探索者だというのか
第二巻発売中です!
レヴァンガーが発した一言で、場の空気が重いものに変わった。周りの客席に座る客たちもそれを察したようで、一様に口をつぐみ目が合わないように顔を背ける。ちょっとした楽しみとしては良かったが、これ以上は危ないと思ったのだろう。
異界の魔物や魔術師が放つ殺気に比べれば大したことはないが、これだけ冷たい目をできるというのは、これまでの積み重ねなのだろうか。いったい、一介の商人がどれだけの横暴を行ってきたのか、逆に興味がある。
「覚悟、ですか? 盛り塩するくらいの準備ならしてはいますけど」
「若いというのは始末に負えないな。小僧、強気でいられるのは今のうちだぞ?」
「それほど若いわけではないんですけどね」
中身的に六十歳をとうに過ぎている身からすれば、お前のほうが大概若いと言いたいところだが、説明しても信じてはもらえないだろうし、説明する気もない。
レヴァンガー的にも、すでに怒りを覚えているわけで、それほど悠長に話している時間も無いだろう。周りに被害が及ばないように彼の注意をひかなければならない。
それに、概ねこちらから仕掛けておいて何だが、怒っているのはお互い様だ。せっかくの百年前との細い繋がりを、危うく切られてしまうところだったのだ。
だから、しっかりとレヴェンガーの目を見据えながら右手を添えて首を鳴らす。
「それならどうしますか? もしかして力に訴えますか?」
「なんだ、いまさら怖気づいたのか?」
僕の問いかけに勘違いしたのか、レヴァンガーは侮るように小さく笑う。そうしている間にも取り巻き共が席を立ち、僕とパトリシアを囲むように位置どる。
パトリシアは現状の一端を担ったことを理解はしているのか、僕の袖を右手でつまみながら若干の怯えを見せる。
……ああ、煽るならパトリシアが席を離れてからのほうが良かったか。まあ、でも問題はない。
「ここは狭いですから、もう少し広いところへ場所を移しましょうか?」
「その必要はない。この店ごと叩き潰してやる。……やれ」
レヴァンガーが割と想定通りの受け答えをしながら、取り巻きに右手で指示を出す。するとそれを待ち構えていたように一斉に動きを見せる。でも――。
「まあ、そんなことを言わずに。心配しなくてもすぐですから」
「何?」
次の瞬間、僕たちが囲んでいるテーブルが光を放つ。その光はそのまま僕たちを包み込み視界を白く染める。――そして光が収まった時、僕たちの視界に映る物は別の物に変わっていた。
「ね?」
「こ、これは一体? どういうことだ?」
「えっ、なんだこれ!?」
「外じゃねえか!」
レヴァンガーはもとより取り巻きの男たちも驚き、慌てて周りを見渡し始めた。
「ここは転移陣の眼の前ですよ」
そう言うと、レヴァンガー達の目が慌てて僕の視線の向く先を追う。そして、そこで目に入ったものにさらなる驚きを見せた。
「何で転移陣がこんなところに!?」
「転移陣が移動したんじゃなくて、僕たちが移動したんですよ」
「――え、後ろ?」
「遅い」
彼らが驚いている瞬間を利用して、気配を薄めて彼らの後ろに回り込ませてもらった。一番近くに居た男の首筋に手刀を落とす。あまり力入れてしまうと死んでしまいかねないので、もちろん最新の注意を払いながら力を加減して。
きれいに首トンされた男は、糸が切れたようにその場に倒れ込む。まず一人。
「いつのまに!? お前たち、先に女をやれ!」
「は、はい。てめえが先――って、あれ?」
驚きに驚きを重ねつつも、レヴァンガーは我を忘れずに指示を出す。……なかなかできることではないな。でも、やっぱり遅い。
取り巻きの男たちが、パトリシアを害するべく視線を巡らせる。だが、彼らは右へ左へ首を振るのみで、パトリシアの姿を見つけることは出来ないでいた。
それもそのはず。実際、この場にいるのは僕とレヴァンガーたちだけなのだから。
モノクル越しに見える情報でも、パトリシアは今も変わらずにお店の中にいる。きっと、今頃驚いていることだろう。
実は、彼らが来店してすぐにセントラルに頼んでマーキングしておいたのだ。そして対象指定の小規模近距離転移を行ったというわけだ。これくらいのことならばさほど難しくもない。
「よそ見してると、あっという間に全滅してしまいますよ?」
そう言いながらも動きを止めることなく、取り巻き共を無力化していく。
もともと、店で暴れるつもりだったようなので、ある程度はいくつかの想定をして準備をしていたのだとは思う。しかし、こうやってすでに統制の取れていない烏合の衆となった今、物の数ではない。
「はい、これで最後の一人」
「……そんな、馬鹿な!? こいつらは元探索者なんだぞ。こんな若造一人にどうしてやられるのだ!?」
「それで強気だったんですか。それは簡単ですよ。僕も探索者ですから。もちろん現役の、ね」
「馬鹿なことを! 現役の探索者がこのような寂れた町で店のオーナーなどするわけがなかろう」
レヴァンガーの目が大きく開き、その表情はさらに大きな驚きへと変化する。半信半疑といったところか。
異界都市アミルトで探索者になるためには、非常に困難な試験を乗り越えなければならない。もちろん荒事には慣れているし、ある程度探索者として活動していた者であれば、非常に重宝されることだろう。
レヴァンガーからしてみれば、元探索者という肩書は非常に都合がいい用心棒となるわけだ。
そんな探索者の肩書を持つ男が、突然飲食店のオーナーになったというのだ。理解できなくても仕方がない。
しかし、そうなってくると事前に流しておいた情報は彼らの耳には入っていなかったということになる。この町に住んでいれば嫌でも耳にしそうなものだが……。まあ、商人という肩書から考えれば、日々様々な町を行き来していてもおかしい話ではないか。
そう考えていると、一人の男が少し離れたところから大きな声を出して、こちらへと近づいてくる。あの男は確か、先に店を出ていった男だ。
「れ、レヴァンガーさん! 大変です!」
「な、なんだ?」
駆け寄ってくるなり、レヴァンガーへを必死な勢いで向かう。周りで倒れ込んでいる取り巻き共に視線を向けた後、こちらを窺いながらレヴァンガーへと耳打ちをする。
「……ほ、本当に現役の探索者だというのか」
……ようやくか。しかし商人ともあろうものがこれほど情報に疎くて、いったいどうするというのだろうか?
「ようやく信じてもらえそうですね」
「だが、どうしてそんな男がこんな町にいるのだ」
「それをのんびりと語るつもりはありませんが、実際に居るのだからそのように理解してください」
レヴァンガーとしても、取り巻き連中が無力化された流れは目にしているので、これ以上は疑いようが無いはずだ。
――そして、暴力による営業妨害は難しいということも。それに考え至ったのか、レヴァンガーの表情に悔しさと諦めが混ざったような物に変わっていく。
「こ、こんなはずでは」
「まだ、続けますか? 今引いていただけるのであれば、これ以上は追い打ちすることは無いと約束しますよ?」
「わ、わかった。これ以上はかかわらないと約束しよう」
……モノクル越しに見える文字は「嘘」だ。こいつはまだなにかするつもりのようだ。ただ、何をしようとしているのかまではわからない。暴力行為に出た以上は、簡単に引き下がることは無いと思っていた。
こちらから提案した以上は、いきなり反故にしてしまうというのも気が引ける。……さて、どうしたものか?
「……町中に悪評をばらまいてやる」
レヴァンガーがうつむき、非常に小さい声でつぶやいた言葉が僕の耳に届いた。




