捨てられてはおらんよ
間違えて一つ前の話を投稿してしまいました。orz
アミルトを起点に近代錬金術が復活したことで、中継地点の一つであるこの町を訪れる人が増えてきているらしい。
僕達、百年前に生きた錬金術師の不甲斐なさによって、この町の経済は一度死んでしまった。それがようやく上向いてきたということだ。
多少嬉しくもあるが、やはり申し訳無さが先に立つ。そんな複雑な思いを胸に抱いてしまう。だからだろうか、転移陣まではそれほど時間はかからなかった。
「……これは」
一瞬、我が目を疑ってしまった。
およそ百年前に停止して、休眠状態になって久しいはずの転移陣。恐らくは町に溢れている建物と同じように、所々が崩れていたりしているものだと思っていた。
しかし、今僕の目の前にある物は僕の予想とは大きく異なっていた。
「古びてはいるけどとても綺麗だ。とても百年前に捨てられたものとは思えないな」
「捨てられてはおらんよ」
「えっ?」
つい漏れてしまった独り言だったが、それが耳に届いたのか一人の老人の興味を引いてしまったようだ。
「すまんのう。たまたま耳に入ってしまっての」
「いえ、気にしないでください。それより、捨てられていないとは?」
「ほっほ、そのままの意味じゃよ。この転移陣は動かなくなってから随分と経つ。じゃが、この町に暮らす者たちをずっと見守ってきた」
「見守る……。この町のシンボルのようなものでしょうか?」
「そうじゃな。この町の皆で掃除や補修をして、綺麗に保っているのじゃよ」
老人の言葉につられて再び転移陣を見る。……確かによく見れば、僕の記憶している転移陣とは所々が小さく異なっている。
錬金術師がメンテナンスしていない以上、この転移陣はとうの昔に動かなくなっている。しかし、動かないなりに町の住民を違う形で支えてきたということか。
「すごい、ですね」
「お主は不思議な眼差しで見るのじゃな」
「そう、ですか?」
「これまで色々な者がこれを見てきたが、お主のように懐かしさを思わせる眼差しで見ていたものは初めて見る」
老人の言葉に、一瞬ドキッとしてしまった。この老人に僕の思いを悟られるようなことは無いだろうが、それでもついつい反応してしまう。
思わず老人の顔を見るが、その視線は既に僕ではなく転移陣へと向いていた。
「さて、邪魔したのう。せっかく来たんじゃ、ゆっくりと見ていくといい」
「はい」
そう言い残して、老人は満足した顔で去っていく。その後ろ姿をしばらく見送った。
老人が見えなくなったので、改めてモノクルに表示される情報を見る。……どうやら近くに人はいないようだ。
……これから行う調査は基本的にセントラルのスキャンを利用して行うが、どうしても途中に転移陣を触ることもあるだろう。
そうそう声を掛けられるようなことはないだろうが、先ほどのような事が無いように、近くに人がいないことは確認しておいたほうが良い。
「セントラル、転移陣のスキャンをお願い」
『かしこまりました。今から転移陣のスキャンを行います――スキャン中です――スキャンを終了しました』
モノクル越しに表示された情報に目を通す。セオドールの研究資料にあった転移陣の図面を表示して、その上に今回の解析情報を重ねて表示されている。
転移陣が綺麗に保たれていたおかげだろう。どの部分も僕が想定していたものと比べて、大幅に状態はいい。これなら動かすのにそれほど手間はかからないだろう。いっそのこと、教え子の誰かに任せてみるのもありかも知れない。
まあ、何にしてもこれなら予定通りに――いや、ダメだ。
……この転移陣はアミルトには移設できない。
先程の老人との会話が頭の中で再生される。……転移陣はこの町に暮らす住民にとって、すでに必要不可欠なものになっている。これを奪うことは僕には出来ない。
「これは、まいったなあ」
独り言をつぶやき、頭を掻きながら転移陣を眺める。でも、こういうのは嫌じゃない。
今日の調査で、コア部分を取り外して持って帰るつもりだった。だが、こうなったら予定を大幅に変更だ。
転移陣はこの町に残す。もちろん僕の独断だが、これは譲れない。
ひと通りの調査を終え、アリス達の待つ中り屋へ戻ることにする。
思案を回らせながら町並みを眺める。
さて、転移陣を残すことに関しては、ひとまずシェリルさんには説明が必要だろう。ウォーレン殿下にはシェリルさんから伝えてもらうとして、すんなり理解を得られるといいが……。
いや、理解を得られるような何かを先に提案しておきたいな。
アミルトからこの町までは、馬を使っても数時間の移動時間を要する。このままでは折角の転移陣が用をなさない。悩ましいな。
ああでもない、こうでもないと考えていると建物が見えてきた。もちろん、まだ結論は出ていない。……後でアリスにも相談してみるかな。
「ただいま、って何これ?」
扉を開けて中に入ると、奥の方でヨランダさんがイヴェットちゃんを守るように抱いていた。そんなヨランダさんの視線の先を見る。
そこにはアリスだけではなく、見覚えのない数人の男性の姿があった。
男性たちは既に意識が無いようで、アリスがアイテムポーチからロープを取り出して淡々と縛り上げている最中だった。
「バーナード様、おかえりなさいませ」
「えっと、お客さん――なわけないか」
「つい先程訪ねてきたのですが、店内で暴れようとしたので取り押さえました」
うん、取り押さえたと言うよりは、ぶちのめしたと言う方が正しい表現だと思うよ。家具の一つも乱れていないところを見ると瞬殺だったということだろうか。
「二人共、大丈夫でしたか?」
「わ、私達は大丈夫です。お店も特に被害はありません」
二人共、驚いてはいるが特に何かをされた訳ではないようだ。まあ、アリスならゴロツキ程度は一瞬で片が付く。本当に今の今、起きたばかりの出来事なのだろう。
それにしても、白昼堂々とこんな事を仕掛けてくるとは。周りが買収済みな事もあって、少しの荒事であればもみ消せると踏んだのだろうか。
このまま立っているのも何なので、アリスの手伝いをする事にする。
「今日はアリスを置いていって正解――」
「おやおや、二人共。どうしたのですかな?」
部屋の隅に向かって歩いている最中、男性の嬉しそうな声が店内に響く。何事かと振り向くと、恰幅の良い男性が、にやけた表情でヨランダさん達を見ていた。
「……チャールトンさん」
「おやおや、そんなに怯えてしまって可哀想に」
チャールトン、こいつが例の支援者とやらか。
チャールトンは他には目もくれず、目尻を下げながら二人へと歩み寄る。そして、手を差し伸べてヨランダさんの頬を撫でる。
「いったいどうしたのですか? ああ、お店もこんなに――あれ?」
もともと予定していたやり取りなのだろう。非常にわざとらしい仕草で、心配するように店内を見回して――僕と目が合った。
間の抜けた声を上げて、固まるチャールトン。やがて、少しだけ落ち着いたのか、アリスや足下で縛り上げられているゴロツキの間を視線が動く。
そして、ようやく事態を把握したのか。顔から大量の脂汗を流し始めた。
「ちょうど良かった。ちょっとオハナシしませんか?」
「あーそう言えば、これから大事な予定が――」
扉へと歩み寄り、パタンと閉めて鍵を掛ける。
努めて友好的な笑顔を作りつつ、有無を言わせない空気を醸し出して向き直る。
「無いですよね?」
「……はい」
チャールトンは現れた時とは対照的な表情を浮かべながら、観念した様子でがっくりと肩を落とした。




