季節の移り変わり
錬金都市アミルト、その一角にある近代錬金術師を養成する為の学園。
広い敷地の内では暖かい日差しに揺れる白い花が、季節の移り変わりを実感させる後押しをしてくれる。
そんな心地よい敷地内でひときわ目立つ建物の中では、多くの若者が新たな時代を担うための技術を学んでいる。
この学園で近代錬金術の基盤を修めた者は、国家錬金術師として認められ王国にとって特別な存在として位置づけられる。そういった事情があるため学園の生徒達は皆、例外なく高い学習意欲を持っている。
普段から、講義中によそ事をしているような者はいないのだが、今日はいつもよりも生徒たちの視線が強く感じる。
「――ということを忘れずに、しっかりと心に刻んでおいてほしいと思います」
静かな講義室に僕の声が響く、話を聞く生徒たち全員が神妙そうな顔で聞いてくれている。
今回の講義は、これから近代錬金術という知識と技術を以て、生きていく若者たちへの心構えを伝えるものだ。
これまでも、機会があれば講義に混ぜて伝えてはいたが、改めて行うことにした。
僕達、百年前を生きた錬金術師達が育んだ近代錬金術は、一度時代から姿を消した。遡れば、原因はいくらでも見つけられるだろう。しかし、どれが決定打だったかと言われると、やはり研究に傾倒してしまっていたことだろう。
近代錬金術を研究することで、市井の人々達の生活は劇的に改善された。しかし、多くの錬金術師たちにとって、それはあくまでもオマケでしか無かった。
錬金術師は僕を含め、あまりにも個だった。
だから、セオドールのような悲劇が生まれ、錬金狩りなどというものが起きてしまった。僕はそう思っている。
これからの時代を担う錬金術師たちに、僕達と同じ轍を踏ませないためにも、国家錬金術師という枠組み、そして今回の講義のような啓蒙は続けていかないといけないだろう。
そして今回、こういう時間を確保した理由はもう一つある。
「来週行われる認定試験、これに合格した者は晴れて国家錬金術師として認定されます。この中で何名の合格者が出るかはわかりませんが、気負うこと無く挑んでもらえればと思います」
学園設立後、初めての国家錬金術師認定試験が行われる。
今、僕が言ったように、認定試験に合格すれば国家錬金術師となる。
認定試験では、技術や知識はもちろんのこと、道徳的な資質も重要な要素となる。これは、過去に起きた錬金狩りを思えば、当然の帰結と言えるだろう。果たしてこの中の何人が、認定試験を合格することが出来るだろうか。
生徒たち、それぞれの得意とする分野が重点的に伸びるように、講師たちは試行錯誤していた。それを上手く発揮できればいいのだが。
片手、多くても両手で足りる程度しか合格は難しいかもしれない。しかし、認定試験の機会は一度きりではない。決して焦らずに、しっかりと技術や知識を身につければきっと乗り越えられることだろう。
講義が終わり、講義室を後にする。
この後は特に予定もないので、家に帰ってのんびりとするつもりだ。そのまま研究室にこもっても良いのだが、つい先ほど研究のみに傾倒するなと講義をした手前、自粛をしようと思い至った。
まあ、こういった時間も、長期的な視点で見れば研究に役立つことが多い。無駄にはならないだろう。
帰り道で数回、生徒に呼び止められ質問を受けて時間を取られたが、なかなか面白い視点だった。家に帰ったらさっそく色々と試してみ――るようなことはしない。ダメだぞ、バーナード。
玄関の扉を開けて中に入ると、家には誰も居なかった。アリスはちょうど夕食の買い物に出かけているようだった。
仕方がないので、自分でハーブティーを入れてからリビングへと向かう。誰も居ないリビングでソファーに座り、ティーカップを傾けて一口含む。
「あー、美味しい」
自画自賛ではないが、今日は割と上手く入れられたのではないかと思う。普段はアリスが入れるため、なかなか練習する機会もないので、ただの偶然だったりするが。
――一息ついたところで、通信機の呼び出し音がなった。誰か僕の行動を監視していたりしないだろうか。
まあ、そんな冗談はさておき、モノクルを操作して通信を繋ぐ。通信の相手は――シェリルさんだった。
「もしもし、バーナード君? 今、時間大丈夫かしら?」
「あ、はい。大丈夫ですよ。急にどうしたんですか?」
通信機を介して耳に届く声からは、それほど焦った様子は感じられないが、さて。
「今日か明日のどこかで、こっちに来てもらえないかしら。会ってもらいたい人がいるのよ」
「また、急ですね」
そう言ってはみたものの、普段から割と突発的に話題が降ってくるので、最近ではあまり気にしなくなってはきている。
「でも、直接会わなくても要件ならこの通信で伝えてもらっても、僕的には構いませんよ?」
「もし誰かに聞き耳を立てられると困っちゃうから、ちょっとこの会話では伝えづらいかな」
この通信は経路上、しっかりと暗号化されているので、基本的にはどこかに漏れてしまう可能性はほとんどない。
しかし、それを踏まえても声に出しづらい。ということはつまり、普通の相手ではないということになる。……まさか、久しぶりの国王陛下降臨じゃないだろうな。
何にせよ、多かれ少なかれ面倒ごとであるのは間違いないが、わざわざ連絡してくれたのだ、断るという選択肢は浮かばなかった。
「わかりました。それじゃあ――」
今日はゆっくりすると決めてしまったので、シェリルさんには悪いが、面会は翌日にまわして約束を行わせてもらった。
「急にすまないわね」
「いえ、構いませんよ」
「それにしても、この通信機は便利ね。魔術師以外の者とも、こうやって気軽に連絡できるのは非常に有用だわ」
通信機越しではあるが、シェリルさんが感心する様子が伝わってくる。
「もっと量産できればいいんですけどね」
「まあ、そこは今後に期待しているわ」
シェリルさんが使っている通信機は、もちろん僕がプレゼントしたものだ。最近ようやく素材を揃えることが出来たので、いくつか作成した物の一つである。
まだ、大量に量産するほど素材を供給できないので、一般への普及はもっと先になるだろう。
通信が終わり、一度立ち上がって大きく背伸びをする。
「バーナード様、すみません遅くなりました」
「ん、アリス、帰ってたんだ。おかえり」
声に振り返ると、アリスの姿があった。荷物を持っているところを見ると、ちょうど買い物から帰ってきたところらしい。
リビング前を通る際に、中から僕の声がしたので通信が終わるまで待ってくれていたようだ。
「荷物持とうか?」
「いえ、大丈夫です。バーナード様は座っていらして下さい」
即答だった。
「あ、そうそう。シェリルさんから連絡があったよ。明日、ちょっとシェリルさんのところに行ってくる」
「私もご一緒したほうが宜しいでしょうか?」
「いや、誰かと会うことになるみたいだから、僕一人で行くよ」
「かしこまりました」
多忙なシェリルさんではあるが、割とちょくちょく家に押しかけてくるので、アリス的にもそれほど寂しさは感じないようだ。
翌日、シェリルさんから指定された時間に合わせて、出かける準備を行う。準備とは言っても特別な準備は必要ないので、それほど時間も掛からないのでのんびりしたものだ。
準備が終わり、研究室で少し待っていると通信機の呼び出し音がなる。シェリルさんだ。
「もしもし、バーナード君? そっちの準備はいいかしら」
「はい、こちらは準備万端ですよ」




