面白い試みかも知れないね
転移陣の現地調査に関しては、二日ほど掛けて町や周囲の環境も一通り確認し終えた。
ここから先は僕だけで決められる内容ではない。今後の方針などをすり合わせるために、一旦アミルトへと帰ることにする。
僕が債権を買い取ることになったヨランダさんの店は、ひとまず僕が居ない間もそのまま開いてもらい営業をすることにした。
多少の心配は残るが手は打った。探索者による経営と領主の訪問。レヴァンガーが今後もアミルトで商売をするつもりがあるなら、そのような危険な案件に手出しをすることは、そうそう無いだろうと思う。
念の為、ホットラインとして通信機の貸出を行うことにしたし、インスタントポータルのマーキングも行っておいた。
危機が迫った際、こちらにアラートをあげられるように緊急用の魔道具も渡しておいた。僕が探索にさえ出ていなければ、何かあったとしても駆けつけることは出来るだろう。
近代魔道具を渡したことに伴い、定期的に訪れてメンテナンスする必要は出てくるが、これは必要な投資と思うことにする。
ひとまずメンテナンスに関しては、現時点では僕が行うしか無い。正式に転移陣が再稼働すれば、この町に数人の錬金術師を常駐してもらうことになると思うので、そのときには改めて別途依頼を行おうと思っている。
「――嬉しそうですね」
馬上で思いにふけっていると、馬を並列に歩かせながらアリスが問いかけてくる。
「そう見える?」
「はい、とても嬉しそうです」
「……懐かしかったからね。味は同じではないけど基本的なところが似てはいた」
もともとあの店には、それほど深い思い入れがあるわけではない。昔だって、転移陣で移動する時に思い出さなければ立ち寄っていなかったくらいだった。
百年前とはいっても僕は寝ていたし、それほど懐かしいという思いもない。
でも、どうしてだろう。しっかりとした理由はわからないが、実際に訪れて百年前の名残やつながりを感じた瞬間から、僕の中で何か違った位置付けになったんだと思う。
「わかりました」
「ん?」
そんな僕を見て、アリスが何かを決断したように頷く。
「私がその味付けを再現できるよう、精一杯がんばりますね!」
「あー、それは困るかも」
「えっ?」
僕が即座に言葉を返したせいか、アリスが変な声で反応する。その表情には困惑の色が見て取れる。
「いや、あくまでもあの店の味はヨランダさんに期待したいかな。アリスが味を再現しちゃったら、お店の債権を買った意味があまりなくなっちゃうしね。それにアリスにはアリスにしか出せない味を追求してほしいかな」
「……私にしか出せない、味。そう、ですね。確かにそうですよね!」
「うん、楽しみにしてるよ」
「はい、がんばります!」
アリスが満面の笑顔で答える。正直なところ、誰かの味を真似するよりもそちらのほうが難しいと思うが、アリスの琴線に触れたようだ。
元々、これまでも貪欲に色々な料理に挑戦していたが、それはあくまでも自分の引き出しを増やすという行為に過ぎない。これからは、それをベースに自分の味を追求していくことになるはず。
今の反応は、より強い決意をしたということだ。味見には人手が必要だから、きっと家でお留守番をしているブリジットも喜んでくれることだろう。
アミルトに戻ってから数日後、僕は自宅の研究室で頭を捻り唸っていた。
「いい案が浮かばないなあ」
「あまり根を詰めないようにしてくださいね。紅茶をどうぞ」
「ああ、ありがとう」
一旦、大きく背伸びをしてから机に置かれたカップを手に取る。
ほのかに香る茶葉の匂いを楽しみながら一口含む。
「――おいしいね。新しいやつ?」
「はい、南方のものらしいです」
「香りもいいし、いいもの見つけてきたね」
「また、見つけたら買っておきますね」
大通りの市場には、各地の様々な特産品が売られている。そんな中にあっても掘り出し物と呼べる一品、それを見つけるのがアリスの密かな楽しみなのだそうな。
面白いものや懐かしいものを手に入れられるので、僕としても大歓迎だ。少なくとも、今はこの良い香りをゆっくりと楽しみたいと思えた。
一旦席を立ち、アリスを誘ってリビングへ移動することにする。
リビングのソファーに一人座り一息つく。
先程、アリスが用意していたのは僕の分だけだったので、自分の分も用意してからリビングへ戻ってくるとのことだった。
「――お待たせしました」
部屋に入ってきたアリスが持っているトレイには、二人分の紅茶と茶菓子がのっていた。僕の分も入れ直してくれたようだ。
それから少し雑談を交えつつ、話し合いをしながら紅茶を楽しんだ。
「でも、なかなかいい案が浮かばないなあ」
その話というのは、もちろん隣町にある転移陣に関する問題だ。
転移陣そのものには大きな問題点は見当たらなかった。一通りのメンテナンスは必要だと思うが、再稼働自体はそれほど手間もかからないだろう。
「隣町まではそれなりに距離もありますしね」
「ただ移動するだけならポータルでもなんとかなるんだけどね」
「ポータルではダメなんですか?」
「ポータルは一度に移動できる人数が少ないんだ。転移陣が再可動すると、人の行き来がかなり増えることになるからね。ポータルとかだと順番待ちが発生してひどいことになっちゃう」
「それで別の移動手段が必要になる、と」
「そうだね」
問題は、その隣町までの移動手段だ。
転移陣を利用する主な客が期待するのは、王都とアミルトを無理なく繋ぐインフラだ。
当然だが、隣町からアミルトへの移動手段として馬を使うのは却下だ。転移陣が止まっている現在に比べれば十分に短い時間で移動することが可能だろう。しかし、それも一時の感想に過ぎないはずだ。……人は慣れるものだ。
再び考え込みそうになったところで、アリスが何かを思いついたように手を叩いた。
「そういうことでしたら、皆さんからアイディアを頂いてはいかがでしょうか?」
「ん、皆さん?」
「はい、皆さんです」
「んー、まあ確かにそれもありかも知れないかな。ジーク達なら変わった視点で意見を出せるかも知れないし」
「あ、いえ、ジーク達ではないですよ?」
アリスが不思議そうな顔をする。でも今、皆って言ってなかったか?
僕がアリスの言葉を疑問に思っていると、アリスが嬉しそうに微笑む。
「学院の生徒たちですよ」
「――あっ!?」
そうか、このアミルトには彼らがいた。
これからを担う若い錬金術師たち。今回の問題は、彼らにとっても非常に重要な位置づけとなるのは間違いない。
「近く行われる認定試験に、付加的な問題として出題してみてはいかがでしょうか?」
「それは面白い試みかも知れないね」
すでに試験問題の準備は終わっている。しかし、それくらいであればまだ調整は可能だ。
この問題を前に、彼らがどんなアイディアを見せてくれるのか? 若く新しい感性が、僕には考えもつかなかった意見を生んでくれる可能性だって十分にある。
「うん、いいねいいね。よし! ちょっと試験問題を調整してくるよ。アリスありがとう!」
「はい、かしこまりました。それでは夕食は研究室でお食べになりますか?」
「そうだね。それでお願い」
残りの紅茶を飲み干して立ち上がる。方針が決まれば善は急げだ。
前提条件を含め、いくつもの内容を簡潔にまとめる必要がある。
もう試験まではあまり時間がない。今夜中に仕上げて明日にはシェリルさんに説明をしなければならない。
……大変だけど、ちょっと楽しみになってきた。
次回更新は、早くても12日の深夜になってしまうと思います。




