ちょっときな臭くなってきた
二人が泣き止むまでには少し時間を要してしまった。ヨランダさんのお父さんには会ったことがないが、この二人にとってどれほど大きな存在なのかよく分かる。
泣き止んだきっかけは僕のお腹の音だった。本当は、もう少しだけそっとしておいてあげようと思っていたのだ。しかし空気を読まない僕のお腹が、静かな店内に響いてしまった。
その音を聞いた二人は驚いた顔でこちらを見やり、その後互いに顔を合わせて笑いだした。
「……申し訳ない」
「ふふ、いえ、ごめんなさい。そう言えばもうお昼過ぎちゃってたみたい。あ、そうだ。もし良かったらうちでご飯食べていきませんか?」
「あー、それは流石に申し訳ないので、キッチンだけお借りできれば。もともと、それをお願いしようと思って訪ねたので」
ヨランダさんのご好意は、確かに魅力的なお誘いではあるが、流石に食事を頂いてしまうのは悪い気がする。
「ごめんなさい。キッチンはお貸しすることは出来ないんです。まだ看板は出していないんですけど、見ての通りここはお店ですから」
「ああ、そういうことでしたら客としていただきます」
「それじゃあ、すぐに食事の準備をしますので、少しだけお待ち下さい」
そう言ってヨランダさんは足早に奥へ行ってしまった。どうやらヨランダさんはこの店の料理人だったようだ。
確かに料理人であれば、自分の城であるキッチンに他人を入れる事を嫌がる人は多い。そういう事であれば、ヨランダさんの言葉に甘えさせていただく事にする。
――それから少しして、店の中に食欲をそそる香りが漂ってきた。なるほど、これは随分と期待ができそうだ。
僕達が待つテーブルに食事が並ぶまでに、それほどの時間が掛ることはなかった。ヨランダさんはとても腕が良い料理人なのだろう。
「あれ、僕達の分だけですか? お二人は食べないんですか?」
「私達の分も作りましたよ。あとでゆっくりといただきます」
ヨランダさんは、微笑みを浮かべ淀み無くそう答えた。ああ、そうか。僕が客としてなんて言ってしまったからだ。
「それでしたらご一緒しませんか? ヨランダさんのお話も聞きたいですし。もちろんお代はお支払いします」
「いえ、それは――はい、わかりました。それではご一緒させていただきます」
「そうして下さい」
少しだけ申し訳なさそうにはしているが、もともとの話を思い出してもらえたようで、ヨランダさんは再び真剣な表情になり頷いた。
非常に美味しい料理に舌鼓を打ちつつ、ヨランダさんの身の上話を聞く。
なんでも、ヨランダさんはつい先日まで、アミルトで人気の飲食店でシェフをしていたらしい。どおりで美味しいわけだ。それではこの店はというと、ヨランダさんのお父さんが営業していたという事だった。
ヨランダさん的には、もともとこの店を継ぐつもりだったのだが、お父さんの反対もあってなかなか戻ってくることが出来なかったらしい。きっと、娘の負担になりたくなかったのだろう。
それでは何故、アミルトで成功していたヨランダさんが、この町に戻ることになったのかと言えば、それはそのお父さんが亡くなったからだ。
「それは、お悔み申し上げます」
「ありがとうございます。だからこの店を継ぐためにも、ここを立ち退くわけにはいかないんです」
お父さんが亡くなった話になると、再びイヴェットちゃんが泣きそうになってしまったが、ヨランダさんの目は力強さを感じさせた。
先程は気が緩んで泣いてしまったが、既にお父さんを失った悲しみを乗り越えて一歩踏み出しているということなのだろう。……強い人だ。
「ファーストインパクト的に、決して穏便なやり取りでは無いですよね。そろそろお聞かせいただけますか?」
「……はい、実は父の支援者をしていたという人から立ち退きを迫られているんです。随分と強行に迫ってくるので、つい先程のような対応をしてしまいました」
ヨランダさんが再び申し訳無さそうにしているので、改めて気にしていない旨を伝える。
それにしても妙な話だな。もともと支援をしていたというのであれば、何故その後を継ぐヨランダさんを支援しない?
先程ヨランダさんの料理を食べた限りでは、非常に腕がいいことは明白だ。この実力で成功できないというのであれば、ヨランダさんのお父さんはこれ以上の料理を作ることが出来たということか。
いや、そこまでの腕を持っているのであれば、地方から人が集まる場所であるアミルトでも、その噂は聞こえてくるはずだ。それが美味しい料理の情報であれば、シェリルさんの耳に入っていないという事があるのだろうか?
それに――。
「立ち退きということは、なにか返済が滞っているということですか」
「はい、私も知らなかったのですが、お父さんはお店の資金繰りに困り借金をしていたようです。でも、今すぐには難しいですが決して返せない金額ではないんです」
でも待ってくれない、か。返済計画を説明しても聞く耳を持ってくれさえないのは何故だ?
「そんなに急いで立ち退きをさせて、その後どうするつもりなんでしょうか?」
「詳しくは聞いていませんが、新たに宿を建てるようです」
「宿、ですか? あまり大きな建物が建てられるようには見えませんが」
改めてお店の中を見る。……ヨランダさんには悪いが、この大きさでは建て直したところで大した規模の宿になるようには到底思えない。
「父が亡くなる少し前くらいから、近所のお店は大きな商会に買われてしまったみたいです。ここの一角ではもう、うちが残っているだけです」
……これはちょっときな臭くなってきたな。その人は本当に支援者だったのか? もしかしたら、ヨランダさん達のお父さんが亡くなった事にも間接的に関わっている可能性もあるかも知れない。
「……わかりました。もしご迷惑でなければですが、僕も話し合いに同席させてもらっても良いでしょうか?」
「私としてはありがたいのですが、本当に良ろしいのでしょうか?」
「まあ、これも何かの縁ですから。僕も用事があってこの町に来てはいますが、一刻を争うようなものでもありませんから」
今回の調査は確かに大事な用事ではあるが、だからと言って余裕がまったくないというわけではない。多少寄り道をしたからといって、問題は無いだろう。
それに先程、食事の際にヨランダさんに聞いて驚いたのだが、実はヨランダさんが継ぐ事になったこのお店、名前を中り屋と言う。
驚くなかれ、僕が百年前に利用していたお店は、転移陣がなくなった後も時代の流れに負けて潰れること無く、下の世代に脈々と受け継がれていたのだ。
そういう事であれば、僕としても全力でサポートしたい。そしてアリスもその意見に賛成してくれるようで、ヨランダさんの話を聞く姿も真剣そのものだった。
ヨランダさんと話し終わり、ひとまず本来の目的である転移陣の調査に向かうことにした。とはいえ、支援者の男性が次にいつ訪れるかがわからない。
僕がいない間に実力行使されるようなことになると困るので。お店にはアリスに残ってもらい、調査には僕一人で向かうことにした。
幸いなことに、この店から転移陣までの距離は短い。アリスから連絡を貰えばすぐに戻ることが可能だろう。
――転移陣へと向かう道を歩きながら、改めて町の様子を確認する。やはり多くの建物がメンテナンスされておらず、どうしても寂れた印象を受けてしまう。
ただ、ヨランダさんから話を聞いたことで、少しだけ印象が変わった。実は昔はもっと活気がなかったのだと。




