第60話 抗い方
ジュラは倒れているロイに向かって燃え盛る炎弾を撃ち下ろした。それをノアは、立ち塞がように構えて短剣で起動を変える。凄まじい熱気を帯びている弾を数発撃ち落とすことはできたが、ノアの奮闘は苦し紛れで終わり容赦なく連発される攻撃に短剣が手から離れる。
「無駄なんだよ!時間を稼いで何になる!?」
「知りたいか?」
「……は?」
手から武器が落ちようとも諦めず、何度も立ち塞がるノアを嘲笑い幾度となく炎をぶつける。しかしノアが武器を落としたのはわざとだ。相手を油断させてこの隙を作るため。
ジュラは目を見開いたまま硬直した。何故なら次々にノアの周り、何もない場所から数十本のナイフが空中から現れたからだ。ノアはリーシャに計百本のナイフを作ってくれるよう頼んだ。ノアはナイフを空間の狭間に隠し、油断させた相手を襲撃しようと考えていた。そしてそれはまさに効果覿面。ノアは空中から出現したナイフを身体を捻りながら丁寧に片手でキャッチして次々に投擲する。払っても払っても身体にナイフが突き刺さり、ジュラは顔を歪める。
「ヤメロォォー!クソボケカスガァァァ!!!ムダッツッテンダロォォォ」
ジュラは身体を燃焼させて炎を撒き散らす。その炎は鉄すら焼き去っていき、ノアのナイフはもう届かなくなっていた。それを見たノアが諦めて手を止めたのを、好機と思ったのかジュラは人一人吞み込めるほどの巨大な炎を作り出しノアにぶつけた。その炎に焼かれ、ノアは彼方へと吹き飛んでいく。だが吹き飛ばされながらも眼だけはその拳に劣らず燃えてしっかりと見据えていた。
「まさかっ!」
「そう、無駄なものなんて何もない」
ノアが稼いだ時間の中で立て直したロイは影から飛び出し渾身の力をナイフに込める。ジュラは慌てて炎を放出するがノアの眼により炎は掻き消され、腹まですんなりと刃は届いた。
「アバババババッ‼︎」
ジュラは血を吹き出しながら地に倒れそうになるも、手をついて服に汚れがつくことを嫌った。怒りに怒り、ジュラから発せられる熱が強まった。腹から流れる血はすぐに蒸気と変わり、そこら中の瓦礫を見境なく殴り飛ばす。
「ダァァアボォォォァガァァァ!!!」
「おいおい、タフすぎるだろ」
もうジュラはノア達を見ていなかった。何故ならジュラの目は灼け爛れ、炎の噴出口となっていたからだ。そして額からは一本の火柱がたっている。そんな姿になろうとも、身体中を燃焼させながらも、菌を焼却するために拳を握る。その憎しみの強さにはロイも足を止めてしまうほどだった。
「ダァァァァァァア!!」
「うおっ!?」
超広範囲を一掃する灼熱にロイは右肩を負傷する。なんとか死は免れたがそれはノアが助けたからだ。
「悪い、油断した。大丈夫か?!」
(ぅぅっ、これ以上酷使すると壊れそうだ)
大丈夫だとハンドサインを送るが、もう力を3回使い果たしたノアは目を開けていられないほどの激痛に襲われる。
「シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネェェェェエ!」
ジュラの咆哮とともに大噴火が巻き起こり流星群が落とされる。死が降り注ぎ、次々と世界が砕け散る。このままではノアもロイも隕石に叩き潰されるだけ。ここで終わるくらいなら、ノアはそう覚悟を決めて眼を開く。眼はメキメキと血走り、真紅に煌めくと共に体のどこかがパキンと割れた。
「走れぇ!」
ノアの叫びにロイは驚くように見返してきたが、何も言わずにジュラめがけて走り出した。次々に落とされる隕石の中に突っ込むロイの姿を見て、ノアは場違いながら少し嬉しいと感じた。それは信頼の証、ノアが防いでくれると信じてくれているからだ。
「期待には、応えないとね」
ノアは眼から血を流しながらも、空を支配する炎天を見上げた。すると赤い空は割れ、一本の通路が出来上がる。真っ直ぐジュラの元へたどり着けるロイの道をノアは創り出したのだ。
「うぉぉぉぉおお!」
ロイのナイフは炎の身体を深々と突き刺した。蒸気を発しながらよろめくジュラは、しばらく止まっていたが噴火するかのごとく暴れ始めた。何故か死んでいないことに慌ててもう再度攻撃しようとしたが、ロイのナイフは熱でドロドロに溶かされていた。
「ゴァォォォォォォォ‼︎‼︎」
「やばっ、」
人型の炎は右腕に全エネルギーを集め始めた。熱で蹂躙された世界が一箇所に集い始め、大気に舞う火の粉すら輝きながら手に吸収されていく。膨れ上がる業火を前に、ロイは真っ直ぐにノアを見つめていた。
「………頼むぞ」
