無理にでも起きるべきだった
アリスが普段見せないような表情を見せた、そのことに驚きつつ言葉の真意を考える。
「ど、どうしたの、急に。大丈夫だよ、そんなに心配しなくても――」
「私は! ……私は、バーナード様に何かあった時を考えると、怖いんです」
大丈夫だよ。致命的な無茶をするつもりは無いから。そう言いたかったのだが、アリスはその言葉を最後までは言わせてはくれなかった。
次第にアリスは声のトーンが下がる。それはひどく弱々しい言葉にも係わらず、なぜか今の僕の耳には強烈に残る。
僕としては、若い頃に繰り返した無茶に比べれば、今は引き際も心得ているし危険回避のノウハウも積み重ねてきたのだ。確かに危険はあるがそれほど無茶なことはしていないつもりだ。
……しかし、アリスから見た場合は、いや僕以外の人から見た場合、随分と際どいラインを歩いているように見えてしまうのかも知れない。
特に今回は、実際に僕達は白虎と相対した。アリスからすれば、大人しかった玄武はともかく、荒れ狂っていた青龍に続き、凶暴な白虎から受けるプレッシャーというものは、それこそ次元の違う領域だった事だろう。
そんな魔物相手に、一人で挑もうとしていたなどと言えば、どれだけの心配を掛けてしまうのか。
これまでは、アリスを含めてパーティメンバー全員を四神と戦わせるつもりは無かった。もともと賢者の石を錬成するための素材採取は、僕とアリス達ホムンクルスが目的としているものであって、ジーク達には何ら関係はない。
そしてアリスも生まれた頃に比べて格段に強くはなったが、四神相手に戦えるのか確信が持てなかった。
だから基本的には僕一人で戦えば済むと思っていた。僕だけであれば、何かあってもなんとでも逃げようはあるからだ。
しかし、アリスはそうは受け取らなかった。
確かに僕自身、様々な要素で力を得た。しかし四神との戦いでは油断できない。一つ大きなミスをしてしまえば、立て直しのきかない程の被害を被ってしまうこともありえるからだ。
アリスが心配したのはそこだろう。既に、僕を見つめるその目からは涙が流れ落ちている。
……これは、僕の負けかな。
「私は、バーナード様の隣に立ちたい。立って、バーナード様を支えたいです」
「……アリス、ごめん。余計な心配かけちゃったね。わかったよ、これからは一緒に来て欲しい」
「はい、……かしこまりました」
今日の戦いを通じて確信できた。アリスなら四神との戦いに際して、活躍を十分に期待できるだろう。足手まといになるようなことは決してない。
僕の言葉を聞き、アリスの表情に小さな喜びが混ざる。小さな波紋のようなそれは、次第に大きくなっていき、再びアリスの涙という形で表された。
結果的にやはり泣いてしまうのだなと、ついつい苦笑いをしてしまうが、そんな僕の様子には気がついていないようだ。
アリスに掛ける負担が、また増えてしまうことになるが、当の本人は嬉しそうにしている。
……まあ、今はこれで良いのだろう。
翌日、目が覚めた時には既に太陽は高く上がっていた。やはりマリナさんが言っていたように、昼前までしっかりと寝てしまったというわけだ。
先を見通していたマリナさんには感謝しないといけないな。
「早く用意しないと、また皆を待たせちゃいそうだね」
「朝食は用意してありますので、このままお召し上がり下さい」
「ありがとう」
昼前まで寝ていた僕とは違い、アリスはいつもと変わらず朝から起きて、溜まっていた家事を行っていたらしい。
こんな日くらいは家事はお休みすれば良いと思うのだが、本人曰く家事をしないほうが疲れてしまうというのだから、好きなようにやらせてあげようと思う。
準備を終え、足早に天獄塔へと向かう。
皆との待ち合わせ場所に着いた頃には、予定していた時間ギリギリになってしまっていた。……今日はどこにも寄り道はしていなかったのだが。
当然、皆は既に集まっており、危うく遅刻常習犯としての実績を積み上げてしまうところだった。
話題を僕から逸らすために、家で食事をしている際に感じたマリナさんの先見性の話をして、軽く皆の同意を得つつ笑い話に持っていこうと思い立つ。しかし、ここで衝撃の事実が判明する事となった。
よくよく皆の話を聞いてみると、昼前まで寝ていたのは僕だけだったらしい。……何ということだ。
マリナさんは幼い頃から教会の中で暮らしている都合上、すでに生活習慣となっている事もあり、朝には自然と目が覚めたらしい。いつものように朝の礼拝や、奉仕活動に勤しんだとのことだった。
ジークとエリーシャも朝っぱらからこだまする、子供達の声に叩き起こされたらしい。次々と布団にダイブしてくる子供達の連携には、目を見張る物があったと嬉しそうに語るさまを見ていると、本当の父親のようだ。
「まあ、バーナードだしな」
「特に驚くような話でもないわね」
「よく休めたようで何よりよ」
遅くまで目が覚めなかった事自体は別に悪いことでも何でも無いので、当初の予定通り笑い話にはなったわけだが、なぜか皆の何気ないフォローや視線がとても痛く感じる。
……もしかして僕ってダメな大人なのかもしれない。
「今日は無理にでも起きるべきだった」
「バーナード様、もしよろしければ次の機会は私がお声がけいたしましょうか?」
敗北感に包まれてつぶやいた言葉に、アリスが嬉しそうに反応をする。まあ、結果的に起きられさえすれば、今日のような敗北感を味わうことはなくなる。
「子供達に起こされた俺が言うことじゃねえが、そこは自分で起き――いや、なんでもありやがりません」
しかし、即座に挟まれたジークの言葉にはっとなる。アリスがすかさず視線で制したが、確かにジークが言うことには一理ある。
やはりここは自分の力でなんとかするべきだろう。
「……いっその事、目覚まし用の魔道具を造ってみるかな」
時間に追われるような生活をしてこなかった事もあり、これまで目覚ましの力に頼るようなことは無かった。しかし、今はそうではない。
この異界都市で探索者として暮らしていく以上、時間というものは正しく守るべきだ。
基本的に休眠日以外は寝ないので、目覚ましの必要なタイミングというのは少ないとは思うが、対策はしておいて損はない。
そういえば昔、セオドールが良い目覚まし用魔道具のアイディアがあると、嬉しそうに話していたことがあったな。
確か指定した時間を基準に、睡眠の周期に合わせて目覚めやすいタイミングに起してくれるというものだったはずだ。
当時は、睡眠周期を正しく計測することが難しかった事もあり、結局目覚まし用魔道具実現はしなかったのだが、今はセントラルがある。
いっその事、セントラルに起してもらえばって、あれ? アリスに起してもらうのとあまり変わらない気がする。
それは何だか負けた気がするので、やはり専用の近代魔道具を造ることにしよう。これならば――。
「また何か企んでるわね」
「わかりやすいと言うかなんというか」
「まあ、バーナードらしいぜ」
「バーナード様……」
皆の言葉に現実に引き戻される。今、視線を合わせてはいけない。
「――さて、と。そろそろ探索者証の更新手続きと、素材の精算をしないといけないね。ほらさっさと行こうか」
「あ、はい。かしこまりました」
「ごまかしたな」
「ごまかしたわね」
「わかりやすいわね」
もちろん、ごまかされてはくれないらしい。
……いっその事、発想を転換して皆が朝起きれないように、睡眠が深くなる魔道具を仕込んでしまうのもありかもしれない。




