三四話 ~十五日目の朝。いつもの喧嘩~
こちらに来てから気づけば半月が経った。
三日目以降、俺は特訓、勉強、モンスター退治に明け暮れていた。
やはり人間の適応力というものは凄い物で、これまでは暗示がかかっていてもモンスターを殺すことに多少の罪悪感があったが今ではすっかりと慣れてしまった。
感覚へのダメージも克服し、モンスター討伐のクエストは俺にとって一番の稼ぎ場となった。
……まぁ、それでも常にクルスさんに付き合って貰ってるんだがな。
そして一日の個人的ノルマが終えれば三人であの場所でゆっくりしてから街に戻る……
……と言った一日を今日まで繰り返していた。当然今日も同じことを繰り返すのだと思っていたのだが
――今日はいつもとは違った。きっとこの日は殺しに慣れきって調子にのっていた俺への罰だったのだろう。
「あーさーだーよー!」
「う、うぅ~ん……」
この日は珍しくレニアが俺よりも先に起き、俺を起こそうとしていた。……あぁ、それにしても眠い。
このままレニアを無視して狸寝入りでも決め込んでおこうと思――
「……ひょっとしたら今はあの時の仕返しのチャン――」
「おはよう」
――っていたが、このままでは俺が以前やったときみたいに擽られそうなので起きよう。……自分がやられるのはごめんだぜ
「チェッ、ボクも擽ってあげようと思ってたのに」
「そういうことをされるより前に起きる、これは基本なのだよレニア君。……というかあの時は腹パンという過剰なお返し貰ったんだからそれでおあいこでいいだろ……」
「いや、たしかにあの時は流したよ?でもあれだけ女の子の体をまさぐっておいてそれは都合が良すぎじゃないかなってさっき気づいたんだよ」
……あれ?まさかとは思うけど……
「……なぁ、お前は何と一緒に話を流したか覚えてる?」
「?。何かしてたっけ?」
あ、駄目だこれ完全に忘れてる。……しょうがない。一応思い出させてやるか。
「……お前が俺のことを抱き枕にしたことだ」
「……ッ~~~~~~~!」
俺がそう伝えるとあの日のことを思い出したのか、レニアは本当に湯気が出てもおかしくない勢いで顔を真っ赤にした
「うぅ……そうだった。寝ぼけてたって言っても本当に何であんなことしたんだろう……というかリュートも早く忘れてよ……」
「無茶を言うな、無茶を。女の子に抱き枕にされたという事実をあっさり忘れられる男なぞそういない」
「うぅ~」
レニアは唸り声を上げながらもじ~っとこちらを睨んできた。……正直全く怖くない
「睨むな睨むな。今回俺は全く悪くないと思うんだが?思い出させてやっただけだし」
「分かってるけどさ!もう少し言い方変えるとかして欲しかったかなぁ!」
いや、そんなこと言われても……。俺にはアレを別の言葉に変えられるほど語彙力はないし……
「スマン、無理。俺にそこまでの気遣いを期待しないでくれ。」
「うぅ~~」
相変わらず睨んでくるが、こればかりはどうしようもないからなぁ
「それよりさ、早く食堂に行こうぜ?クルスさんを待たせるわけにも行かないし」
「……分かったよ。……いつか絶対に仕返しする……」
レニアは小さな声で物騒なことを言うと、そのまま黙って部屋を出て行った。
……多分怒ってるな、あれ
食堂でいつも通りに日替わりメニューを頼み、クルスさんとレニアがいる机へと運んでいく
「クルスさ~ん、今日も早いですね」
「そうだな、でもそれよりも、だ。嬢ちゃんの機嫌が悪いんだが……龍斗お前何やった?」
「……ぷく~」
レニアは相変わらず頬を膨らませながら拗ねている。……というかレニア……ぷく~って……自分で言うなって。
「何もやってません。ただ三日目のこと掘り返したらこうなりました」
「……お前はバカか。掘り返す必要ないだろうに」
「いや、この子が自分のやったこと忘れてたので思い出させてあげようかと」
お互い話を水に流したって言うのにあっちだけがずっと根に持っているのも中々理不尽な話だ。
「……たしかに自分だけ忘れてるのはどうかと思うな。……たしかだきまく――」
「言わないでよぉ!」
半ば涙目になりながらもレニアは話を遮る。……本気で泣かれるのは嫌だしそろそろ止めておくか
「悪かったな。もう今度からは自重しておくよ。……その代わりもう忘れるなよ?」
