れてきて」
「なぁに、お前にはまだBランクは早いってことを教えてやろうと思ってな」
ノアはギルドで足をかけられても、肩をぶつけられても黙って耐えていた。しかし、あまりに周りの者達のしがらみはしつこく、排除するかどうか考えさせられる。きっといつかは切らないと、永遠に続くだろうと予想できるからだ。どうせこんな裏の小道だと死体が増えようと誰にもバレない。だが、問題なのは勝てるかどうかだ。
相手はBランクが数人で、Cランクの自分一人では数の暴力で返り討ちにされる可能性が高い。そう考えたノアは逃げるという選択肢を上げ始めた。
だがこの防具の性能を確かめる絶好の機会だということに気づく。この防具がもしノアの想像しているよりも使えるものならば、この数人を片付けることができるかもしれない。
「しばらく俺たちのギルドに顔を出せないようにしてやるぜ」
同時に襲いかかってくる男達を前に、覚悟を決めたノアは汗ばむ握りこぶしに力を入れて構えをとった。だが――
「ノアくん!」
小道で響く鈴音の声に、男達は動きをとめた。男達の視線の先には、息を荒げたアテナの姿があった。どうやら用事が終わったようで、追いかけてきたようだ。
「なっ、アテナちゃん! こ、これは違うんだ。このガキが……」
男達はアテナにこの場を見られたことにバツが悪そうにオドオドと慌てふためく。しかしアテナは男達を怒るどころか、気づいていないかのように真横を通り抜けた。
「大丈夫? 怪我してない?」
アテナはノアの頰をつまみ、怪我していないか確かめ、ホッとしたように肩の力を抜いた。
「ほらっ、どうせ今日も依頼沢山取ってきたんでしょ? 早く行こ」
「ちょっと待ってくれよ!俺達はアテナちゃんのことを想って……。 こいつが来てからアテナちゃん大変そうだからさ」
「私こんなことしてなんて頼んでない。 迷惑だよ」
嫌われることを恐れた男達はアテナに向かって言い訳をする。しかしアテナは視線をむけはしたが、すぐに興味なさげに一蹴する。その後も捨てられたように落ち込む男達に意識を割くことはしなかった。
「ソフィから聞いたよ。ノアくんもうすぐBランクになれるんだって?」
「はい。おかげさまで。これもアテナさん達のおかげです」
「ふふ、いいのいいの。これもノアくんの努力が認められた証拠なんだから」
「そうなら嬉しいですね。でも僕なんかがBランクの依頼を達成出来るとは思えませんけど」
自分の実力を不安に思いながら笑うノアを見てアテナは不思議に思う。
ノアが機械生物を倒すところを見たことはあるが、核を的確に貫く技術も遠くから敵を発見できる索敵能力もCランクハンターのものとはとても思えなかった。だがノアを見るに、謙遜している様子はなく本当に思っているようだ。自信、それは強者にとって必要不可欠なものだ。自信が無ければ最適な行動も行えない。それにここぞという時に自分を奮い立たせてくれるのが自信なのだ。
アテナはどうにかしてノアに自信をつけさせてあげたいと思い、頭を悩ませたが、その前に個人的に物申したいこともあった。
「ねえ、そのアテナさんっていうのもうやめてよ」
アテナは頰を膨らませて呼び方を指摘する。ノアとの距離を縮めたいのだが、ノアがさん付けで呼ぶことや、敬語もやめてくれないことがもどかしく面白くないと感じていた。
しかしノアはそれを、Sランクの自分にCランクごときが気安く呼ぶなという意味に捉えて頭を下げた。他の呼び方があったのだと勘違いし、焦ったように謝罪したのだ。
「ちょっ、違う違う!呼び捨てにしてってこと!敬語もなし!」
「ああ、なるほど。 いいんですか?」
「もちろんっ。 ノアくんは低姿勢すぎるよ! もっと自分に自信を持たなきゃ! ハンターは図太くないとね」
「じゃあ遠慮なくそうさせてもらいま……もらおうかな」
アテナは一歩距離が縮まったことが嬉しく、依頼を瞬く間に終わらせていった。少しづつ少しづつ、こうやって距離を縮めていけばもっとノアのことを知れると胸を踊らせた。
だが次の日、事件は起きた。
「今戻った」
「あ!お帰りなさい。 どうでしたか?」
ソフィがある男の帰還に気づき席を立つ。その男はこのギルドのマスターだった。何百年も生きてきたかのような貫禄を漂わせながらも、目は鋭く全く衰えを知らない。その男は長い髭をさすりながらため息をついた。
「ダメだな。 一年間探してはみたが新たな遺跡は見当たらなかった」
ギルドマスターは厳つい顔を更に険しくさせてため息を吐く。近くで見るとより恐ろしく、ソフィも若干笑みが引きつるほどだった。
「そういえば、新しく入った子の試験の件なんですが」
試験を行うのはギルドマスターの役目。それは決まっていることではあるが、男はあまり気乗りしないといった様子で椅子にドカリと座り込んだ。
