少しだけ落ち着かない
試験問題の調整は無事終わり、若き錬金術師たちへの認定試験はそれを使って行われることとなった。
提案時には、シェリルさんがどのような反応をするのか分からなかったこともあり、慎重に言葉を選んで説明を行ったのだが、結果としてはシェリルさんも非常に乗り気になってくれた。
理由としては非常にわかりやすく、現状では重要な案件は全てを僕に頼ってしまっていることに後ろめたさや問題意識を持っていたということだった。
これから積極的に関わっていって欲しいという期待を込めて、新たに育つ錬金術師たちにも意識改革になるのではないか、と。
そのようなやり取りを経た結果、今日行われているであろう認定試験に繋がったというわけだ。
そんな大事な日ではあるのだが、僕は自宅でくつろいでいるところだったりする。いや、ちょっとだけ嘘をついた。実は少しだけ落ち着かない。
そんな僕を見て、アリスがリビングにアロマオイルを焚いてくれた。……ほのかに甘い香りが鼻をくすぐる。
「……いい香りだね」
「香木から抽出したオイルと、柑橘系のオイルをいくつかブレンドしてみました。不安を和らげる効果があるそうです」
「ありがとう。少し落ち着くよ」
確かにアリスの言うように、不安を和らげてくれているように感じる。僕の思い込みもあるとは思うけど、こういうのもたまにはいいな。
「こういったアロマオイルも、異界の素材から錬成してみるのも面白いかも知れないね」
「ふふ、そうですね」
僕の言葉を聞いて、アリスが小さく微笑む。こうやって、どうしても近代錬金術に結びつけて考えてしまう自分に苦笑いしてしまう。
しかし、アリスの機転のおかげでリラックスは出来たと思う。
ちょうどアリスも一通りの家事を終えたところだったので、少しの間、話し相手になってもらうことにした。
「そういえば試験官は、シェリルさんが手配した方たちなんですよね?」
「そうだね。あとはシャーロットたちも全体を見守っている形にはなっているかな」
僕がいると皆、力が入りすぎてしまい本来の力を発揮できない可能性がある。そういう理由でシェリルさんから、自宅待機をお願いされてしまったのだ。
僕としても若者たちの負担になってしまうということは本意ではない。とはいえ、心配なことには変わりないので、せめてシャーロットたちはお願いしたいとシェリルさんに頼んで許可をもらった。
「僕もあと三十分くらいで呼ばれるはずだけど」
「追加問題の採点でしたね」
「うん、こればかりは決まった解答があるわけではないからね」
もしアイディアとしては採用されなかったとしても、その発想の自由度やアイディアの根幹となる基礎知識の習熟具合を判断する必要がある。
「採点はちょっと楽しみだよ」
――そして長く感じた時間が過ぎ、シャーロットが僕のことを呼びに来た。
「バーナード様、試験が終わりましたので採点の準備をお願いします」
「ありがとう。ってシャーロット……」
認定試験の日だというのに、シャーロットは相変わらず少しだらしなく着崩した状態で過ごしていたようだ。……邪念に囚われたものはいなかっただろうか?
「どうかしましたか?」
「ああ、いや。過ぎたことだし気にしないで」
試験を受ける若者たちが、どれだけ近代錬金術に真摯に向かい合っているのか。その集中力の判断になったのだと自分を納得させる。……でも、それならそれで僕が行っても、結果は一緒だったのではなかっただろうか?
「それじゃあ、移動しようか。アリスはどうする?」
「私も行きます。と言いたいところなのですが、そろそろ夕食の買い物をしないといけないので。シャーロット、バーナード様のことお願いしますね」
「ふふ、大丈夫ですよ」
アリスが残念そうにそう言うと、それを見たシャーロットが柔らかく笑う。
「じゃあ行ってくるね。帰りはそんなに遅くはならない予定だから」
「はい、行ってらっしゃいませ」
もともと準備は終えているので、アリスに見送られてシャーロットを伴い家を出た。
学園の建物に入り、採点のために用意された部屋へと案内される。室内は私語一つ無く、試験官の皆が解答用紙に向かい採点に集中していた。
予め解答は提出済みなので、すでに採点は順調に進められていたようだ。
邪魔をしてはいけないので、試験官たちには軽く挨拶を行うにとどめ、用意された席へと座ることにする。シャーロットは部屋の奥にある紙の束を手に取ると、僕の隣の席に座り机の上にそれを並べ始めた。
「もう少ししたら、シェリルさんが到着すると思いますので、先に目を通しておきましょう」
「そうだね、わかった。それじゃあ、シャーロットはそっちから確認していってもらえるかな」
「はい」
そう言って、僕は前に並ぶ解答用紙を端から手に取り、手元に広げた。
今回、追加問題の採点には僕とシャーロット、そしてシェリルさんを審査員としている。
通常の試験であれば僕たちだけでも構わないのだが、今回は内容が内容なのでシェリルさんの判断も必要となる。とはいえシェリルさんも基本的には多忙な人なので、なるべく時間は短縮してあげたい。あらかじめ僕たちが大枠だけでも目を通しておけば、それだけ話は早くなる。
――はじめの数人の解答用紙に目を通した辺りで、一つため息をつく。
「……うーん、さすがに急に思いつくものでもないか」
「そうですねえ。事前にテーマを告知できれば良かったんですけど――あっ、これなんて面白いですよ?」
同調しかけたシャーロットがあっと声を上げて、解答用紙をこちらに向けた。
「え、どれどれ? おお、なかなか面白い意見も出るね。ちょっと安心したよ」
少しだけ不安になったところだったので、その分嬉しく感じてしまったのは仕方がないことだろう。
そうして一通り目を通した頃、シェリルさんが部屋に入ってきた。すると、皆が手を止めて立ち上がり礼をし始める。……僕のときは見向きもしなかったのに。しくしく。
他の試験官たちも僕たちには一定の敬意を払ってはくれるのだが、やはり初の認定試験という重圧の中、余裕がなかったのだろう。
それでも、さすがにシェリルさんが相手となるとそうも言ってられないようだ。
「気にしないで大丈夫よ。皆それぞれの仕事に戻って頂戴」
緊張気味に立っていた試験官たちだったが、シェリルさんの許可を得て少し安心したような顔を浮かべると、再び席に座り採点をし始めた。その様子を見て満足そうに頷くと、シェリルさんはこちらに向き直る。
「遅くなってごめんなさい。前の案件が長引いちゃって」
「いえ、大丈夫ですよ。ちょうど一通り目は通す時間が出来たのでよかったです」
「ならよかった。それで、何か目に留まるような物はあったかしら?」
期待と不安が入り混じった様子でこちらに問いかけてくる。さっきまでの僕たちと同じだなあ。
「はい、いくつか面白い物はありましたよ。それはこちらに分けておきました。それと内容が薄いものも別にしておいたので、そちらは目を通さなくても大丈夫です」
「さすがバーナードくん。仕事が早いわね、助かるわ」
シェリルさんは胸の前で手を合わせ、嬉しそうにしながら用意された席へと腰掛ける。
「それじゃあ、私も今から目を通すわ。バーナード君、簡単にで構わないから説明もお願いしちゃっていいかしら?」
「はい、初めからそのつもりで目を通したので大丈夫ですよ。それではまず、こちらの――」
途中、シャーロットの視点でも意見をもらいながら、一通り資料の解説を行った。




