二時間目を待ちながら(34)
ある日。二時間目を待ちながら。
心春が夏海の所にやってきました。
「ねぇねぇ、夏っちゃん。この前の休みにね、道を歩いていたら案山子を見たんだけど、 本物の人間かと思うくらいリアルに出来ててびっくりしちゃった」
「リアルな案山子か。夜中に見たらもっとびっくりするやろな」
「うん。もう、後ろ姿なんて畑仕事をしているお姉さんだよ」
「女の人の案山子やったんや?」
「うん。床屋さんで見かけるようなマネキン顔だったよ。でも服装は男性用だったと思う」
「ふーん。思わず話しかけたとか?」
「そんな事しないよ。なんだか人間じゃないなっていう感じもあったし、少し遠かったし」
「話しかけたったら良かったのに。薄情やな」
「なんで?」
心春が言うと夏海は悪戯っぽく笑いました。
「でも、なんか、うち男装する女性ってちょっとかっこええなって思ってしまうな。宝塚みたいやん」
「今度見に行ってみる?」
「え? 見に行くの?」
「うん。案内するから」
「え? 心春、宝塚に行ったことあるの?」
「案山子の話だよ」
「そっち?」
夏海は途端に拍子抜けたように言いました。
「いいよ、別に。案山子には興味はないから」
「そう? すごくリアルだったよ。かっこいいかどうかは分かんないけど」
心春はクスクス笑って言いました。
「かっこよくはないやろ。だれが案山子に向かって『きゃー、かっこいい』とか言うねん」
「夏っちゃんを除いて?」
「うちも言わへん! 勝手に役割分担を決めるな。でも心春がバイトで案山子をするんやったら、優しいうちが声くらい掛けたるで」
今度は夏海がいたずらっぽく言いました。
「案山子のバイト?」
「そう。一日中、畑で動かず立ってる」
「無理だよ! きついよ! それ」
「心春やったら大丈夫や。一日ぼーっとしてるだけでええんやで? 得意中の得意とちゃうか?」
「ご飯もトイレにも行けないよ」
「その時は違うバイトの人と交代や」
「何人いるのよ!」
「千秋あたりがええんとちゃうかな? 時々見に行ったるで」
「いいよ。夏っちゃんが来ても冷やかしだろうし。そんなバイトはしないし。そもそもバイト自体無いだろうし」
「おっ、今日も張り切ってるな。案山子のバイト。だいぶ板に付いてきたな。心春か案山子かもう見分けがつけへん、って褒めたるのに」
「全く嬉しくないですから」
「ま、でもバイト中に話したら怒られるか」
「そうだよ、って違うよ! そもそも誰に怒られるの? 誰かいるなら、私いらないでしょ? じゃなくて、案山子いらないでしょ?」
二人が話していると千秋がやってきました。
「おっ、千秋。話をすれば来たな」
「おはよう。ちーちゃん」
「何の、話?」
夏海が説明しました。
「案山子の話してたねん」
千秋はいつもの無表情で聞き返します。
「案山子?」
「うん、そうなの。聞いて、ちーちゃん。夏っちゃん、ひどいんだよ!」
「まぁまぁ、そう怒るな。冗談や」
怒る心春に夏海は笑いながら言いました。
「案山子、と、言えば」
千秋が話を始めましたが、突然、黙り込んでしまいました。
「どうした千秋? 案山子、と言えば?」
「うん。案山子と言えば?」
二人は興味深そうに聞きました。再び沈黙の後、千秋が言いました。
「いや、あれは、絶対、本物だった」
千秋は独り言のように言った後、わずかに俯いていた顔を上げて
「じゃ」
千秋は自分のクラスに戻って行きました。夏海と心春はキョトンとした表情のまま動きません。
「なんや? 何が本物やったん?」
「なんだろう? 気になるよね?」
そこに冬菜がやってきます。
「あの、夏海さん? 心春さん?」
冬菜が話しかけても夏海と心春は動かず反応がありません。まもなく、二人は冬菜に気がつきました。
「あれ? ふーちゃん。おはよう」
「あっ、おはよう、冬菜」
「おはようございます。よかったぁ。お二人とも気がついてくれて。でも、どうしたんですか?」
「あっ、ちょっとな。そんなにうちらボーっとしてた?」
「ちーちゃんが謎の言葉を残して去っていくから、何だろう? って思って」
夏海と心春が照れ笑いしながら言いました。
「うふふ、お二人とも全く動かないので、まるで時間が止まったみたいでしたよ?」
冬菜が微笑みながら言うと、夏海が苦笑して頷きます。直後、いきなり大きな声で言いました。
「違う! そこは『案山子みたい』って言う所やん!」
心春も慌てて言いました。
「ふーちゃん! 話の流れ的に『時間が止まったみたい』じゃなくて、『案山子みたい』だよ!」
「えっ!? えっ!?」
突然二人にツッコまれ、冬菜は案山子みたいに固まってしまいました。
二時間目開始のチャイムが鳴りました。




