何だかお父さんみたい
辺り一面を暗い荒野に囲まれた中、僕たちの焚き火だけがゆらゆらと明るく浮かび上がっている。
アリスの戦線復帰から程なくして、僕たちは再び第三十五層の探索を始めることとなった。とはいっても現時点で既に数日の時間が経っているのだが。
アイテムポーチから魔道具を一つ取り出して起動すると、暗がりに第三十五層の地形情報が浮かび上がる。前回の探索から日が空いてしまったおかげで、既に取りこぼしているような情報はないと思えるレベルで整っていた。
「このペースなら、運さえ良ければ明日にはガーディアンの領域にたどり着けるかも知れないね」
「そうね、この地図を見る限りでは、ここが一番怪しいし」
僕の言葉に頷きながら、マリナさんが地図の一点を指さした。これまでの経験上、必ず当たるというわけではないが、この第三十五層のような単純な地形の場合は恐らく間違えてはいないだろう。
まあ、前回の探索ではしっかりと罠に嵌っているので、単純と言ってしまうのは若干抵抗があるが、今回は十分に対策を講じてきたので構わないだろう。
ああ、対策といえば――。
「アリス、身体の調子はどうかな?」
「はい、特に異常は見当たりません。むしろ調子が良いくらいです」
「まったく、バナード君は心配しすぎよ。何だかお父さんみたい」
「はは、つい気になっちゃってね」
「まあ仕方がないか。あの時は本当にビックリしたし」
食事の用意をしているアリスに確認をすると、屈託のない笑顔が返ってきた。マリナさんの鋭い指摘に対しては曖昧に笑ってごまかしておこう。
何度もアリスの体調を確認しているのにはいくつか理由がある。その中でも一番大きな理由は、単純にアリスを心配してのことだ。そしてもう一つ大きな理由、それは今回は前回の対策として、アリスに魔核汚染防止の魔道具を身に着けてもらっているからだ。
視線を少し上に移すと、アリスが身につけているリボンが目に入る。普段身につけているものよりも一回りほど大きなそれは、いつもと少しだけ違う印象を与える。
実はこの可愛らしいリボン。アリスがもともと持っていたものではない。
――あれはアリスが回復した翌日の事だ。
「ど、どうして教えてくれなかったんだよ!」
仕事を終えて帰ってきたファエルが、アリスの身に起きてしまった事件を耳にして声を荒げた。
仕事が佳境に入っていた為、ファエルは現場に詰めていたのだ。僕はファエルの仕事の邪魔になってはいけないと思い、あえてファエルには伝えていなかった。
余計な心配を掛けないようにとの配慮だったのだが、ファエルとしては蚊帳の外に置かれたことがショックだったようだ。
「ファエル、ごめんね。除け者にするつもりは無かったんだけど、ちょっと配慮が足りなかったみたいだ」
「ま、まあアニキもあたいの事考えてくれてるってのはわかってるんだ。ちょっとだけ寂しかったのと、家族の一大事に役に立てなかった自分に怒ってるだけだからさ」
すぐに謝られると思っていなかったのか、ファエルは不意を打たれたようにつぶやいた。そうやって少し話していると、若干機嫌は良くなっていく。
「次の探索までには対策しておかないと。今のまま無策で探索しても、同じように帰ってくることになってしまうからね。どうせならアリスに似合うようなアクセサリを用意しておきたいな」
「ん、アクセサリ?」
「ファエル、何か気になった?」
アクセサリという単語に何か引っかかったようだが、念の為にファエルの反応を待っても急に返答出来る物ではなようだ。
とはいえ、考える時間は無いわけではないので、しばらく様子を見守ることにする。
――すると突然、ファエルが意を決したように立ち上がった。
「ど、どうしたの? 急に立ち上がって」
「ちょっと待っててくれ!」
そう言うなり、ファエルが部屋を飛び出した。足音を聞く限りでは自室へ向かったように思える。いったいどうしたのだろうか?
少し待っていると、いくつかの可愛らしい小物を手にしたファエルが戻ってきた。
「似合いそうなのがあった!」
「……えっと、誰に? アリス?」
「勿論!」
僕の動揺をよそに、テーブルの上に手際よく小物を並べながら、一つ一つの特徴やおすすめポイントを説明していく。……やけに詳しいなあ。
ひとしきり説明が終わった時には、ファエルの表情には達成感のようなものが見て取れた。
「う、うんありがとう。でもこんなにいっぱいどうしたの?」
「え!?」
いや、そんなに驚かなくても良いんじゃないかなと思わなくもないが、ファエルの動きは止まってしまう。
「どうしたの?」
「い、いや、これはこの間、仕事が終わった時に客からもらったんだよ」
うん、モノクル越しにはしっかりと《嘘》って出ている。まあ、多分表示上に出て無くても非常にわかりやすいと思う。結構高そうなアクセサリもあるし、仕事したくらいでプレゼントされる物にはまったく見えない。
――これは多分だが、眼の前の一式全てファエルの所有物なのだろう。
前々から、自室に籠もった時のファエルに部屋の外から声を掛けると、非常に挙動不審な行動を起こす事が度々あった。そう、何かをひた隠しにするように。……多分自室限定でいつもとは違う自分を楽しんでいるのだろうか。ちょっと意外だが、中々可愛らしいところがあるものだ。
あまり深く追求するのはなんだか悪いので、ファエルの好意は大人しく受け取っておくことにしようと思う。
閑話休題、そんな訳でファエルが持ってきた小物群から、少し大きめのリボンをいただいて、それをベースにいつくかの機能を付与したという訳だ。
魔核が汚染されることを防ぐのは難しいが、やってやれないことはない。一番単純な対策としては魔核に毒素を含む魔力が吸収されなければいい。
今の所、想定通りの効果を発揮してくれているので、この探索中であれば恐らく問題が起きることはないだろう。
食事の用意が終わり、皆で食べ始めるとジークがいの一番に口に頬張る。思いの外、料理が熱かったのかはふはふしながらも堪能している。
「かぁー、やっぱアリスさんの作る料理が一番美味えぜ!」
「んー、やっぱり料理の腕で敵う気が全くしないわね」
ジークが飲み込むなり、感嘆の声を上げる。それを受けてエリーシャももぐもぐしながら、一定の同意を見せた。ただ、この感想には若干の危険を感じてしまうのは、僕の気のせいだろうか?
いや、多分ここで回答を間違えると危険だ。現時点でエリーシャが纏っている空気はやけに重く見える。
「え、エリーシャ、料理は技術だけが全てではないよ。食べてくれる人の事を思って作ればそれが一番だよ」
「もちろんわかってるわ、でもそれほど伝わっていないみたい」
「そんなこと無いわ。前に食べさせてもらったエルフの里の料理もとても美味しかったしね」
「ありがとうマリナ」
エリーシャが纏う空気が若干和らいだような気がする。僕とマリナさんの回答は及第点だったようだ。それに続き、アリスもしっかりとフォローしていたので、問題は無いだろう。
……自らが置かれた状況をようやく把握し、固まるように動かなくなったジークを除いて。
先程までの元気が嘘のように大人しくなり、不思議なことに温度調節のある装備にもかかわらず、額から流れる汗が止まらないようだ。
そんなジークへ満面の笑顔を向け、遂にエリーシャが仕留めに掛かる。
「それで、ジーク? どの料理が一番美味しかったんだっけ?」
次は言葉を間違えないようしてくれ。まあ、何かあっても骨くらいは拾ってやるから、そこは安心して良い。