「忘れたいのにぃ!あんなに恥ずかしいことを覚えておけなんて酷いよ!」
「はっはっは、頑張ってくれ!」
こんな風に相変わらず下らない会話をしながら。俺達は朝食を摂り、アリスちゃんにお礼を言って今日も元気にギルドへと向かっていった
「なぁレニア、今日こそはユーナさんと喧嘩するなよ?」
「……あっちが何も言ってこなければね」
……おっけー、絶対に喧嘩するな、これは
『……まぁ安心しろ龍斗。喧嘩が始まったらいつも通りに俺がユーナの方を止めておくから』
『はぁ……お願いします。俺はいつも通りにレニアの方を止めるんで』
お互いにしか聞こえない声で意思疎通をして俺達は喧嘩を止める準備をしておく。……本当にもう少し仲良くなってくれないだろうか
……愚痴ってても仕方ないので取りあえずギルドの扉を開いた。
それにしても、本当にこの喧しさは慣れない。あっちのテーブルからはアイテムの取引的な何かが行われてるし
こっちのテーブルからは力比べでもして盛り上がりまくっているようなデカい声が聞こえてくる
正直騒がしすぎてそれぐらいしか俺には把握出来ない。……これに加えて少しの間二人の口喧嘩が加わると思うと……
「はぁ……」
溜息の一つや二つ漏れ出てしまっても仕方がないだろう。
「リュート?何で溜息なんて?」
「……何でもねえよ」
多少投げやりになりながらも一応返答はする。
……こんなこと言ってても受付は迫ってきている。ユーナさんじゃなければ俺の気も楽なんだが……
「何?レニア、アンタ冒険者でもないのに今日も来たわけ?」
……現実は非情である。レニアと一緒に来るときのユーナさんとのエンカウント率は何故か異様に高い。朝は今のところ絶対にレニアと一緒に行くから毎日顔を合わせる。俺一人の時は多少冷たくても仕事はしっかりしているんだが……
「え?何?別にボクがここに来ようが勝手じゃない?何でユーナに口出しされなきゃいけないのかな?」
……慣れねえなぁこの二人の喧嘩は。正直に言って相変わらず怖い。……ヒートアップする前に止めないと。
『……さて、どうやって止めます?』
『……そうだな、下らないことでもやって場を和ませるか?』
『いや、奇をてらっても余計にヒートアップする可能性高いと思いますけど……』
『……じゃあいつも通りでいいか』
クルスさんと一緒にゆっくりと諫める相手の近くへと進んでいく
「だいたいユーナはさぁ!いつもいつも――」
「なによ!アンタだってヘタ――」
「「はいはい、喧嘩しないでねー!」」
「「痛ッ!」」
そしていつも通りにそれぞれが軽いチョップを頭におみまいする。……毎日やってるのに未だに止める気がないもんなぁ……
「……頭は冷えたか?」
「ごめん、リュート。ボクが悪かったです」
「お前もだぞユーナ」
「うぅ…クルスさん…すみませんでした。」
ちなみにこのやりとり。本日で累計十三回目です。……この分だとまた明日もやるんだろうなぁ。
「いやいや、俺に謝る必要ないだろう?」
「……いつも思うけどこういうときのリュートって怖――」
「謝る相手は?」
「ヒィッ!……ユーナです……」
「よろしい」
何かこのやり方は威圧を当ててるみたいで割と罪悪感があるけど……何回やっても止めないんだからしょうがない。
……ちなみに修す…じゃない、クルスさんも俺と同じようなやり方だ。
「「さぁ……ちゃんとお互いに相手の目を見て謝ろうか?」」
「「……ごめんなさい」」
レニアとユーナさんはお互いに目を逸らしてふてくされながら謝った。……本当にこの二人は……
「「レニア(ユーナ)?ちゃんとやろうか?」」
再び言うが、このやりとりは今日で六回目。五日前からこの威圧をかけるやり方をしている
「……悪かったわね!アンタが来るなり露骨に嫌な顔しちゃって!」
「……ボクの方こそごめんね!だからっていきなり喧嘩腰で喋りだして!」
はぁ……言い方がまるで反省したように思えないけど……今日の所はこれでいいか
『……修助さん』
絶対に誰にも聞こえないほど小さな声でクルスさんを呼ぶ
『……なんだ?』
『……また明日も頑張りましょうか……喧嘩を止めるのを』
『……だな』
俺とクルスさんの乾いた笑いがお互いの心に響き渡った




