しっかりと見届けようか
自分の耳を一瞬だけ疑ってしまったが、決して聞き間違えたわけではないと思う。レヴァンガーもまさか聞こえるとは思っていなかっただろう。こういう時に亜神であることはアドバンテージにはなっているが、これはどちらかといえば単純に相手の失点だ。
「え、なにか言いましたか?」
「な、何も言っていない!」
「……そうですか。まあ、いいですけど。もしうちの店に手を出すようなら、今度は本気で対処させてもらいますから」
だからこそ、敢えてわかりやすく伝える。この経済圏において探索者を敵に回して、ただで済むと思ってもらっては困る、と。そう分かりやすくするように、声のトーンを少しだけ落とす。
その思いは一応伝わったようで、レヴァンガーは額の汗を拭ったあと、逃げるようにこの場を去っていった。
まあ、恐らくそれでも悪い噂を流すことはやめないだろうけど。……だが、それでいい。敢えて僕が分かりやすく釘を刺したのは、直接的な暴力行為に出られないためのものだから。
アミルトで生活している都合上、どうしてもこの町に来るにはそれなりの時間がかかる。二人には防犯用の魔道具をいくつか渡しているから、よほどのことがなければなんとかなるはずだ。だが、万全というわけではない。
だからといって、そのために生活拠点を移すわけにもいかないのが困りものだ。
「まあ、それももう少しの間だ」
アミルトとのアクセスが改善すれば、それこそなんとでもなる。今は一日でも早く計画を成功させる事が先決だ。
店に戻ると、先程トラブルがあったにもかかわらず、再び多くのお客さんで賑わっていた。……むしろ先程よりも多いくらいだ。
トラブルがあったばかりなので、一気に客足が遠のいてしまう可能性も危惧していたが、どうやら僕の思い過ごしだったようだ。
店先の行列を横目に、そのまま扉を開け店の中に入る。すると、店中の視線が一斉にこちらへと向けられた。この期待に満ちた視線は、いったいなんだろうか?
「えっと、戻りました。先方には丁重にお引取りいただきましたよ」
「オーナーおかえりなさいませ!」
イヴェットちゃんが興奮気味にその沈黙を破ると、その熱は一気に店中に伝わり、多くの拍手と喝采が降り注いだ。
「こ、これは何ですか?」
「あ、はい。それは――」
イヴェットちゃん曰く、僕が戻る少し前にレヴァンガー御一行が店の前を慌てた様子で走って去っていったらしい。それを外で並んでいたお客さんが見て、恐らく僕の対応が上手くいったのだろうという事が伝わったとのことだった。
一般的な期待に漏れず、レヴァンガーはこの町で相当嫌われているらしい。まあ、強引な手段を使うものは何処に居たとしても嫌われるものだ。
このままレヴァンガー達の手によって流される悪評が、どれだけこの店に影響を与えるかはわからない。しかし、店内の盛り上がりを見る限りは安心しても大丈夫かもしれないな。
レヴァンガーと遭遇してから一週間が経った。あれからまめにヨランダさん達と連絡を取るようにしているが、あまり目立った変化はない。
根も葉もない悪評自体は一部で広がりを見せているようだが、どれもこれも店の経営に影響があるものではないようだ。
シェリルさんが料理を絶賛したという事実は、ほぼ間違いなくレヴァンガーのもとへともたらされたはず。アミルト侯爵が絶賛した以上、あからさまな妨害を行うことはためらわれるだろう。――だから、流す噂の内容にも注意しなければならない制限が生まれる。
だからといって、ヨランダさん達に安心してもらえるかというと、そうでもないのが困りものではあるが……。些細な噂だとしても、時間を掛ければ尾ひれが付いて大きくなってしまうことも十分考えられる。それに僕が釘を刺したおかげか、幸い直接的な暴力は一度もない。しかし、日々一定の危険に冒されているというのは、プレッシャーであることは間違いないのだから。
「オーナー、このまま営業を続けていてもよいのでしょうか」
「もちろんです。打てる手はいくつも打っていますから。それに、もう一週間ほどすれば事態は一気に動き出します。ヨランダさんはそちらの準備を進めて貰えれば、と思います」
「は、はい」
ヨランダさんの抱えている不安が通話機越しに伝わってくる。
「ヨランダさん、大丈夫ですよ。……貴方が不安に感じれば、それがそのままイヴェットちゃんに伝わります」
「……はい」
彼女には守るべき者がいる。ならば毅然とした態度で居るべきだ。それが伝わったのか、少しだけ力の入った返事だった。
そして、さらに一週間が過ぎた。
冴え渡る青空の下、転移陣近くに新たに建てられた施設の前に隣町の住民達が集まっていた。僕の視界に見える限りでは、一様に不安そうな表情を見せている。
それも仕方がないことだろう。転移陣が停止してからずっと、この町は衰退の一途を辿っていた。そこに真新しい立派な施設が突然建てられたのだ。不安に思わないほうがおかしい。
「なんとか間に合ったみたいでよかったよ。名付けて一夜城」
「はは、景気のいい名前だね。実際には一夜どころか、一週間まるまる掛かったけど」
「気にしない気にしない。敵に気づかれないうちに建てた施設に付ける名前らしいよ」
「へえ、初めて聞いた」
人混みの後ろで僕の隣に立ち、満足そうに目の前の建物を眺めている女性、ファエルが感心した様子でこちらへ振り向く。まあ、僕もセオドールから聞いただけで、他では聞いたことはない。でも、なかなかいいネーミングだと思う。
この大きく立派な建物は、転移陣管理局アミルト支部の建物だ。ファエルの言うようにおよそ一週間という短い期間で一気に建立してもらった建物なので、前回ここを訪れた際には土台の石一つ存在していなかった。
本来であれば、しっかりと時間を掛けて建設するべきものではある。しかし、今回は転移陣の再稼働という極秘プロジェクトであるが故に、敵対勢力に察知されないうちに建ててしまう必要があった。
そこで白羽の矢が立ったのが、ファエルを中心とした現在アミルトで大活躍中の建築集団だ。
結果は見ての通り、大成功。僕の想定以上に立派な建物ができあがったというわけだ。日々形を変え、一気に建てられる様子を見て、この町の住人達はさぞかし驚いたことだろう。
「あ、誰か出てきた」
「それじゃあ、しっかりと見届けようか」
転移陣管理局の建物、その二階に設けられたバルコニーに一人の男性が顔を見せる。第二王子、ウォーレン殿下だ。……ここから先は貴方の出番だ。
その男性は集まった住人達の顔を見回すと、小さく笑みを浮かべる。そしてそのまま両手を広げる。
「今日はよく集まってくれた。まずはそこに感謝する。皆、驚いていることだろう。だが心配することは無い。なぜならば――」
ウォーレン殿下の声が、魔術で増幅されて辺りに響いた。
実際に演説を聞くにつれ、住人たちの表情から不安の文字が少しずつ消えていき、次第に大きな期待へと変化していった。さすが、シェリルさんや国王陛下に勝るとも劣らない立派な演説だ。
ちなみに、そのシェリルさんや国王陛下は現在ここには居ない。二人は別の場所で、それぞれの役割を果たしてくれていることだろう。それを直接見ることはかなわないが、もちろん心配は一切していない。
僕の役目は、転移陣再稼働の主担当であるフィリップ副司祭のサポートなので、この演説の間は待機状態だ。
――そして、転移陣の再稼働に話が及んだとき、住人達の熱気は最高潮に達した。




