第59話 悪いのはこの世界
「クソッ!邪魔しやがって。またあの猫を取りに行かないといけないじゃないかよ!」
男は焼け崩れた瓦礫を踏みながら怒りをぶつぶつと吐き出している。
体からは未だに煙がたちあがっており、駆除したノアの死体を探しているの。理由は勿論、ストレス発散のために焼けた死体を踏むためだ。テトから毒を絞りだして生命体全てを駆除する。それがこの男の目的であり願いだ。
「そんなことをする必要はないさ。 ここでお前は僕達に殺されるんだから」
「あ!?な、なんでお前死んでないんだ!?」
瓦礫の塊を持ち上げ、底から這い上がってきたノアに男は驚愕する。
ノアは空間を捻じ上げることにより、熱を無理やり遮断していたのだ。
「なんなんだよ!早く死ねよ! これ以上菌をばら撒くな、この死に損ないがぁぁああ」
「熱っ、なんだこれ!………尋常じゃない」
男から放出される異能の火力はまさに異常、呼吸をしただけで熱風で喉が焼けてしまう。ノアは激しく肌を焼き付けられ、炎の中でただうずくまることしかできなかった。空間を操っても完全には防ぎきれずその隙間から炎は流れ込み、ただ焼かれ、炙られ、次第に体の先から炭となって散っていく。
「んだよ! しつこいしつこいしつこい!!早く死ねよ!死ね死ね死ね死ね死ね死ね 」
熱だけでなく、今度はこれでもかという量の異能が隕石となってノアの身体に穴を開けていく。
「ギャハハハ! 消えろッ消えろォォオ!」
男は怒りに任せて笑い声を響かせた。それはたまたまだった。感情が高鳴り、たまたま空を男は見た。
「あ??」
偶然見た空には、一粒の人影があった。
ノアは言った、「僕達」と。それはつまり一人ではないということだ。他人の言葉をまるで聞かなかった男はその言葉になんの疑問を持っていなかった。そして男が驚きのあまり声を上げた時には、既に体に何本もの刃物が刺さっていた。
「がぁあぁぁあ!?ッッァァア……痛ッ、なんだ、誰だ!」
刺さったナイフを引き抜いて投げた犯人を探して空を見上げるも、既にその者の姿はそこにはない。探していた犯人は、いつのまにか自分の足元でナイフを構えて喉を見定めているのだから。
「目の前だ。 うるさいからそんなに喚くなよ」
現れた赤髪の天空族、ロイは透明な瞳で喉を捉え、圧倒的瞬発力とともに刺突を放つ。男は慌てて腕で防ごうとするが、ロイの刺突は腕ごと貫通して喉を突き刺した。
「ぁがっ!ぁぁぁあがぁ!クソやりやがった!ぁぁあガァ」
喉から血を吹き出し、男は必死で傷口を押さえ血を止めようと叫ぶ。その間にロイはノアのもとへと駆け寄りノアの身体を起こしあげた。
「ハァ…ハァ…。 悪いノア、遅くなった。その力はまだ使えるか?」
ロイは今の攻撃だけで息が上がっていた。それほど病の進行は深刻な状況で、テトを早く助けるためにもノアを先に行かせたのだ。しかし、ノアは傷だらけだったにもかかわらず今ようやく追いつけたくらいだ。
「そう多くは無理かな……3回が限度だ」
「十分だ」
ロイは頷くのが早いか、気配を消して天高く飛んだ。ノアの体力も既に限界を超えており、互いに崖っぷちだ。しかし判断に淀みが生じることはなかった。
「ッチィィィ」
――男は傷口を無理やり焼いて血を止めていたが、男が本当にやりたかったのは止血ではない。自分の皮膚を焼くほど気にしていたのは出血でもなんでもなく、ナイフについた汚れである。この男は傷口を炙り、菌を焼いて消毒したに過ぎなかった。下界の子供が使うナイフで刺されるということは男にとって体内に汚らわしい毒の異物をねじ込まれるのと変わらない。
「ックソ!汚い汚い汚い汚い!やめろ!やめろ!やめろ!入るなぁぁ!俺の体内に入ってくるなぁぁあ! やめろって言ってるだろぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
*****
貧民街の中、下界に生まれた一人の子供がいた。その子供の名前はジュラ。ジュラが生まれた街は下界の中でも特に貧しく、もはや街とは呼べないゴミの塊だった。だがそこがゴミの街であってもそこで生まれた者はその場所に適応して力強く生活する。例え貧民街だろうと、ゴミの山だろうと、子供は元気いっぱいに地を駆けて笑顔を咲かせるものだ。だが、ジュラはそれができなかった。
貧民街に生まれてしまった。そんなことは、『あれ』さえなければいくらだって我慢できた。
歩く場所全てが泥水で湿っている。食べる物全てに汚物が付着している。寝床全ては蠢く何かに包まれている。それは最悪の組み合わせ。この下界で生きていくにはどうしようもできない生まれた時からの永遠の恐怖。ジュラは下界で生きて行くにはあまりにつらい、『不潔恐怖症』だった。