「俺のギルドはいつからこんなに腐っちまったんだ? さっき中の様子を見てきたが、酒を浴びるばかりで働きもしない。あんなのがハンターだと?ふざけたことだな、オイ」
「ですが今回の新人ハンターは若くありながら凄く真面目で……」
「そんなものどうでもいい。欲しいのは努力の証じゃなく結果だ。それと、アイツが帰ってきてないってのも本当なのか?」
「……はい」
「フン、そうか」
ギルドマスターの男は不機嫌な様子を隠そうともせずに、ギルドに居座るハンター達をまるでゴミを見るかのように眺めていた。
――ノアは賑やかな酒場を通り抜けようとすると男に足をかけられた。それはいつもと変わらぬことなのだが、今回は躓かせるだけでは飽き足らず、時には隠れて拳を入れられた。その男達は昨日絡んできたBランクのハンター達で、アテナやルドルフが居ないことを確認してからノアに鬱憤を晴らそうとしているらしい。ノアは本当に面倒だと思いながらも問題は起こさないように笑って頭を下げる。
「お前プライドのカケラもねぇのか。ヘラヘラヘラヘラしやがって、そんなんでハンターになれると思ってんのか?」
ノアはそう言われても相手にする気はなく、困ったように笑う。しかしそれが更に男達の怒りを仰いだ。だが先に怒りを表したのは第三者だった。
「そのクズの言葉にも一理ある」
第三者、その人物はギルドの中を退屈そうに観察していたギルドマスターだった。
「ジークさん!?帰ってたんですか?」
ノアはジークと呼ばれた男の方を向く。その男は椅子に腰をかけているものの、身長はノアの数倍あることは容易に想像がつくほどの厳つさで、鳥肌が立つほどのオーラを発していた。
そしてジークの首にかけられていた輝く紋章は、この男こそがギルドマスターだということを証明するものだった。
(こいつが、ギルドマスター?)
「なぁ、期待の新人っていうから見に来たもののその有様か。いつからこのギルドは子供が迷い込むようになったんだ?なぁオイ」
ジークは期待の新人がただの子供であったことに失望を隠せなかった。
だがジークとは反対に、ノアの心の中は穏やかではなくなっていた。その男の顔、声色、髪、口癖、全てがノアの神経を逆立たせた。そしてなにより、ジークの頭に龍族であることを証明する二本のツノがあったことが大きい。それは忘れられない忌まわしい記憶を、根付いた怒りを呼び起こすのには十分なもの。だがそれでも、ノアは冷静さを取りこぼさないように笑顔を必死に作る。
「お前みたいなやつをBランクに上げてやるつもりはないな。 力が無いならとっとと失せろ。 被害者ぶれば助けてもらえると思ったか? ここでは虐められるも蔑まれるも自由だ」
ノアはぐっと堪える。言われたい放題ではあるが自分の実力が不足していることなど承知の上だからだ。
「だってよ。 ジークさんもこう言ってるんだ。さっさと出て行けよ」
ジークの言葉で調子に乗ったBランクのハンターは追い出すようにノアをどつく。
ジークはされるがままに追い出されていくノアを心の底から失望し、追い出そうとしている男を見てまた一段と失望した。その二人の姿は、自分が築き上げたギルドが無意味な集団だと判断させるに相応しいものだった。
「ふん、ここまでされて怒りもしないのか。勇気も誇りも自信もない。それに、とんだ腑抜けた目をしている」
そこで初めて、追い出されるように押されていたノアの足が止まった。散々言われ放題だったノアに、唐突な変化が割り込んだ。
「………て言った?」
「あ?」
「お前、今……何て言った」
ジークの言葉にノアは今までにないほど過剰に反応した。微笑んでいた少年の面影は消え失せ、その眼は激情により開かれる。
「おい、早く出ていけよ!このクソッガッ…………」
一瞬だった。何かを言い終える前に、Bランクのハンターはノアの拳一つで潰された。頭から拳を叩き込まれ、床の底へと叩き潰されたのだ。
「お前ごときがこの僕を勝手に評価するな。 ハンター風情が、この目を馬鹿にするな!」
コートが広がっていき羽のように羽ばたき始める。それはノアの翼の細胞から作られたもので、ノアの意思で羽のように羽ばたかせることもできた。
ノアは、ギルドマスターなんて称号関係ないとばかりにジークを睨む。
「ほぉ……」
その目には、ジークが先ほど感じた弱々しさなどまるで無く、何よりも黒い怒りと残酷性が渦巻いていた。その濃い殺意の前に、自然とジークほどの男でさえも椅子から腰を浮かした。
「この目を馬鹿にするやつは誰だろうと後悔させてやる。 立て、糞野郎。 無様に吠えさせてやる」
ノアの背に漆黒の翼が広がっていき、天井を染め上げるその激情は、ひとときの夜をここに咲かせた。




