第61話 病の前兆
ノアはぼんやりと目を覚ました。体に怠さを覚え、気絶する前のことを思い出す。腕はいまだ生えておらず、身体中包帯だらけの今の姿はまるでミイラのようだ。起き上がろうとすると全身に激痛が走り、再生能力は戻っているだろうが再生速度はかなり緩やかで、数日はろくに動けないことを察した。
「そういえばあの夢、見なかったな」
意識を沈めた時に現れるカナリアの夢を見なかった。それが悲しいのか、それとも安心しているのかノアにはわからない。
「……ん?」
上半身を起こそうとした時、あることに気づく。無くなった腕の代わりに、寄り添うように丸まって寝ているテトの顔があったのだ。しかも服は着ておらず猫のようにしなやかな身体を晒して、すーすーと小さな寝息をたてながら眠っていた。
「これ、テトのベッドか」
「……ん?ノア?」
「ごめん、起こしちゃった?」
「ノア! 」
目が覚めたテトはノアを見て思わず抱きしめた。嬉しそうにノアの胸に顔を押し付け、尻尾を揺らしていたため、何も言えなかったが結構痛い。
「もう何処にも、行かないでね」
「テト……」
テトに自分の名前を呼ばれたことに少し驚いていたノアは返す言葉を見失っていた。だが、テトは答えを求めていたわけではなかったようですぐに体を離す。
「ノア、おはよ」
「あ、ああ。おはよう」
テトは頰を綻ばせてにへらと笑う。
「そういえばなんで服着てないの?」
「ノアに貰った服、無くなった」
ノアが買ったものはジュラに連れ去られた時に炎で焼かれてボロボロになっていた。ほかに服が無いはずがないのだが、どうしてか元からあった服をテトは中々着ようとしなかった。しかしこのままでは風邪をひいてしまうので何とか説得して服を着させようとする。
十五分ほど話し合った結果、好きな服が無いというのでノアの傷が治ったらまた買いに行くからその間だけでもと、約束するとテトはしぶしぶ着替え始めた。やはり猫耳のフードがあるからか、テトはあのローブを相当気に入っていたようだ。
テトからあの後のことを聞いた。ノアはティグリスに運ばれてタルタロスには帰れたがそのまま3日も寝込んでいたらしい。その間の看病はテトがつきっきりでしてくれたらしく、包帯もさっき取り替えたかのように真っ白だった。
「でもロイは…。私の、せい」
テトは耳を伏せて涙を一粒零す。ノアが戻ってきたことに喜んだアウルムやアルティナは、姿が見当たらないロイに教えるために探しに行こうとしたが、キュプラーが事実を三人に伝えたという。そこでテトも初めて知ったらしく、自分をずっと責めていた。
「そんなこと……」
「そんなことないぜ」
ノアがすぐに否定しようと声を出したが、それはキュプラーの声に埋もれた。様子を見に来たキュプラーは、二人の話が終わるまで黙っていようと思っていたが、ロイの話が聞こえてきたため思わず声を出していた。ロイの気持ちを伝えずにはいられない様子で、ノア達を見つめていた。
「……あいつ、病気だったんだろ?」
「知ってたのか」
「そりゃあそうさ。俺はあいつのパートナーだぜ?」
ノアはロイの病のことを隠し通せていると思っていた。だが確かにロイの様子の異変に最初に気付いたのはキュプラーであり、パートナーであるキュプラーは一緒にいた時間もノアとは比較にならないだろう。
「あいつ俺達に気を遣って何も言わねぇからさ。その点お前には打ち明けたんだな」
「それは僕達がたまたま見てしまったから」
「確かにそれもあるかもしれねぇ。でも、ロイの気持ちも分かる気がするよ。俺もロイの立場だったらお前に相談しそうだ」
「……キュプラー」
「ま、多分俺以外の全員も知ってたと思うぜ?あいつは隠しているつもりだっただろうがな」
「そっか」
「だからテトもあんまり気にすんな。あいつはあいつの道を選んだんだから。きっと戦いで死んだことに誇りを持ってるだろうよ」
「………うん」
ノアもそれがいいと思った。ロイの死を悲しむのはあの覚悟への侮辱だ。皆んな笑って見送るのが一番だ。一番悲しいはずのキュプラーがこんなに強く笑っているのだから。
「ところで何で二人で寝てんだ? 」
「………ノアの寝床無いから、仕方なく」
当然の疑問に対して答えたのは、少し目線をずらしているテトだった。心なしか頰が赤く見える。
「お前寝床無いの? あ、そういえば……」
キュプラーは今頃ノアの住処が無い事に気づき原因が自分だということを思い出した。まだノアが来たばかりの頃、キュプラーが喧嘩を売るようにそう仕掛けたのだった。ノアも寝床を欲した事が無かったのでノア自身も正直忘れていたのだが。
「悪い悪い、今からでも適当に空いてる場所使えよ」
キュプラーは慌てて謝ると、空いている廃墟はどこでも使っていいと勧めてくれた。しかしそれを一言で断り、断ったのはノアではなくテトだった。
「いらない」
