失いたくはない
「そろそろ話を聞かせてもらってもいいですかね?」
「あ、はい」
さて、驚くほどすんなりと承諾してもらえたので、逆に何かの罠ではないかと思ってしまう程だ。チャールトンは既に抵抗をすることを諦めたようで、大人しく椅子に座って怯えるような眼差しでこちらを窺っている。
というか、もう可哀想になるくらい気持ちが折れてしまっている。先程、僕がオハナシを提案したわけだが、実はアリスが物凄くやる気をみせてしまった。
チャールトンがしでかした行為が、よほど腹に据えかねたと見える。
アリスの行うオハナシが、イヴェットちゃんの精神的な成長に悪影響が出るといけないので、一旦ヨランダさんにはイヴェットちゃんを連れて奥の部屋に下がってもらうことにした。
――それから概ね一時間後、すっかり心が折れてしまったチャールトンが出来上がったというわけだ。
別にこのまま放り出してもいいくらいなのだが、それだと何の解決にもならない気がするので、チャールトンにはもう少しだけ頑張ってもらうことにしようと思う。
当事者であるヨランダさん達が居ない状況で、僕達だけが話を聞くのはいかがなものかと思うが、チャールトンの願いなので仕方がない。相応の理由があるのだろう。
「それで結局のところ、今回の営業妨害を含めた一連の流れは一体何だったんです?」
「そ、それは、懇意にしている商会に頼まれたから――」
「んー、微妙な嘘を混ぜないでもらえますか? 判断に困ります」
僕の質問に対して、ハッとした顔で答え始めるチャールトン。しかしその返答には虚偽の情報が含まれている。
「バーナード様、申し訳ありません。オハナシが足りていなかったようです」
「ま、ままま、待ってくれ! ……す、すべて話す。話すから!」
チャールトンの様子を見て、アリスの目が暗く光ったように見えた。
もちろん、先程のオハナシを実際に体験した身としては、再びあの悪夢を見るようなことは避けたいようで、両手を前に出して慌てて弁解をする。
……僕としてもあれはきっついと思うので、チャールトンの反応は正しい反応だろう。というか、あれは聞いている僕の精神も蝕んでしまいそうだ。
「……あの二人には言わないと約束していただけますか?」
「それは約束できません。内容によりますから。しかし、この段階に至って隠し事はおすすめしませんよ」
「そ、そうですよね」
チャールトンも自分の要望が通るとは思っていないだろう。それでも言っておきたかった?
二人に知られたくない話、か。
「二人の父親が亡くなったのは不慮の事故ではない。殺されたんですよ」
いや、不慮の事故という話も初耳なんですが? てっきり病気か何かかと思っていた。
僕は立ち退きに関する話を聞きたかったのだが、深刻そうな面持ちで語るチャールトンがせっかく語り始めたことなので、話の腰を折らないように沈黙で返すことにする。
そもそも、ヨランダさんからは父親が亡くなったとしか聞いていない。しかし、ここでその話が出るということは、一連の立ち退きに関連してくるということなのだろう。
――チャールトンの話を聞き続けたことで、いくつかの事がわかった。
この店に対する立ち退きの話は、父親の無くなる前から始まっていた。しかし、その立ち退きを迫っていたのは、チャールトンではなくレヴァンガーという商人である。
このレヴァンガーだが、黒い噂が絶えない商人らしい。それこそ非合法の手段も平気で行使する、いわゆる悪徳商人を地で行っているようだ。
ヨランダさん達の父親は、このレヴァンガーからの立ち退きを断り続けたことで、事故に見せかけて殺されてしまった。
「あいつの最後の頼みなんだ!」
「あいつというのは、ヨランダさん達のお父さんのことでよかったですか?」
「ああ、そうだ。 二人にはこんな寂れた町ではなく、活気のあるアミルトで暮らして欲しいって。……だから人を雇って店で暴れさせれば、あの子達も諦めてくれるんじゃないかと。もちろん二人には危害を加えないように言い含めてあります」
チャールトンが悲壮な声で訴えてくる。……確かに、こんな話は二人には聞かせられないだろう。二人がどこまで気づいているのかはわからないが、率先して話す必要はないというのは賛成だ。
「それでは借金というのは作り話ですか?」
「いえ、借金に関しては本当です。しかし先程の件もあって、無理やり返済計画に反対しているのです」
「……そうですか」
もう、チャールトンの話に嘘はない。レヴァンガーとやらが危険な輩であることは十分に伝わった。このままでは二人の命も危ないだろうということも。
その話を聞いた上で僕の中で生まれた気持ち、それは――。
「僕としてはヨランダさんには、お父さんの跡を継いでお店を開いて欲しいという気持ちが強いです」
「それはわかっています。しかし、あの男は危険なんです!」
「そうですね、あの姉妹の力だけでは父親の二の舞になるのがオチでしょう」
「それなら――」
「姉妹の力だけでは、ね」
チャールトンが前のめりになったところを言葉で制する。それにより口をパクパクさせながら困惑の表情を見せた。
「僕が居ます。僕が解決出来るように頑張ってみますよ。とりあえず借金は全額僕が返済します」
「貴方が、ですか? ……いったいどうして?」
チャールトンにはその理由に思い至ることができないようだ。確かにレヴァンガーの存在という危険を共有したにも関わらず、なぜ関わろうとするのか全く理解できないのだろう。
「詳しいお話はできませんが、このお店にはちょっとした思い入れがありましてね」
そう言って、過去のちょっとした記憶を思い出す。
――数少ない百年前とのつながりだ。この程度のトラブルで失いたくはない。
ひとまず探索者である僕が関わることで、一介の商人ではそうそう手出しはできなくなるはずだ。レヴァンガーは商人だ。であれば、アミルトでの商売は避け得ないはずだ。
探索者の横のつながりは結構強い。探索者と敵対する商人から喜んで買い物をする物好きなどそうそういるものではない。
でも、それだけでは若干心もとない。
「善は急げ、かな」
「は、はあ?」
モノクル越しに表示されているメニューを操作して、早速行動に移すことにする。
要するに簡単に手出しできないような後ろ盾があれば良いんだろう?
驚くチャールトンを放置して、通信機から聞こえてくる音に意識を向ける。
「――はい」
「もしもし、シェリルさん? 今、ちょっといいですか?」
「今日やらないといけない仕事は終わったから大丈夫よ。そっちで何かトラブルでもあったの?」
通信機越しに少しだけ心配そうな口調の声が聞こえてくる。
「こっちでもの凄く美味しい店を見つけたんですよ。よかったらこれからこちらに来ませんか?」
「ああ、そういうことですか。シェリルさん、私からもおすすめします」
この通信はアリスにもつないだので、話を聞いて僕の意図を汲み取ってくれたようだ。
「へえ、アリスちゃんのお墨付きなんて珍しいわね。オッケー。三十分位あればそっちに行けると思うわ」
「はい、それじゃあお待ちしてます。場所を教えますね――」
必要な情報のやり取りを終えて通信を切る。それを見てチャールトンが当惑した様子で手を伸ばす。
「あ、あの。いったいなにが?」
「まあ、来てからのお楽しみということで」
この場ですべてを説明してしまうことは可能だ。しかし、僕の思惑が十全にうまくいくと言う保証はない。不要な期待を抱かせるべきではないだろう。
三十分後にはシェリルさんが飛んでくる。
さあ、ヨランダさんには気合を入れて頑張ってもらいましょうか。