汚れを落とすために何度も血体を擦り続けた。だがここでは拭っても拭っても血が出るほど拭っても、汚れは体から落ちていかない。なぜなら拭っている布も、手も、自分すらも汚れなのだから。自分や親や友達、全てが汚物を食べて汚物を排出する汚物そのもの。ジュラは絶望した。こんな世界に産み落とした運命を恨んだ。だがそれでも、世界に、運命に嫌われながらも必死に生きてきた。自分の場所だけは徹底的に綺麗にして一日中掃除をして、なんとか、どうにかして我を保っていた。他人が入ればまたそこは汚れていき、涙ぐみながら何度も拭いて回る。時には友達に触れられただけでも殴り飛ばすことがあった。それは異常者のそれだったが、ここで真っ当に生きていくほうが難しい。それでもジュラは成長して大人となり、区の中でもそこそこの地位を築き恋人もできた。耐えて耐えて耐えて、耐え抜いていた。
そのおかげか、こまめな性格と賢明な判断力などが評価されたジュラは皆んなに認められていたのだ。地獄の中で生まれた子供は必死にもがいてここまで生きてきたのだ。
そして、ジュラは喜ばしいことに恋人との結婚が決まった。そこでは男として通らなければならない約束事として、誓いのキスをすることになった。それがたった一つの誤算だった。ジュラはそれがどうしても我慢ならなかったのだ。確かに恋人のことは好きだった。だがまだ一度も触れたことは無く、彼女もそのことを受け入れてくれていた。
「ジュラ、大丈夫?無理なら別にしなくていいわよ?」
「そんなわけにはいかないよ!僕は僕の愛を証明してやるんだ」
ジュラは目を強くつぶり大勢の前で恋人、妻となる女性と唇を重ねた。女性は嬉し涙を流して周りも二人をめでたく祝った。確かにそこでジュラは真実の愛を伝えた。祝福される幸せな時間、その時ジュラの中では激情が渦巻いた。
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荒ぶっているジュラの心の中で聲が響く。
『それはどうしようもないことだ。受け入れるしかない』
わかってる。だから我慢している。でも、受け入れられないんだ
『なら壊すしかない。受け入れられないなら壊すまでだ』
何を言って……
『それはお前のせいではないのだ。こうなったのも悪いのはこの世界、お前を狂わした運命だ』
……そうだった
『お前を狂わしたこの世界は、然るべき罰を受けるべきた』
そうだ
『怒れ! 激昂のままに生きろ。それがこの運命の輪から逃げる唯一の手段だ』
そうだ
『嫌なもの。嫌いなもの。お前の苛立ちの原因は全て壊せ』
そうだ!
ジュラは怒りをあらわにして全てを消した。今自分の口に汚れを塗りつけた女も、口から廃棄物を垂れ流す観客も、全ては炎に焼かれて消える。人型の黒ずんだ灰に囲まれながら一人口を歪ませた。
「悪いのは僕じゃない。 汚らわしい汚物こそがいけないんだ」
*****
「汚いんだよ。どいつもこいつも!もう一度あの六花の戦火のように世界を滅ぼせば、この世はまた綺麗になるんだ……」
「――世界を滅ぼす?たいそうな夢を掲げてるな」
あの日一瞬の出来事で壊れた男、ジュラは常にこの世への恨みを体現しようと声を荒げている。
そこに天から一線、ロイのナイフが刺し込まれる。ジュラはまた怒りで叫びロイめがけて炎を放とうとするが、ロイの気配を消す技術はノアよりも上だ。一度目を離せば探すのは困難で、隙があればロイは何度でもナイフを振るった。
「ぁぁぁぁああ!!俺に!触るなぁぁあぁぁぁあぁあ!!!」
ロイを見失ったジュラは大爆発を起こす。それは我を失ったわけではなく、むしろ最適な攻撃方法だ。全方位に強烈な爆砕が次々に巻き起こる。これでは気配を消しても木っ端微塵になってしまう。
「ぁぁぁぁああ‼︎ なんで消えない。なんで死なない!ヤメロォヤメロォヤメロォ‼︎クソボケが!殺す!殺す!殺す!」
だがロイはその爆撃では止まらず、何度もナイフを振るい続ける。何故死んでないのか、何故効かないのか。ジュラは困惑の表情をロイに向けてあることに気づく。ロイの姿が少し揺れていたのだ。連続で爆破していく大地の中、ロイはノアの力によって周りの空間を操作されていた。
「さっさと死にやがれ!」
「やめろって…………言ってんだろおぉぉぉお!」
ジュラはロイの猛攻に耐えきれず、怒りのままに地団駄を踏む。側から見れば幼稚な行動。しかしジュラのそれが及ぼした影響は果てしないものだった。
所詮地団駄にすぎかい行動のはずが、踏み込んだ衝撃で地面爆ぜ、大地がえぐれる。ノアも地面を踏んだだけで地震が起こるとは予想できず、空間から外されたロイは出没した地面の壁に潰される。
(こいつ、なんて力だ。異能だけじゃない。全てが桁外れの威力に変わってやがる)
「お前も……やっぱり、呪い持ちか」
「そうさ。これが力、怒りこそ力の源。俺は〈憤怒〉、怒りそのものだァ〉
地に伏したロイを見下ろすジュラは呪われた力を見せつける。憎しみを表しているその炎はまさに怒りの象徴だった。




