……ほらね。
「ちょっと待ってね。通信は繋ぎっぱなしで良いかしら?」
「それで良いですよ」
「オッケー」
そう言ってから通信機の向こう側で、何かを準備している音が聞こえる。まだ使い慣れていないので決して手際が良いわけではないようだが、聞こえてくる音や独り言を聞いている限りでは、特に問題は無いようだ。
「――これで良しっと、それじゃあ今から開くから。急いでね」
「こっちには不審者は居ないから、そんなに心配しないでもいいですよ」
「あはは、私も分かってはいるのよ。でも何だか慣れなくって」
通信機越しなので向こうの様子はまったく見えないのだが、恥ずかしがっている様子が手に取るように伝わってくる。
「シェリルさんって、結構面白いところありますよね」
「そ、それは良いから。それじゃあ、今度こそ開くわよ」
「了解デス」
目の前に居ないから魔術が飛んでくる心配は無いので、こういう機会は十分に利用させてもら――っと、来たか。
今は外から見えないようにカーテンで遮っているので、部屋の中は少し薄暗い。その部屋の片隅の床に描かれている魔法陣が薄っすらと光を放ち始める。
そして、その光は少しずつ強くなっていき、ついには魔法陣の上に浮かび上がった。……無事空間が開いたようだ。
モノクル越しに見える数値を見ても、その空間は非常に安定している。
「バーナード君?」
「ああ、すみません。今入ります」
シェリルさんの声が、通信機越しに聞こえてきた。待ちきれなかったようだ。
あまり待たせても悪いので、慌てて観察を止めて空間へと足を踏み入れる。すると歪むように視界が切り替わる。
そして次の瞬間に目に入ったのは、見慣れた自室の壁ではなく、質素な中にも品が感じられる抑えめに装飾された壁だった。
「――いらっしゃい。バーナード君」
「お邪魔します。シェリルさん」
呼ばれた声に振り返ると、そこにはシェリルさんの姿があった。……んー、ちょっとだけ設置角度がずれてしまっていたようだ。
「どうかしたの?」
「あ、いえ。ちょっと設置角度を間違えてたみたいですね。本当はシェリルさんが目の前に見えるように、向きを合わせたはずだったんですけど」
「ああ、そのことならバーナードくんが間違えたわけじゃないわ。私がずらしたのよ」
シェリルさん曰く、万が一不審者を呼び込んでしまった時に、一手打てる余裕ができるからなのだそうな。確かにシェリルさんの立場ならそっちのほうがいいだろう。
「まあ、即座に送還出来ますしね」
「そうね。それにしてもこれは便利よね」
シェリルさんが、そう言いながら魔法陣を見る。既に空間が閉じた後なので、光を失った魔法陣だけが残っている。
この魔法陣を内包した仕組み、これはもちろん近代魔道具である。通常のポータルや転送陣とは異なり、使用者が人を招待・送還するためだけに使用される。
使用者が空間を開いた時以外は使用できないため、外部の人間が勝手に入ってくることはないという利点がある。
それほど長い距離は移動できないが、僕の家からシェリルさんの屋敷くらいの距離であれば、まったく問題はない。
最近はお互いに多忙になってきてしまったため、時間を有効に活用できるように、通信機と共にこの魔道具もプレゼントしておいたのだ。
「有効活用できているようで何よりですよ」
「そうね、通信機も助かっているわ」
シェリルさんが満足そうに微笑みながらこちらを見ている。ん、そういえばここにはシェリルさん一人しか居ないようだ。まだ来ていないのだろうか? それとも既にどこかで待っている?
「それで、僕に会ってもらいたい人って誰なんですか?」
「それは会ってからのお楽しみってことで」
「……嫌な予感しかしないんですけど」
「あら、心外ね」
そう言いながらも、いたずらっぽく笑みを浮かべている。
まあ、どちらにせよシェリルさんが会わせたいというくらいだ、元から断るという選択肢も無い。
シェリルさんの後を歩き部屋を出る。魔道具が設置してある部屋は、安全性を考えて屋敷の地下に設置してあるので、いつものように密談用の応接室に移動するのだろう。
移動の途中で廊下に待機していた執事にシェリルさんが指示を出す。すると執事は恭しく頭を下げて僕達を見送った。
飲み物を入れ直すという表現をしていたので、先方は既に到着して待っているということなのだろう。
部屋の前に着くと、シェリルさんが一つ大きく呼吸をしてから扉をノックをする。
「殿下、連れて参りました」
「ありがとう、中に入ってくれ」
……ほらね。
やっぱり僕の予想から大きくは離れていなかったよ。以前のように国王陛下では無かったが、王族であることには変わりない。
扉を開き、シェリルさんが応接室に入る。その後に続いて入ると、ソファーには一人の若者が腰掛けており、その後ろには壮年の男性が控えていた。
……この二人は見覚えがある。
「以前、一度だけこの屋敷で見かけたな」
「覚えていただき光栄です。バーナードと申します」
「ああ、知っている。随分と尽力してもらっていると陛下やアミルト候から聞いている」
第二王子、ウォーレン殿下。そしてその護衛の魔術師――そういえば名前を知らないな。特に名乗ってくれるようなことは無いようだ。居ないものとして扱えということか。
「バーナード君、ウォーレン第二王子殿下は、国王陛下と同じく近代錬金術の復活に日々尽力いただいているのよ」
「私が出来ることなど知れているよ。アミルト候に頼ってしまってばかりだ」
そう言って、ウォーレン殿下は苦笑いを浮かべる。それなりに気安い関係ではあるということなのだろうか?
ウォーレン殿下に促され、シェリルさんと横並びに対面のソファーに腰掛ける。それに合わせるように、シェリルさんの執事がカートを押して部屋に入ってきた。
ウォーレン殿下の前にあるティーカップを新しいものに交換し、僕とシェリルさんの前にも配置する。慣れた手つきでティーポットから注ぐと一礼して後ろに下がった。
ウォーレン殿下は左手でカップを持ち口に運ぶ。そして一口含んでからカップを置き、改めて僕を見る。
「今回、非公式にこの場を設けてもらったのは、もちろん理由あってのことだ。かねてよりアミルト候と進めていた計画に関して、陛下より正式に許しが出た」
「計画、ですか?」
「バーナード君にも以前から意見をもらっていた話よ」
僕の発した疑問に、シェリルさんが遠回しに答える。……ちょっと、そういった案件が多すぎて心当たりが絞りきれない。
その様子を見て、ウォーレン殿下が小さく笑う。シェリルさんらしい説明ではあるので、ウォーレン殿下も困ったことが何度もあるのかも知れない。
そして、一旦シェリルさんに向けていた視線を、改めて僕に向ける。
「都市間を繋いでいた転移網の復旧。そう言えばわかってもらえるかな?」
――都市間転移網、百年前の世界では多くの都市が転移陣で繋がっていた。その用途は物流はもちろん、人の移動にも広く利用されていた。
錬金狩りが行われ、転移陣をメンテナンスできるものがいなくなってしまったことで、ほとんどの転移陣は可動できなくなっている。
僕の記憶が正しければ、現存しているのは自己修復機能を持つ王都の転移陣のみだろう。事実上、その流通網は休眠状態となったというわけだ。
他の転移陣がどのような状態になっているのかは、現時点で確認もできていない。
その重要なインフラを復旧させる計画は、確かに以前から多く議論を行っていた。
しかし、ついにその段階まで来たということか。