ロイの言葉が耳に届くと、ノアは熱された石に潰されぐちゃぐちゃになった身体を持ち上げる。そんな顔で頼むと言われればやるしかない。焼け落ちた羽の骨を地面に突き刺して無理やり身体を起こしていく。
「…………焼却…してやる…お前らも……この世界も……」
「燃えてなくなれーーーーー『憤慨の日食!』ーーーーー」
あまりの高温のせいか、怒りの拳を包む灼熱の輪郭が白色を帯びていく。その拳を振り抜かれれば後方一面消し飛んでしまうだろう。
だからロイは自らその拳を受けに、前へと足を運ぶ。まだ完全に熱を集めきっていなかったが、ジュラは近づいてくるロイに拳を向けた。振り抜く前にロイは拳を素手で受け止めて後方へのダメージを減らす。拳は完全なものでは無かったとはいえ、ロイの腕は消え去り腹を打ち抜くには十分な威力だった。内臓は焼かれて背骨もろとも貫かれ、血が熱で沸騰して体内が暴れ出す。だが、それでもロイの背後に炎は届いていなかった。
「ァァァァァァアアア!?」
「ゴポッ、これが覚悟の違いだ。……お前は運命を憎むだけで終わった。……抗い方を間違えたな」
「オマエェェェェエ!!!!」
ロイは運命を受け入れたのだ。死を受け入れ、最高の死を自分の意思で選んだ。仲間のために戦って、仲間を守って死ぬ。ロイは望んだ結末に満足して後に託すように仲間の名前を叫んだ。
「ノアァァァァァァ!」
「……後は任せて。君は本当に格好いいよ」
ロイの背後から飛び出たノアはジュラの首を剣で払い、初めてジュラは背中を地につけた。
炭となっていくロイの身体を腕で支えてノアは呟く。ロイの言う「頼む」は何に対しての頼むなのか。伝えるべき感謝の言葉は何だったのか。様々な感情に悩まされていると、とん、とお腹に拳を添えられた。その拳の中には未だ未開封な秘薬が握られていた。
強く吹き付ける風で風化したロイの体がどんどん軽くなっていくのを感じる。
「またな、ロイ」
ノアは首を掻っ切られたジュラを見下ろす。自分の身体を燃やしていたジュラの身体は黒焦げではあったが、微かにまだ息があった。ノアは何か起こる前に息の根を止めようとすると、ジュラの口がパクパクと動いた。
「ク、ソが………汚れちまったじゃねえか」
「気にするなよ。どんなに身なりを気にしても、お前は心が薄汚れてる」
「……お前も……時期にわかる…自分が狂い出して……いることに……な」
「……そうだな」
そう言い残してジュラの命の灯火は消えた。怒りに嘆き、不浄を嫌った男の死体は黒い塊で、まるでゴミのようだった。
ノアはロイが死んだ時、何の感情も湧かず心が痛むこともなかった。そのことが酷く心を荒だてたが、そんなことを考える余裕もなくノアの意識はぷつりと途絶えた。
*****
「うぅ、ひっく。…ノア…ノア」
ノアにかけられたローブを必死に抱きしめ、テトはノアの名前を何度も呼ぶ。皆んなも黙って無事に帰ってくることを期待するだけだった。アウルムとアルティナの傷は大したことはなく、むしろテト達を連れてタルタロスまで運んできたティグリスのほうが重症だった。ティグリスはテト達に向けられた攻撃を全て身体で受け止めてここまで運んできた。そのティグリスをキュプラーとニーナは敵と勘違いして攻撃してしまったほどだ。今は誤解は解け、ノアを迎えに行っていた。
「ノア、約束した。ずっと一緒にいてくれるって」
「テトちゃん……」
テトの目からポロポロと涙が流れ落ちる。またノアに名前を呼んで欲しい。いつもの道でまたノアを待ちたい。ノアの温もりを感じたい。もう一度、ノアの名前を呼ばせて欲しい。
ノアの足音を必死で耳を拾おうとして、一人の足音を捉えた。それは明らかにノアの足音ではなく、顔を上げる気力もない。
「おい、連れて帰ってやったぞ。少しは手伝え」
だがそれはキュプラーの足音で、その肩には気を失ったノアが担がれていた。もしやと思い、顔を上げるとそこにはノアの姿があった。
「ノアッ!」
テトは居ても立っても居られずに顔をくしゃくしゃにしてノアに抱きつく。キュプラーもそのままノアを引き渡す。あちこちが崩れ落ちているノアの体を、テトは大切そうに抱きしめる。自分の目の届かないところでいつも死にかけていることを恨めしく思うも、戻ってきてくれたことが何よりも嬉しかった。テトは涙を流し、アウルムとアルティナも嬉しそうに眺めている。
だがその中で、ニーナとキュプラーだけが中途半端な表情を浮かべた。ロイの姿がそこにない、それがどういう意味かを知っている二人はゆっくりと目を伏せた。しかし涙は流さない。ロイの死を悲しむことは間違っているのだから。




