第67話 猫の奮闘
「ねぇ、私はメアリィっていうの。貴方の名前は?」
目を輝かせてメアリィと名乗る吸血鬼は空で踊る。ノアは自分の名前を言うつもりはなく、黙りこんでいたがメアリィは気にしてないほど興奮していた。
「あのね!貴方の血、ものすっごく美味しかったの。生まれてから一度も味わったことのない至高の味!一生分の苦しみを混ぜたような苦味、その後に流れ込むまるで赤ん坊のように新鮮味のあるあの甘さ!」
メアリィは恍惚として我を忘れているかのように表情をとろけさす。
遺跡の中でノアの血を舐めたメアリィは、その味に衝撃を受けて固まってしまった。それほど美味で、新鮮な血を求める吸血鬼にとってノアはご馳走だった。
「ね!ねっ!私のものになってよ!一生私のものになっていつでも貴方を味わせて!」
メアリィは艶かしい身体をくねらせてノアを誘惑する。その目は禍々しく光り、今すぐでも貪りたいという意思が感じられた。
「私のものになるなら痛くしないから!今度は腕をもいだりしないよ?噛むだけだから」
返答をしないノアに自分の言いたいことだけをぶつける。断っても結果は一緒だと言わんばかりに話すメアリィの言葉にテトの耳がピクリと動く。
「逃げるぞテト。あいつはやばい」
これ以上関わりたくないノアはテトに合図を送ろうした。だが、そこにはもうテトの姿はなかった。
「ノアを傷つけるの、許さない」
テトは猛スピードで飛び跳ね、メアリィの首めがけて猛毒の大鎌で斬りつけた。その速度にノアも驚き目を疑うほどだ。
「へぇ、ノアっていうの? ねっ!いいでしょ!私にちょうだい!」
だがメアリィは嬉々な笑みを浮かべて槍で受け止める。
「……だめ」
深紫の鎌と真紅の槍が交差する。高速の突きを旋風する鎌で薙ぎ払い、衝突の余波がこっちにまで届く。
「ふーん、邪魔するなら殺すよ?」
メアリィは一旦距離を取り自分の手首に噛み付いた。その行為に何の意味があるか、それはすぐに理解させられた。手首から吹き出た血が何十本もの針となりメアリィの周りを漂い始める。
「ノアは私がもらう!もうあの味を覚えたら他じゃ無理だもの!」
「テト! 」
一斉に降り注ぐ血の雨、一本一本が死に繋がるその攻撃がテトに舞い降りる。ノアは慌てて眼の力で軌道を変えようとするが、あまりの威力にそれが出来るかわからない。
だがやるしかない。出来なければテトが死ぬだけ。そう思い、必死で力使おうとしたがノアの努力は無駄に終わった。
なぜなら全ての針が一瞬にして木っ端微塵となって叩き落とされたからだ。
「えっ!うそっ!」
雲のように濃い霧を漂わせ、その渦の中心でテトは目を開く。
「あれ?力が入らない」
メアリィは片膝を地面につき、震えている自分の手を見つめる。一帯に広がるのはテトの猛毒だ。毒の霧を吸い込んだメアリィに、テトは欠けた月を思わせる鎌を振り上げる。
「ノアは渡さない」
「ひっ!」
鎌を掲げる猫がメアリィには死神にしか見えなかった。月の光を反射する光る目を向けられ、自分の首を見定めている死神を恐れてメアリィは逃げだす。ノアを傷つけた不届き者を罰するテトは、メアリィから見ると正真正銘の化け物にしか見えなかった。
「ひゃぁ〜、無理無理!」
羽を広げて夜空へとメアリィはよろめきながら飛び立つ。それをテトは逃すまいと尾から毒の刃を作りだし容赦なく投擲する。その精密性の高さにメアリィは避けきれず、数本の毒ナイフを浴びて中央街の奥へと落ちていった。
鎌を消して何も無かったようにこちらを振り向くテトの顔はいつもの愛らしい顔だった。尻尾を揺らして、ととと、と歩み寄り褒めてと言わんばかりにノアを見つめる。ノアはテトを怒らせないようにしようと肝に銘じて頭を撫でると、えへへと先程の死神からは想像もつかない声を出しながら子猫のように頰を緩めていた。
