こんな辛いものが食えるか!
一旦落ち着いた後も店内はなんともいえない空気が続く。レヴァンガーの来訪は急な出来事だったため仕方がない。一応は客として扱うが、彼らの素性などを鑑みて、僕がレヴァンガーの席の近くで対応することにする。
席に座ってからも彼らの嫌がらせは続くかと思われたが、幸いなことに妨害のたぐいは行われることはないようだ。強いていうなら、レヴァンガーの取り巻きから一人が店を出ていったことくらいだろうか。何かを指示していたので、動きを見せるとすればそちらだろうか?
レヴァンガー達が静かにしてくれているおかげで、店内の様子は少しずつ元に戻ってきたように感じる。イヴェットちゃんも多少は落ち着いてきたのか、いつものような接客に戻ってきたように見える。
そしてレヴァンガーはといえば、店の様子を確認するように色々なところに視線を飛ばしているが、時折感心するような素振りも見せていた。
「料理が出るペースが早いようだな」
「同時にこなせるようですよ」
何でも料理人にとってみれば、その程度のことは当たり前のようだ。
料理のことはよくわからないが、僕も複数の錬成を同時に行うこともある。決して不思議な話ではない。
実際にヨランダさんは、他の客からのオーダーにもしっかりと応えつつレヴァンガー向けの料理を作ってくれているようだ。
そうこうしていると、イヴェットちゃん経由で厨房からお呼びがかかった。近くにレヴァンガーがいるので、イヴェットちゃんも挙動不審に成りながらの呼び出しだったが、幸いなことに誰も見咎めるようなことはなかった。
レヴァンガーに一言断って席を立ち、厨房へと移動する。
そこでは皿に盛られた料理を見ながら、ヨランダさんが戸惑いを見せていた。
「オーナー、料理できました。でも、本当にこれでよかったんですか? あ、もちろん味には自信はありますが……」
「何でもいいらしいですから。美味しいなら問題ないでしょう」
「……そういうものでしょうか?」
不安がるヨランダさんを少しでも安心させられるように、努めて笑顔で対応をする。
「それじゃあ、持っていきますね」
「あ、はい、お願いします」
料理をカートに乗せて厨房を出る。すると、店内の全ての視線がこちらに向いていた。……ちょっとやりづらいがこれは仕方がないか。むしろこんな時に店に他の客が居てくれることは非常に助かる。
「やっときたか」
「お待たせいたしました。こちらが――」
料理を配膳しながら、簡単にではあるが料理の説明を行う。とはいっても詳しくは知らないので、モノクル越しに見える説明をただ読むだけだったりする。まあ、傍目にはそれっぽく見えているはずだから細かいところはいいだろう。
説明が一通り終わった辺りで視線を再びレヴァンガーへと戻す。そのレヴァンガーの表情から一番伝わってくる感情、それは驚きだろうか。
「ず、ずいぶんと赤いのだな。こんなものが本当に食べられるのか?」
「もちろん食べられますよ。当店自慢のメニューの一つです。確か料理は何でもいいと伺いましたが?」
「確かに言ったが――」
「てめえ!」
少し喧嘩腰に問いかけた言葉に、レヴァンガーの取り巻きたちの一人が怒気をはらみながら立ち上がる。すると、レヴァンガーがそれを片手で制して睨みつけた。
「お前たちは黙っていろ」
「で、ですが!?」
「二度は言わん。……黙っていろ」
「は、はい」
レヴァンガーに睨まれた取り巻きはあっという間に静かになった。それから少しの時間が経ち、レヴァンガーは一瞬だけ意を決したような顔をして、料理を口に運ぶ
「ん゛ん゛ん゛!? ゴホッゴホッ。なんだ、この辛さは!?」
「だ、大丈夫ですか!?」
「ゴホッゴホッ。だ、大丈夫だ」
見た目以上の辛さだったのか、レヴァンガーは想定していなかった様子でむせることを止められなかったようだ。取り巻きも慌てて声を掛けるが、だからといってどうすることも出来ないでいた。
「チューカの一つであるコナン料理っていうらしいですよ。ものすごく辛いですけど、この酸っぱい辛さが病みつきになる人もいるらしいです」
「た、確かに。ただ単に辛いというわけではないようだな」
そう言いながらも、レヴァンガーの額には汗が滲み始めていた。チューカ料理の中で一番辛いらしいからな。もちろん僕は辛い料理は得意ではないので食べたことなどない。コナン料理を選んだのは単純にレヴァンガーへの些細な嫌がらせだ。
様子を見る限りでは、レヴァンガーも決して辛いものが得意というわけではないようだ。それでも食べ続けているのは彼のプライドだろうか?
