想定外の可能性
いまいち状況がつかめていないブリジットの手を引いて、アリスの待つ部屋の中へと戻る。アリスも同じように驚いていたが、そこは気にしない事にする。
「ど、どうしたの、お兄ちゃん?」
「とりあえずそこに座って」
「う、うん」
椅子に座るよう促すと、ブリジットは若干戸惑いながらも座ってくれた。
改めて、ブリジットを見る。
この小柄な女の子に想定外の可能性を感じた。もしかしたら現状を打破することが出来るのではないか、と。それは先程、ブリジットが言った言葉に他ならない。
――部屋からものすごく美味しそうな匂いがした。
確かにブリジットはそう言った。少なくとも僕の嗅覚では美味しそうな匂いなどは一切感じていない。亜神として強化された嗅覚でもだ。当然だろう。僕とアリスは食事などしてはいないのだから。
「簡単に説明するよ。さっきの――」
ブリジットがいつもと異なる匂いを感じたとすればそれはただひとつ、魔核透析の試運転時に魔道具から漏れた物ではないだろうか?
僕はブリジットには毒に対する耐性があるのだと思っていた。恐らくそれに間違いは無いだろう。しかし、実際にはそれだけでは無かったとしたら?
露店営業時にブリジット目当ての探索者達から貰って食べていた毒物。ブリジットは美味しそうに食べていたが、実際にその食べ物は本当に美味しい物なのかはブリジット以外には誰にも分からない。頑張れば調べられない事もないが、調べたところで誰も得する者はいないので、調べる気も起きなかった。
もしもブリジットが、毒物を栄養の一部として吸収していたとしたら? それを美味として感じていたとしたら?
この仮説が正しければ、ブリジットの協力を得ることで、ピュア・ホワイトドラゴンの腎臓を使わずに、アリスの魔核透析を行うことが出来るかもしれない。
ひと通りの説明を終えると、アリスは納得がいったようで、期待の眼差しをブリジットへと向けていた。
現時点でピュア・ホワイトドラゴンの情報は一切入ってきていない。もし手に入ったとしても、相当な期間がかかってしまうことは想像に難くない。
しかし、ブリジットの存在が一気に解決してしまう可能性が出てきたのだ。期待が大きくなってしまうのは仕方がないだろう。アリスとしても一日でも早い復帰を切望しているのだから。
「細かい内容は追々教えるから、ひとまずブリジットには簡単な試験を幾つか協力して欲しい」
「よくわからないけど、アリスちゃんが元気になるなら手伝う!」
若干返事に気になる単語が混ざっていたが、ブリジットの気持ちは伝わった。今は細かい事を気にしたら負けだろう。
「それじゃあ、一気に進めてしまおう!」
「おー!」
魔核透析用魔道具の改造と並行して、ブリジットには毒耐性と毒吸収に関して幾つかの試験を協力してもらった。
その結果分かったことは、やはり僕の予想した通り、ブリジットは毒物を美味しく吸収することが出来るという事だった。異界のおかげ、ポイズン・グリフォン様様である。
魔道具の改造はちょうど昼前に終わったこともあり、一旦昼食を取ってから続きを行うこととなった。
「アリス、もう少しだけ我慢してね」
「はい、わかっています。私なら大丈夫です」
アリスはこの部屋から出ることが出来ない為、必然的に一人で待ってもらう事となってしまう。順番に食事を取る手もあるのだが、どうしてもアリスがそれを良しとしない。
「……無事に治ったら、アリスが好きなものを食べに行こうか」
「あー、それならボクも行きたい!」
「ふふ、楽しみにしています」
アリスとの会話を終え、部屋を出て食堂に向かう。すでにディアナとイネスが食事の準備をしてくれていたようで、僕達を呼びに来ようとしていたらしく廊下で鉢合わせた。
現状を簡単に説明しながら歩く。ディアナは引き続きピュア・ホワイトドラゴンの情報を探してもらっていたのだが、新たな情報はなかったようで状況を聞いてホッと胸をなでおろしていた。
「それは何よりです。私はあまり役に立てませんでしたね」
「そんな事ないよ。ディアナが動いてくれて僕も嬉しかった。もちろんイネスもね」
「兄上様のお役に立てて良かったです」
事実、ディアナが動いてくれていたからこそ、僕は僕のするべき事に集中できた。それは皆もそうだったはずだ。イネスに至ってはアシュレイ・ガナギークとの戦いで十二分に活躍してもらった。
「あー、お腹すいたあ」
「よし、それじゃあ色々おかずを追加しようか。ブリジットにはこの後いっぱい頑張ってもらわないといけないからね」
「やったぁ!」
普段であれば、後でアリスに怒られそうなものだが、今回はいつもと違い特別だ。お腹いっぱいに食べさせてあげてもバチはあたらないだろう。
食堂に入ると既に幾つもの料理が配膳されていた。ディアナとイネスが作る料理は、アリスが作るものとは違い、セオドールの資料からピックアップしたものが多い。所謂、ワ食と言うやつだ。
忍術や合気術にこだわる二人にぴったりあっている。
物としてはエルフが作る料理に近いが、味噌汁や浅漬け等、一つ一つの調理法がより洗練されている。あの体に染み渡る感覚は、セオドールの言うソウルフードという言葉が非常にしっくりくる。
ただひとつだけ問題がある。
「ええー、ボクお肉食べたい」
「ああ、やっぱりそうくるか。まあ、ある程度は想定していたから良いけど。はい」
「おおぅ、美味しそう!」
ブリジットの言葉に苦笑いしつつ、アイテムポーチの中からストックしてあった料理を取り出してテーブルに追加して配膳する。
実を言うと、ブリジットはワ食はあまり好きではない。いや、その言い方は正しくないか。味に関してはむしろ好みであると言ってもいいだろう。
ただ、量が圧倒的に足りないらしい。
ブリジットは自他ともに認めるレベルの大食感である。それに対して、ワ食というのは粗食をモットーとしている物が多い。ブリジットには物足りないのである。
「さあ、皆、座って食べよう」
僕の言葉に皆が頷き、思い思いに席へ座る。食卓を囲む皆の表情には、先日までのような暗い気持ちは存在しなかった。
食事を終えた後、食器類の片付けをディアナとイネスにお願いしてから、足早に部屋へと戻る。
いつもであれば食後には一息つく時間を設けているのだが、今日は自然と休憩する気は起きなかった。……休憩はアリスが回復してからゆっくり取れば良い。
部屋に入るとアリスは、水槽に満たされた溶液の中に戻って休憩していた。少し外に出ていただけなのだが、やはり疲労は思っていたよりも溜まってしまうようだ。
「アリス、大丈夫?」
「はい、私なら大丈夫です」
「無理はしなくて良いからね?」
一応、念押しだけはしてから魔核透析の準備に入る。アリスのことだから放っておくと無理をしかねない。
魔核透析にどれだけの負担が掛かるのかは分からないが、念のためアリスの負担を減らすよう、溶液から出るのはギリギリまで遅らせるべきだろう。
「ブリジットはこっちの椅子に座って」
「うん」
ブリジットが椅子に座ったのを確認してから、隣にある魔核透析用魔道具から伸びている二本の管を手繰り寄せる。
管の先には、アリスに付けてもらう物とは少し異なり、特殊な形状のマスクが接続されている。マスクに接続されている二本の管は、それぞれ入力と出力に使用する。
ブリジットにマスクを被ってもらい、各種パラメータの調整をセントラルに委ねる。
「よし、準備が終わったよ。アリス」
「はい」
さあ、始めようか。
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