ここは立ち退かないって言ってるでしょ!
特に苦労すること無く町に入ることが出来たので、到着前の予定通りに昼食の用意を行うことになった。
「とは言ったものの、どこで準備をしようか?」
「そうですね。贅沢は言いいませんが、せっかく町に着いたことですし、火を使える場所を借りられれば良いですね」
「まあ、その辺で調理してたら流石に目立ち過ぎちゃうからね」
普段の探索で使っている調理器具一式は持ってきてはいるが、町の外ならともかく町中でそれを行うのは少々抵抗がある。
となると、調理が可能な場所――どこか飲食店もしくは宿か。最悪どこかの民家にお願いして借りることになるか。でも、そういうことなら――。
「ちょっと、確認してみたい場所があるんだけどいいかな?」
「あ、はい。私は構いませんが、どこか心当たりがあるのですか?」
僕の提案が予想外だったのか、アリスは少しだけ戸惑いながら返事をする。
僕はこの町に関しては百年前の姿しか知らない。しかし、だからこそ確認したくなってしまった。
「昔、転移陣を利用する際に良く寄っていた店があったんだ。もちろん、もう存在していないと思うんだけど、もし建物が残っていたらそこを使えないかなって思ってね」
「それはいいですね。私もバーナード様の意見に賛成です」
「まあ、まずは見に行ってからだね」
「はい!」
アリスが物凄く前のめりに返事をする。何かしら彼女の琴線に触れる要素があったということなのだろうか?
町を歩きながら建物を見ても、多くの建物は崩れてしまっていたり、無理やり再利用している状態で有ることが見て取れる。
そして、暮らしている人々もどこか元気がないようにも見える。特に若者にその特徴が現れているかな。いや、落ち着きがあると言ったほうが正しいだろうか?
「元気のある若者たちは皆、アミルトに移住してしまっているのかもしれないね。都会に憧れる的な?」
「その可能性はありますね。そうなると、ここに残っているのはこの町に暮らす事にこだわりを持っているということでしょうか」
「それはちょっと嬉しいな」
他人事な言い方になってしまうが、行きつけだった店もそうやって受け継がれていればいいんだけどなあ。
「さて、もう少し歩けば見えてくるはずだよ」
「ちょっとドキドキしてきました」
アリスはそう言いながら、ついつい笑みがこぼれてしまっている。そのせいもあってか、僕達は随分と目立ってしまっているように思える。
時折すれ違う人達が、驚いた様子でこちらを見てくる。僕達が珍しいからなのか、それともアリスに驚いているのか? ……両方かな。
そうして少し歩いていると、すぐに目的の建物が見えてきた。
「お、もしかしてちゃんと残っているかな」
「あの右奥の建物がそうでしょうか?」
「うん、そうそう」
離れたところからパッと見たところ、周りの建物に比べても大きく劣化している所は見受けられない。ただ――。
「看板は出ていない、か」
建物自体は健在だが、肝心の看板が出ていない。つまり、昼時にもかかわらず、店が営業していないということである。
「ひとまず行ってみましょう」
「うん、そうだね」
アリスに促され建物に向かう。こういうのは実際に突撃するのが一番だ。
建物の前に立ち、上から下まで見る。扉はしっかり建て付けてあるように見える。
一旦アリスを見る。アリスもちょうどこちらを向いたようで、そのまま一つ頷く。それを受けて、扉に手を掛けて少し開ける。
「あの、すみませ――」
「ここは立ち退かないって言ってるでしょ! 帰って!」
「うわっ!? ビックリした」
緊張しながら中を覗き込むと、大きな怒鳴り声と共にフライパンが飛んできた。
間一髪、避けることが出来たが、そのせいでたまたま通りかかった人の足下に飛んでいってしまった。
「あ、あれ?」
フライパンから視線を戻すと、店の中には華麗な残心を残したまま目を丸くした女性がこちらを見ていた。
「――本当にすみませんでした!」
椅子に座る僕達の目の前で、一人の女性が見事な角度で頭を下げていた。女性の少し後ろでは、妹らしき女の子が真似て同じように頭を下げていて、ちょっとほっこりする。
なぜ、この二人が姉妹とわかったのかといえば、この眼の前にいる女性のことをお姉ちゃんと呼んでいたからだ。
「バーナード様だったから避けられましたが、一歩間違えば大怪我でしたよ」
「ほんっとうにすみません!」
未だに機嫌の直らないアリスに対して若干の怯えを見せつつも、言い訳すること無くただひたすらに謝り続けている。
あの時、すぐに勘違いに気がついたようで、謝罪を受けつつ建物の中に招き入れられた。その後、互いに名乗って以降、ずっとこんな状態だ。
僕的には大して気にしていないので、流石にそろそろ可愛そうになってきた。
「まあまあ、アリスも落ち着いて。えっと、ヨランダさん、で良かったですか」
「あ、はい!」
「謝っていただけたので、僕は気にしていませんから大丈夫ですよ。次からは相手をよく見て対応することをおすすめします。はい、これで終わり。アリスもいいね」
「はい、かしこまりました」
アリス的にはまだ言い足りないようにも見えるが、当事者である僕が気にしていない以上、終わりにすることは納得したようだ。
「それで、一体何があったんですか?」
「それは――いえ、他所様を巻き込むわけにはいきませんから」
「……お姉ちゃん」
一度、口を開き言いかけたが、ヨランダさんは首を横に振った。妹のイヴェットちゃんはそんなヨランダさんの様子を心配そうに見つめている。
……このまま見ないふりをするのは簡単だ。しかし、どうもこのまま放っておいて良いものとも思えない。
それに、僕の行きつけだった店の敷地内で起こっている事案だ。この姉妹の事はまったく知らないし、昔あった店との関係もわからない。でも――。
「ここで知り合ったのもなにかの縁ですよ。もしかしたら僕達が何か力になれることもあるかも知れませんし」
「お姉ちゃん、このお兄さん達は悪い人じゃないよ」
「イヴェット、そんなことはわかってる。だからこそ荒事に巻き込むわけにいかないでしょ」
ヨランダさんが妹の言葉に対して強めに答える。……なるほど、先程の立ち退きというキーワードといい、今の荒事発言。
「それなら尚更、僕達に話を聞かせて下さい。こう見えても一応、異界都市アミルトでは結構有名な探索者なんですよ」
「……あなた達が、探索者?」
「はい、意外に思うかも知れませんが」
そう言って、探索者証を取り出してちらりと見せる。すぐに仕舞ったので文字は読めていないと思うが、探索者証の存在を知っているかどうかもわからないので、これくらいで構わないだろう。
「それに、この店には少しだけ思い入れもありますから」
「思い入れ、ですか?」
「ええ、……中り屋って知っていますか? ものすごく昔にここにあった店なんですけど、僕のご先祖様がよく通っていたそうです」
もちろん嘘だ。店を訪れていたのは僕だし、よく通っていたというほどでもない。
でも、古くはなっているが、当時の面影を残す建物の外観を見て、僕の中に特別な思いが生まれたのは紛れもない事実だ。
もしも、この荒事とやらが横暴な暴力によるものなら大概のことなら片が付けられるし、金銭に関わるものであれば、それこそなんとでもなる。
「だから、出来ればお話だけでも聞かせてください」
「……ああ、お父さん」
ヨランダさんは僕の言葉を聞いて感極まってしまったのか、口を両手で抑えながら涙を流し始めた。それにつられたのか、イヴェットちゃんまで泣き出してしまった。