その後、ユグドラに金の泡を渡して報酬を受けり次の日ノアはその金を持ってリーシャの店に行く事にした。テトと二人で中央街を歩いていると、テトが何か欲しいものを見つけたらしく立ち止まった。
「ちょっと待ってて」
小走りで店内に入るテトを見て、ふと何に金を使っているのか気になり店の中を覗く。すると本を一冊購入したようだが、その本の内容を聞いても答えてくれずそっぽを向くばかりだった。
「ん?」
ノアは道の先で黒い煙が出ているの見つける。そこはリーシャの店だった。
「あのー大丈夫ですか?」
ノアは店の中に入り、黒焦げになっているリーシャに声をかけた。するとリーシャは驚くくらい大きな声をあげて飛び上がった。
「ノ、ノ、ノア坊! ど、どうしたの!?」
「いえ、防具を取りに来たら店から煙が出てたのが見えたので」
リーシャはノアの言葉に顔を青くしてあたふたとした後、観念したように頭を下げた。
「ごめんなさい!」
話を聞くとジャック・オー・ランタンの素材、古代兵器の貴重な核を使って失敗してしまったらしい。土下座をしそうな勢いで頭を下げるリーシャを見て怒る気は無くなった。
「それで壊しちゃったんですか?」
「いや、出来たのは出来たんだけど……」
そう言って取り出したのは漆黒の羽を集めたようなコートだった。羽毛だけで作られているように見えるが、触れてみればその頑丈さと力強さが伝わってくる。出来たのなら別に構わないのでは、と思っているとリーシャはおずおずとした様子で説明した。
「いやーそれがね、エネルギーが強すぎて制御出来ないんだよね〜。身体のリミッターを無視して暴走しちゃうんだよ」
それを聞いて、これ以上にないほど自分にピッタリではないかと思ったがノアは表情には出さずに落ち込んだフリをする。それに罪悪感を感じて土下座をするリーシャの肩にノアは手を置いて優しく微笑んだ。そのまま優しく言い包めて結局防具の代金は無料にしてもらったノアは有意義な買い物をして満足し店を出ようとすると、テトが店の入り口で本を夢中に眺めておりノアに気づくと慌てて閉じて立ち上がった。
「そんなに面白いの?」
「……秘密」
タルタロスに戻るとノアは全員分の料理を作る。新人では無くなったはずなのにアウルムとアルティナは子供達に火は危ないと言って結局ノアにやらせていた。何だかんだ理由をつけられてノアが料理の担当することが多い気がしてならなかった。
ご飯を食べる時はテトが肩がくっつきそうな距離に座り、時々当たって食べにくさを感じてるほどだった。そしてやはり食べづらかったのかテトが皿を零してノアのズボンにスープがかかる。テトがこんなドジを踏むことは珍しいので何か理由があるのかと思い、顔を向けると何故かテトはなにかを期待している風な顔つきだった。
「何かあったの?」
「……べつに」
だがノアが何も感じていないことを知るとガッカリしたように眉を下げる。その後も手に何かを塗って「つけすぎたから」と言ってノアの手にも塗り始め、また期待のこもった目で見つめてくる。ノアは訳がわからず首を傾げるばかりだった。
「……おかしい」
テトは一人木の裏で今日買った本をめくって睨むように見る。その本には『異性が思わずドキッとする行動』と書かれていた。
肩がくっつく距離にも座った。相手のズボンの上にも料理を零して拭いてあげた。余ったハンドクリームをノアに塗ってさりげなく手に触れた。なのにノアはドキッとした素振りを見せていない。
「むぅ」
このままでは一向に成功する感じがしなかった。というよりもテト自身が我慢できなかった。肩が触れるくらいでは物足りないし、ズボンを汚しても困らせるだけでは無いだろうかと不安になるし。それにハンドクリームの匂いは嫌いじゃないが、ノアの匂いが上書きされるのは嫌だった。
テトはため息をついて今日購入したばかりの本を毒で溶かした。




