二時間目を待ちながら(38)
ある日。二時間目を待ちながら。
心春が冬菜の所にやって来ました。
「ねぇ、ふーちゃん。クラシックって好き?」
「クラシックですか? そうですね、あまり詳しくはありませんが、時々聞いたりはします。ショパンとかピアノの曲が多いですけれど」
「ハイドンって知ってる?」
「確か心春さんが好きな作曲家ですよね?」
「うん。そうだよ。どうして知ってるの?」
「どうしてでしょう? 以前心春さんがその作曲家の話をした事があったと思います」
心春は嬉しそうに答えます。
「ハイドンの音楽はね、すっごく退屈なの」
「え? 退屈? なんですか?」
「うん」
「退屈なのに、好きなんですか?」
「退屈だから好きなの。なんて言うのかなぁ、心地の良い退屈さなの」
「心地の良い? 退屈さ?」
「うん。同じ退屈でも、ハイドンは少し違うの」
「そうなんですか。まだ少しよくわかりませんが、好きなのは好きなんですね?」
「うん」
「何かおすすめの曲とかありますか?」
「あるわけないよ。だってハイドンだもん」
「えっ?」
冬菜は目が点になりました。
「心春さん、もう一度お聞きしますが、ハイドン好きなんですよね?」
「うん。大好きだよ」
「それじゃ、何の曲が好きなんですか?」
「全部かな。でも有名なのは後期のコウキョッキョキュだよ」
「えっと、交響曲ですか?」
「うん。一つだけ選べと言われたら『時計』かな?」
「時計?」
「副題が『時計』なの。確かコウキョッキョキュ第101番だったと思う」
「101番って、そんなにたくさんあるのですか?」
「そうだよ。ハイドンは『コウキョッキョキュの父』と呼ばれているの」
「交響曲の父?」
「うん。そうだよ」
「交響曲の父、ですよね?」
「うん。なんで繰り返したの?」
『交響曲』と言えてないのに気づいていない心春を、気遣っていた冬菜は慌てて言いました。
「い、いえ、その、確認です。確認」
「たくさん退屈な曲を作曲したんだよ、ハイドンは」
「褒めてるのでしょうか?」
「もちろん。今は色々な音楽を聴く機会があって耳が慣れてしまっているから、ハイドンを聴いても新鮮だと感じないと思うけど、でも、そこに流れる心地の良い退屈さは時代を超えると思うの。あれは永遠の退屈さだよ」
「優雅な感じなのでしょうか?」
「ううん、他に優雅な音楽はたくさんあると思うよ。あれは特別な退屈さなの」
「でも、好きなんですよね?」
「『でも』と言うか、だから好きなの」
「今度機会があれば、その『時計』という音楽を聴いてみます」
「うん。聴いてみて。実際に聴いてもらったら私の言いたかった事が少し分かってもらえるかも知れないから」
「そうですね」
「交響曲第101番だよ」
「あっ! 言えた! 『交響曲』って言えました! 心春さん、やりましたね!」
冬菜は思わず手を打って満面の笑みで喜んでしまいました。
「え? なに? コウキョッキョキュがどうかしたの?」
「あっ、いえ、……何でもないです」
二時間目開始のチャイムが鳴りました。