「「え?」」
「ここでいい」
ノアとキュプラーは二人声を合わせてテトを見る。貰えるなら貰おうとしたのに、テトに否定されるとはノアも思っていなかった。何故かテトは頑なに自分の寝床にノアを寝かせることを譲ろうとせず、ベッドも狭いだろうと言われても大丈夫と答えるばかりだった。
やはりテトは自分を助けて怪我をしたノアに罪悪感があるのだろう。だからノアに罪滅ぼしをしようと自分のベッドまでも引き渡した。そう考えたノアは、それで罪悪感が薄れてくれるならとテトに従うことにした。
「そ、それならいいんだが。まぁ何かあったら何でも言えよな」
キュプラーが部屋を出ていくときゅるる、という音が鳴り、隣を見るとテトが恥ずかしそうにお腹を抑えていた。
どうやら3日間寝込んでいる間、ノアの側にずっと居たらしく食事も取っていなかったらしい。しかし、テトはお腹は空いたがノアの側は離れたく無いといった様子でちらちらと迷うような視線を、自分のお腹とノアを交互に漂わせていた。
「あー、そういえば僕もお腹が空いたな。 僕の分も持ってきてくれないかな?」
「……ん、わかった。まってて」
ノアは、迷っていたテトに自分も欲しいと言うことにより離れることの罪悪感を消そうとした。するとテトは頷いてすぐに飛び出していく。テトの気持ちも分からなくはないが、ノアがこうなったのはテトが悪いわけではないのだ。正直言って半分は遺跡の中で負った傷なのだからテトにそこまでしてもうのも逆に悪いと感じる。
だが、ノアが思っていたテトの罪滅ぼしは予想を超えていた。
食べ物を持ってくるだけと思いきや、テトは料理まで作ってくれた。そしてノアの顔に息がかかるほどの距離まで詰めて息をふーふーと吹きかけて適温になったスープを差し出すなど、失った腕以上の働きを見せつけた。
「はい」
「えっと、これは?」
「あーん」
テトはノアの顔をじっと見つめたまま暖かいスープを口の前に持ってくる。どうやら食べさせてくれるようだが、スープの匂いが明らかに異常で、思わず固まってしまう。
「自分で食べられるから」
「腕無い。だめ」
確かにノアの腕は片方無いうえに、もう片方も包帯でぐるぐる巻きになっている状態だ。そうなってはノアも断る理由もない。しかし色や匂い、そして浮いている食材までもが謎で構成されており、素直に口を開ける気にはなれなかった。
「にんじん、きらい?」
どれがにんじんなのか分からないが、シュンと項垂れるテトを見ると、逆に罪悪感が湧き、どうせ味なんて一緒だとスプーンをくわえた。
嬉しそうに見つめて尻尾を振っていたテトだったが、味の感想は聞かずに用事があると部屋を出て行った。そのため、反射的に歪んでしまっていた顔を見られてはいないだろう。
「どうかしたの?」
「……なんでもない」
しばらくして戻ってきたテトに何かあったのか尋ねても、はぐらかすばかりでタルタロスに何かあったのかと不安になってしまうがそういったことではないようだ。体力を回復させるためにも、今は体を休ませることを最優先に、じっと剣を振りたくなる衝動を抑えていたのだが、やはりテトの様子はおかしかった。
「ねぇ、ノア」
「ん?」
「呼んでみただけ」
「なんだそれ」
「ノア?」
「はい」
「……なんでもない」
テトは何度かノアの名前を呼び、なんでもないと答えることを繰り返していた。とても楽しいとは思えないが、テトはそれを凄く嬉しそうに繰り返していた。そして名前を呼んでは時々部屋から飛び出してく。それを繰り返すテトを見て訳がわからずに疑問を抱く一方だ。
「……なんなんだ?」
テトは部屋から出るたびに木の裏でうずくまっていた。汗が頰をつたって手の甲に落ちていく。心臓の痛みを恐れて服を乱暴に掴んでは呼吸を荒げる。お腹が鳴りはしたが実際食べ物を目の前にしてみると食欲は失せて、テトは結局口にしていない。
「やっぱり、これ」
まるでロイの症状と同じ。そんなはずはないと嫌な考えを消し去ろうとも、また暫くすれば痛みに襲われるだろう。せっかくノアの名前を呼べるようになったのに。服を買いに行く約束もしたのに。
テトは呼吸を整えるように膝を抱えて目をつぶった。
「ノア」
「今度はどうしたの?」
「ノアの昔のこと教えて」
「昔?」
何やら真剣な表情だったテトを見て何かと思ったが内容は他愛もない話だった。そういえばテトにはここに来る前のことを、来た理由を詳しく話した事がないなと思った。
「ノアの言ってた、大事な人の話も」
唐突な話題にノアは一瞬だけ瞳孔を揺らすも、手伝って欲しいと頼んだくせにその話をしてないのもおかしな話だと思い素直に頷く。
ノアはそれから、時間つぶしにはちょうどいいと、自分の生まれた村のことや、自分を救ってくれたカナリアのことを思い出せる限りに語った。
それをテトは黙って聞き、それを話すノアの顔ばかり見ていた。




