百年前の景色に近いかな
シェリルさんにウォーレン殿下を紹介された翌日、僕はアミルト近郊の町に向かって馬を歩かせていた。
ウォーレン殿下からの、いや国王陛下からの依頼に関しては非公式の話だったので、馬車での移動は諦めて馬を自前で手配することになってしまった。二人共、申し訳なさそうにしていたが、これは仕方がないことだ。
目的は、都市間を繋ぐ転移陣の現況調査。自己修復出来る王都の転移陣はともかく、それ以外の転移陣は現時点でどうなっているのかは伝聞のみであり、実体はまったくわからない。
今後、都市間転移網を復旧させるためには、どれだけの作業が必要となるのか。それを見定めるためには、自分の目でしっかりと確認しておく必要がある。
春が訪れたことで、綺麗な花や草木が生き生きとしている。虫や動物も目覚めており、どこもかしこも生命にあふれている。そんな馬上から見える風景に、懐かしい気持ちを抱く。
「この辺りは百年前の景色に近いかな」
「昔はアミルトの辺りも、このような自然のあふれる景色だったんですね」
「そうだね」
アリスが僕の独り言を拾いながら、柔らかい視線を外の景色へと向ける。
アリスは今の発展したアミルトしか知らない。そのため、昔のことはなかなか想像しづらいようだが、今見えている景色は気に入ったようだ。
今、馬で移動しているのは僕とアリスだけだ。本当はシェリルさんも同行したかったらしいのだが、さすがにシェリルさんが一緒にいては規模も大きくなり目立つことこの上ないし、領主様が気軽に出かけて良いものでもない。間違いなく大事になることだろう。
アミルトから一番近い場所にある転移陣のある町。それが今日、僕達が向かう目的地だ。
転移陣が設置してある都合上、百年前は近隣に比べて物流基盤として栄えていた。しかし、今はその繁栄は見る影もないとのことだ。
実際に見てからじゃないと何とも言えないが、恐らくはそのまま復旧すれば終わりという訳にはいかないだろう。
既に物流の中心は、天獄塔の異界を有する大都市アミルトになって久しい。そのまま転移陣を復旧してしまった場合、今度はそこまでの移動手段が必要となってしまう。転移陣の警備なども考えれば、アミルトまで移転することになるのではないかと思われる。
セオドールが残した資料を見る限り、幸いなことに転移陣の中枢部分はそれほど大きくはない。僕のアイテムポーチで運ぶことは十分に可能だろう。
とはいっても、回収できる部分は回収して再利用をしたいので、複数回訪れることにはなりそうだが。
「バーナード様、一つお聞きしたいのですが宜しいでしょうか?」
「ん、構わないよ。どうしたの?」
アリスの声に振り向くと、何やら考え事をしていたようで難しい顔をしている。どうせ目的地に付くまでは暇なので、暇つぶしがてら分かる範囲で答えることにする。
「王都以外の転移陣は何故、自己修復の機能が付加されていなかったのでしょうか?」
「ああ、それならいつでも破壊できるようにするためだよ。地方で反乱が起きたらすぐに王都まで来られてしまうと困るからね」
全ての転移陣は王都と繋がっている。逆に言ってしまえば、王都としか繋がっていない。つまり都市間を移動するためには必ず王都を経由することになるということだ。
地方で反乱が起きてしまった際に、即座に転移陣を破壊できるようにしてあるという訳だ。そしてもう一つの理由も要因としては大きい。
「自己修復なんてしなくても、錬金術師がメンテナンスすれば良いからね。自己修復の付加は結構大変だし」
僕は大量に素材を集める事が出来たし、自慢ではないが錬金術の腕も良い。自分が使うものには調子にのって色々と自己修復を付加した。
しかし、自己修復を実現するためには貴重な素材を集めなければならないし、錬成難易度も高い。
一般的には相応な理由が無ければ、苦労に見合わないので自己修復は付加しない。
「まあ、移動中にでも簡単に説明するよ」
「はい、かしこまりました」
アリスが嬉しそうに返事をする。こうやってアミルトの外を二人で移動するのは初めてなので、朝からずっと機嫌がいい。
異界では様々な環境を探索することもあり錯覚してしまうが、これまで森の異界に行った以外はずっとアミルトの中で暮らしていたのだ。
今日のような変化を喜んでもらえたのなら幸いだ。塔の上にある研究室へたどり着くまでは、今の生活が続くのだから。
そう思いながら、モノクル越しに見える地図を確認する。
「このペースなら転移陣があった町には、昼前までには着くかな」
「それでは昼食は町に着いてからということになりますね」
「そうだね。美味しい店があればいいけどなあ」
せっかくアミルト以外の町に出てきたのだ、何かしら美味しい物でも探したい。転移陣を使う際に何度も訪れた飲食店はどうなっているだろうか?
「シェリルさんのお話では、あまり期待しないほうがいいようです」
「あー、そうなんだ。残念だけど仕方がない。それじゃあ、お昼はアリスにお願いするよ」
「はい、かしこまりました。こういう事もあるかと思って、今朝、市場で新鮮な食材をいくつか買っておきました。下ごしらえがまだですので、到着次第場所を探しますね」
アリスは既に情報収集済みだったようだ。転移陣に思いを馳せていた僕とは違うな。
しばらく移動したところで、目的の町が見えてきた。場所的には僕の記憶とも大きく違いはない。大きく異なっているのは、町の建物などの状態だろう。
遠目に見ても、崩れた建物がいくつか見受けられる。転移陣が使えなくなったことで、この町の経済が大きな打撃を受けたことはシェリルさんから聞いていた。……簡単には想像していたが、ここまでの状態とは思っていなかった。
「人は住んでいるんですよね?」
「少なくともシェリルさんからはそう聞いているよ。あの人がこういうところで嘘を付くとも思えないから、間違いなく住んではいるんだと思う。とりあえず向かってみればわかるよ」
「そうですね」
聞いている限りでは、町の人口は全盛期と比べると十分の一になっているらしい。それから考えれば、およそ九割の建物がまったくメンテナンスされていなくても、別段おかしくはない。
町にたどり着くと、入口には二人の男性が両脇に立っていた。町の状態とは異なり、しっかりとした武装をしている。シェリルさんから事前に聞いていた、アミルトから派遣されている兵だろう。
「こんにちは、町に入りたいのですが」
「何か身分を証明するものは持っているか? こんなところに旅人が来るなんて珍しいな」
「あ、はい。アミルトで探索者をしています。はい、探索者証です」
アイテムポーチから取り出した探索証を、目の前の男性に提示する。アリスも僕に続いて探索者証を提示した。
「ん、入っていいぞ」
自分から言い出した割には、特に詳しく見ることもなく許可が出た。これでいいのだろうか?
「どうした?」
「あ、いえ、なんでもないです」
「……ああ、そういうことか。形式上、身分の確認はしているが、ここではこんなもんだ。心配ない、これは上からの指示だ」
別にこの男性たちがサボっているというわけでは無いらしい。少し会話を交わしたが、実に真面目な気のいい者たちだった。
アミルト周辺の治安は非常に良く、盗賊のたぐいもアミルト侯爵の指示で積極的に潰されているらしい。
この町の経済規模も小さいので、ここで何かしらの犯罪行為をするくらいなら、アミルトで小さい犯罪をしたほうが実入りが良いだろうとのことだった。アミルトすごいな。
それならば、なぜこうやって町の入口に立っているのかといえば、あくまでも魔物の襲撃を警戒しているということだった。
簡単に入れたのも納得である。