――やがてレヴァンガーの手が止まる事となった。さすがにこれ以上は身体が受け付けないのかもしれない。顔には粒のような汗が湧き、手が少し震えている。
「どうされました?」
「こ……」
「こ?」
「こんな辛いものが食えるか! 食べられるという者がいるというのならば、ここに連れてこい!」
レヴァンガーが、唇を赤く腫らしながら大声を上げる。それを聞いた他の客は驚いてこちらを振り向く、そしてどこからか小さい声ではあるがクスクスと笑う声が聞こえてきた。――パトリシアだ。
パトリシアは、嬉しそうな笑みを浮かべながら席を立ち、こちらへ歩いてきた。
「貴様、どういうつもりだ?」
「先生、こんなに美味しそうな料理があるのなら言っておいてくださいよ」
当然、レヴァンガーは怒りの矛先を向けようとするが、パトリシアはそれを無視して僕へと問いかけてきた。先程の騒ぎを見た後にもかかわらず、レヴァンガーのことを警戒しないのだろうか?
「もちろん私は食べられますよ?」
「あー、えっと」
「食べたいです。食べさせてください」
コナン料理に心惹かれたのか、パトリシアの視線はテーブルの上にある料理から離れない。
……これはアレだ。多分ブリジットと近しい何かだ。
流石に食べかけの料理を食べてもらうわけにはいかない。仕方がないのでヨランダさんへお願いをして、もう一食用意をしてもらうことになった。
――この状況は一体なんだろうか?
先程までレヴァンガーが座っていた席を離れ、始めに僕たちが座っていた席へと移動することとなった。そして、テーブルには僕、パトリシア、そしてレヴァンガーの三人だけが座っている。
メディナスや、レヴァンガーの取り巻きは僕たちを囲むように立ったまま静かにしていた。そして――
「ごちそうさまでした! 美味しかったです! やっぱり辛いものは別腹ですね」
そう、パトリシアはすでに食事を終えた後にもかかわらず、新たに出された激辛料理をぺろりと平らげてしまったのだ。
レヴァンガーはそれを知らないが、単純に激辛料理を食べきったことに驚きを隠せないようだ。
「あの料理を、食べきっただと!?」
「す、すげえ」
彼の取り巻きも驚きの表情のまま、パトリシアを凝視していた。もちろん僕もいろいろな意味で驚いたが、それを表には出さずにレヴァンガーを見る。
「えっと、食べられましたね。そんなわけなのでお引取り願えますか?」
「……何の話だ?」
「立ち退きの件であればお断りします」
まだ言われたわけではないが、要求は間違っては居ないはずだ。この店は手放すつもりはない。
「所詮はこんなさびれた町の一店舗ではないか。こんな店、すぐに潰れるぞ」
「いえ、十分に流行っていますので。余計な心配は無用です。では、お引取りください」
それに転移陣が再稼働すれば、一気にこの町の経済も活性化する。潰れるかどうかなど余計なお世話だ。
一旦は言葉に詰まるレヴァンガーだったが、僕の言葉を受けてから表情を消した。
「――貴様、覚悟は出来ているんだろうな?」




