二時間目を待ちながら(29)
ある日。二時間目を待ちながら。
心春が夏海に話しかけます。
「ねぇ、夏っちゃん。赤ちゃんてかわいいよね」
「赤ちゃん? まぁな。かわいいな」
「昨日ね、乳母車に乗ってる赤ちゃんを見かけたの。すっごくかわいかったよ」
「でも育てるの大変やで?」
「夏っちゃん、育てたことあるの?」
「ないよ! いや、想像で」
「でも、どうして赤ちゃんって、よく笑うんだろうね?」
「さぁ? 逆にムスッとしてたら、かわいくないかもな」
「それはそれでかわいいよ、きっと」
「まぁ、ずっと無表情な赤ちゃんもおれへんやろうけど」
ふと夏海が横を見ると千秋がいました。
「わっ! びっくりた! 千秋、おったんか」
千秋はいつもの無表情で頷きました。
「ちーちゃんって幼い頃、どんな子だったの?」
心春は興味深そうに尋ねました。
「どんな、子?」
「うん」
千秋はしばらくして考えて言いました。
「普通」
夏海が言いました。
「普通・・・・・・ か?」
千秋が小首を傾げると、心春が言いました。
「夏っちゃん、失礼だよ」
「いや、すまん、すまん。千秋が真顔で『普通』って言うと、なんかおかしくてな」
「おかしくないよ。ねぇ? ちーちゃん。失礼だよね?」
「でも千秋は赤ちゃんの時から、あんまり笑ったりはせえへんだんか?」
「覚えて、いない。親にも、聞いたこと、ない」
「そっか」
「だけど」
「だけど?」
「『冷たい子だ』って、言われてた、らしい」
「え?」
「そっ、そんなことないよ! ちーちゃんは優しい子だよ!」
「ありがとう。でも、実際、冷たいの、かも」
「うちも冷たくはないと思うな。ただ、千秋はほんまに笑えへんからそう思われるんとちゃうか? もっと笑った方がええで。一回、笑ってみーよ」
「うん。ちーちゃん、かわいいけど、笑ったらもっとかわいくなると思うよ」
「そしたら、『冷たい』とか言う人もおれへんなると思うで」
千秋は答えます。
「その・・・・・・ 笑っても、一緒」
「いや、一緒かどうかはやってみんと分からんやろ?」
「笑っても、平均体温は、35度台。冷たいのに、変わりは、ない」
千秋は珍しく少し戸惑いながら言いました。
「そんなボケはいらんよ。ふ~ん。千秋も戸惑うんやな?」
夏海は嬉しそうに言うと、千秋は軽く深呼吸して言いました。
「そうだ」
「ん? どうした?」
「思い出した」
千秋は棒読み口調で言いながら、スタスタと自分のクラスに戻って行きました。
「苦し紛れに逃げたな、千秋」
「よっぽど笑うのが苦手なんだね、ちーちゃん」
するとすぐに千秋が戻ってきました。
「おっ、なんや、意外。戻ってきた」
千秋が夏海に言った。
「ごめん。国語の、教科書、貸して、欲しいの。忘れて、しまって」
「そのために来てたんか。『思い出した』って紛らわして、その場をドロンしたけど、途中でほんまに用事を思い出したんやな?」
夏海は国語の教科書を渡しました。
「ありがとう。それと、ここ」
千秋は自分のほっぺたを指さしました。
「え?」
夏海も同じように自分のほっぺたを触ると
「あれ? あっ・・・・・・ ご飯粒?」
それを見た心春は、吹き出して笑いを堪え切れないまま言いました。
「私も気がつかなかった! 夏っちゃん、それ・・・・・・ ご飯粒だよ!」
「だから『ご飯粒』って言ったやん!」
「ちーちゃん、すごいね! 知ってて、よく笑わなかったね! すごーい! あはははっは~!」
「こ、心春は逆に笑いすぎや!」
誰も気がつきませんでしたが、千秋はほんの少し笑っていました。
二時間目開始のチャイムが鳴りました。




