これから大変だろうなあ
それから数日後。
非常に陽気も良く、抜けるような青空にもかかわらず、学園内ではあまり外を歩く学生達は多くない。基本的に研究畑の者たちが多いので、当然といえば当然なのだが、今日はその中でも特に少ないだろうと思われる。
では何が起きているのか? その理由となる式典を見るために、学園内の第一講堂には多くの学生たちが詰めかけていた。
もちろん学生だけではなく招待された有力者たちも、今日行われる式典には多くの期待を抱いているようで、一様に明るい表情を見せている。
僕も一応招待客の一人なわけだが、近い席には見知った顔は一つもない。つまり知り合いは一人もいないので、一人寂しくおとなしくしているというわけだ。
時折、周囲の人たちから「誰だこいつ?」的な目で見られるが、招待席に座っている以上は何かしら関係のある人物なのだろうと思われているのか、形式上の挨拶や会釈は行われている。
個人的に深く興味を持たれても困るので、後の面倒が少ないように探索者だと名乗っていることもあって、二言三言かわせば興味を失ってくれる。
――今日この講堂で行われる式典、それはもちろんこの学園から新たに生まれた国家錬金術師たちのために開かれたものである。
先日の認定試験では、五名の学生が国家錬金術師として認定されることとなった。
その中には、元来の古典魔道具の研究で得た経験に加え、新たな知識を身につけたフィリップ副司祭、そしてその体質を正しく理解し、ポーションの錬成に関する検知を大きく伸ばしたメディナスが入っていた。
研究所で見習いだったゼノヴィアは、残念ながらぎりぎりの線でだめだったようだ。しかし、基本的な知識は十分に習熟しているので、次回の認定試験にはしっかりと合格してくれるのではないかと期待している。
もちろんゼノヴィアだけではない。今回ははじめての認定試験だったこともあり、合格できなかった学生たちが落ち込んでいないか励ましてまわることにしていた。しかし、いざ赴いてみると誰一人として過度に落ち込んでいるものはおらず、非常に前向きな言葉をもらうことが出来たのだ。
これは僕的にも純粋に嬉しかった。
すでに彼らは、次回の認定試験に向けて準備を始めていた。というか、そのままの流れで質問攻めにあってしまったのはご愛嬌。
定刻通りに式典が始まった。
シェリルさんが認定された時には国王陛下が行っていたのだが、今回からは国家錬金術師第一号であるシェリルさんが、国王陛下に代わり資格を与える役目を担っていた。
それぞれ認定証書と記念品が授与される。全員に授与された後、壇上の中央に五名が並ぶと惜しみない賛辞が降り注いだ。
五名の国家錬金術師たちは皆、晴れやかな希望に満ち溢れた表情を見せている。
今回認定された国家錬金術師は男性三名に女性二名。しかし改めて壇上を見ると、どう見ても男性二名に女性三名に見える。
もちろん授与の最中から気がついてはいたが、その原因はメディナスだ。
他二名の女性に勝るとも劣らない身だしなみで、多くの視線を集めていた。壇上にメディナスが上がった際には、その仕草や表情を見て感嘆のため息がそこかしらで漏れていたほどだ。
講堂にいる多くの者たちにとって、メディナスが男性だということは周知の事実だ。しかし、この一時においてはそれを物ともしない何かがそこにはあった。
無事に式典も終了し、招待客や学生たちは講堂を退出して外に出ていった。恐らく、新たな国家錬金術師たちのもとへ行き、彼らを囲み直接祝辞を述べるのだろう。
講堂にいた者たち、特に有力者たちにとって、彼ら新たな国家錬金術師は尊敬する対象であるとともに、自らの覚えを良くしておきたい対象でもあるのだから。
「これから大変だろうなあ」
他人事のように言うのはよい事ではないが、ついつい独り言が漏れえしまう。
国家錬金術師として認定されたことにより、彼らには今後さまざまな場面で錬金術を有効活用してもらうことになる。当然ながら国民からの期待も大きい。そんな彼らのことをあの手この手で懐柔しようとする輩も現れるかも知れない。
国家錬金術師という仕組みのおかげで、政治的な圧力からは守られるだろうとは思われるが、それでも完璧ではない。
現時点では、国家錬金術師として認定されているのは、シェリルさんを含めてもたったの六人だ。しかし、これからも適宜認定が行われていくはずなので、国家錬金術師は増加していくことになるのは間違いない。そうなると、どうしても全体に目が届くようにするのは難しいだろう。
シェリルさんとはその対策を含め、継続的に多くの知識交換を行っている。だから僕が手助けできる部分はまだ多いと思う。
今は、彼らが余計なことに煩わされず、その腕を振るえることを祈るのみだ。
式典からさらに数日後、学園内に併設されている近代錬金術研究施設を訪れた。その中にある、とある研究室の扉の前に立ちノックをする。
「あれ、いないのかな? って、そんなわけがないか」
ノックに反応がないのはいつものことなので、気にもならなくなってきた。
仕方がないので、いつものようにそのまま扉を開けて研究室の中へと入ると、部屋の奥で机に向かい黙々と仕事をしている男性が目に入る。
僕が入ってきたことには全く気がついていないようだ。それだけ集中しているのであれば、邪魔をするのは憚れるが、実際に待っているとどれだけ待つことになるかわかったものではない。
僕としてもあまり時間があるというわけではないので、やむを得ず声を掛けることにする。
「こんにちは。進捗の方はどうですか?」
「……おお、バーナード殿! もちろんだとも。これを見てくれ。準備はもう殆ど終わっている」
僕を見るなり、嬉しそうに手元の書類を見せてくる。
この研究室は、とあるプロジェクトのために用意されたものだ。現在はこの男性、フィリップ副司祭が一角を使用している。
そのプロジェクトとは、都市間転移陣の復旧プロジェクトである。
晴れて国家錬金術師となった五人の錬金術師たちだが、皆が同じことをするわけではない。今回は、こういった大掛かりな近代魔道具に適正のある、フィリップ副司祭に白羽の矢が立った。というか、僕が立てた。
「はは、落ち着いてください」
「バーナード殿に期待されているのだ、なかなか落ち着いてなどいれんよ」
そう答えるフィリップ副司祭の瞳は純粋に輝いて見える。
本当は僕が全体的に関わる予定だったのだが、少し事情が変わってきた。それは、このアミルトと隣町とを繋ぐ移動手段の確立に力を注ぐ必要があったためだ。
学生たちの提案を元に一つの道筋を建てることは出来た。しかし、それを実現するには転移陣の復旧をしながらというのは難しい。
それをシェリルさんに相談したところ、転移陣の復旧は若き国家錬金術師たちの誰かに行わせてみてはどうかと言う話になった。
確かに基本的な解析作業はすでに終わっているので、後はそれを元に直すだけだ。念の為、安全マージンをとってフィリップ副司祭を選ばせてもらったが、国家錬金術師として認定される力がある者たちならば十分に可能だろう。
そして、目の前に突き出されている書類を見る限りでも、それは間違いない選択だったことを窺わせる。あくまでも計算上ではあるが、エネルギー効率や起動にかかる時間の短縮など、多数の改善がされているのだ。
「うん、いいと思いますよ」
「おお、そうか! バーナード殿に見せるまでは不安で仕方がなかったぞ。……それで、そちらの進捗はどうなのだ?」
不安とは縁遠そうなフィリップ副司祭が、興味深そうに言葉を返す。それを受けて、口角を上げて小さく微笑む。
「もちろん、順調ですよ。もう少しで試作品が出来上がると思います」




