二時間目を待ちながら(12)
ある日。二時間目を待ちながら。
心春が席に座っていると、『ぶ~ん』という耳障りな音が聞こえてきました。
「(あっ、蚊だ)」
心春の前を蚊が飛んでいきます。ゆっくり上下に揺れながら飛んでいます。心春は退治してやろうと目を追いますが、見失ってしまいました。
「(しまった。どこへ行ったんだろう?)」
見渡たしますが、蚊がどこにいるのか分かりません。心春は目を閉じました。静かに座禅する武士を思い描きます。そして武士と自分をイメージの中で重ねました。
「(拙者は武士である!)」
とりあえず、今、心春の頭の中で、心春は武士でした。
「(こんな時は気持ちを蚊の音に集中させる。そして、居場所を突き止めるなり! あれ?突き止めようぞ! あれ? 何か違うなぁ。突き止めよかれ? あれ? なんか全然違ってきてるような…… まぁ、普通に『突き止めよう』でいいか)」
心春は、ホッとして目を開けました。すぐに慌てて目を閉じました。
「(違う! 違う! 蚊の場所を突き止める為に目を閉じたんだよ! 目を開けてどうするの! 蚊の音に集中しなきゃ)」
心春は音に集中しようとします。同じクラスの生徒達の話し声、生徒が走る音、様々な物音、窓からは鳥の鳴き声までもが聞こえてきました。窓から緩やかな風がそよぎ、かすかに風の音さえも聞こえてくるように思えました。音は生きている者達の証。すると蚊だって自分達と同じように生きているんだと思いました。身の回りの世界がこんなにも賑やかだった事に心春は嬉しくなりました。そして、目を開けて席を立つのでした。
「今日は見逃してごじゃる!」
今度は声に出して、おかしな日本語を言った途端、
「天誅でごじゃる!」
といきなり、ほっぺたをノートで叩かれました。
「あうっ~!」
心春はロボットのように、ぎこちなくひるむと、目の前には夏海がいました。
「痛~い。何? どうしたの? 夏っちゃん」
「ぼーっとしとったから、カツ入れたったで」
「ぼーっとなんかしてないもん!」
「うそ、うそ。実は心春のほっぺに蚊おったからな、退治しようと思って」
「えっ!」
「ごめん、驚ろいたな。でも痛くなかったやろ? 手加減したで。あれ? でももう、刺されとるわ。ほっぺた、赤くなってる」
「蚊は?」
「残念ながら、逃げられたな」
心春は安心したように言いました。
「そっか、良かった」
「え? 良かった?」
心春は苦笑しながら、刺されたほっぺたを掻きました。
「痒そうやな?」
「うん。痒い……」
二時間目開始のチャイムが鳴りました。




