二時間目を待ちながら(22)
ある日。二時間目を待ちながら。
心春と夏海が話していました。
「私、小学生の頃ね、川に遊びに行った時にカメを見つけて、捕まえてバケツに入れて持って帰ったの」
「あぁ…… うん」
「でもね、バケツの中でずっとカメが『出してくれ~』ってもがいていたから、お父さんと近くにある大きな池に行って逃がしてあげたんだ」
「はい」
「そしたらそのカメがね! 池に潜ったと思ったらまた浮いて来て、振り返ってこっちを見るんだよ! しかも3回もだよ! あれはね、きっと『ありがとう』ってお礼を言っていたんだと思うの!」
「かもね」
「私、それを見て泣いてしまって。お父さんはカメを一匹逃がした位で泣くんじゃない、って言ってたんだけど、逃がして泣いたんじゃなくて、あんな小さなカメにも人間みたいな『ありがとう』の気持ちがあった事に、感動して泣いたの!」
「なるほど」
「すごい経験だと思わない?」
「うん。でもな、心春」
「うん」
「その話、前にも聞いた」
「え? そうだったかな?」
「しかも、もう3回は聞いてる」
「でも、感動する話は、何度聞いても感動するよね?」
「しない。うちはしない。心春は経験したから思い出すのやろうけど、話聞く側としてはさすがに飽きるわ」
「夏っちゃん! 駄目だよ! 飽きるとかじゃないよ! 感動なんだよ?」
「心春はめっちゃ感動したんやろ? うちもそこにおったらな。もうちょっと感動が伝わるんやろうけど?」
「そうだね、夏っちゃんにも見て欲しかったなぁ~」
心春は、夏海と一緒にカメを逃がす様子を想像しました。二人はまだ小学生。日は暮れかかり、池はオレンジ色に染まっていました。
「さぁ、逃がすよ!」
心春がバケツからカメを取り出します。夏海が待ったをかけるように問います。
「ほんまに逃がすの?」
「え?」
「店に売りに行ったら、買い取ってくれるかも知れんで。もったいないやん!」
「え!? 駄目だよ。逃がすためにここまで来たんだもん」
「今からでも遅くない。店はまだ開いとる! 売りに行くで!」
「駄目だって!」
「お金放っとるようなもんやで!」
「お金じゃないもん! カメだもん!」
「お金を粗末にしたらアカン! それ、うちが店に持って行ったるわ!」
「駄目だよ! それっ!」
心春は勢いよくカメを池に逃がしました(放り投げました)。
「あぁ! 心春もったいない!」
「もったいなくないよ」
「もう! アホやな! 心春は」
「アホじゃないもん! 夏っちゃんだって、お金、お金って言い過ぎだよ!」
「心春がもったいない事するからやん!」
「もったいなくなんて、ないよ!」
「心春の考えてる事、全く分からん!」
「もっ、もういいよ! 夏っちゃんとなんか二度と遊ばないんだからっ!!」
カメは潜った後、一度は水面にまで浮かんで来て振り返りますが、口喧嘩している二人はまるで気が付かず、カメも呆れたように水面に潜ると、もう浮かんでくる事はありませんでした。日がほとんど沈むまで二人の声は響き渡りました。
想像を終えた心春はいきなり机をバンッ、と叩いて立ち上がります。
「それは駄目だよ! 夏っちゃん! せっかくの良い思い出が、台無しだよ!」
「なんでうちがおったら、台無しになるねん!」
二時間目のチャイムが鳴りました。




