もう人じゃないけど
それにしても、あのタイミングであの嘘をつけるというのは大したものだ。少なくとも、僕にはアシュレイの発言からは真偽の判断がつかなかった。
彼の索敵範囲はどの程度のものだったのだろうか? あの時点で僕はクリスタル・レイスの存在に気が付かなかった。もしもアシュレイには発見できていたとしたら、僕の近代魔道具よりも広い索敵範囲を持っていることになる。
先程までアシュレイが立っていた場所を見る。既にその姿は無いが、僕の中に大きな印象を残したことは間違いない。
……魔導師、か。今回はイネスのサポートがあったから良かったが、僕一人だったらどう戦えば良かっただろうか。次に遭遇した際には勝負をつける事が出来るだろうか。
彼等が作り出した魔導具は、近代魔道具と基本的な部分は同じに見えたが重要な部分が大きく異なる。それは使用者が魔術師に限定されているということだ。
僕達、錬金術師が作り出した近代魔道具は誰にでも扱うことが出来る。つまり、より汎用的な作りにならざるをえない。逆に言えば魔導具は魔術師だけが使えれば良い。より際どい調整が可能だということだ。
魔導具、そして魔導師という存在は、より歪な社会構造を作り出してしまう。……それを許す訳にはいかない。
この百年後の世界において、近代錬金術を再び表舞台に上げてくれた人達が積み重ねてきたものを無駄にはさせない。
「兄上様、どうしました?」
「あ、いや、何でもないよ。それよりクリスタル・レイスから素材を採取しようか」
「あ、そうですね」
イネスの声に振り向くと、アシュレイが氷漬けにしたクリスタル・レイスが視界に入る。幸いなことに傷一つ無くそこにあった。あれだけの威力を持った雷撃を受けたというのに。改めて見ても、イネスのシラハ取りは反則気味だ。
氷を溶かすのに少し時間がかかったが、無事に闇水晶の涙を手に入れることが出来た。
特大級のトラブルは発生したものの、ひとまず目的は果たすことは出来たので帰路につくことにした。
塔を出ると、広場はいつものように賑わっていた。誰もが活気のある良い顔をしている。
塔に住んでいた頃は静かな農村が気に入っていた。しかし、こうやって若返り住んでみると、また違った良さがあることを思い出すことが出来た。それは生まれ育った王都で若い頃に感じていた物に近い。
……面白い仲間が居るからかな?
セオドールの論文と出会って以降、僕の周りには錬金術師が多かった。いや、ほとんどそうだったかもしれない。当然旅に出ていたときは違うが、それ以外はずっと研究ばかりしていたので当然ではある。
勿論、それ自体に後悔はない。おかげで色々な研究が捗り、多くの成果を皆で生み出すことが出来たのだから。
この百年後の世界に降り立ち、僕の周りには切磋琢磨してきた錬金術師達はもう居なかった。しかし、そのおかげで今の仲間と出会えたのだから、人生というものはわからないものである。もう人じゃないけど。
だから、やるべき事をやらないとな。
「イネス、悪いけど先に帰っててくれるかな。ちょっと寄らなきゃいけない」
早くアリスのもとへ帰ってあげたいが、現状がそれを許さない。
「では、私も――」
「いや、イネスはアリスと一緒に居てあげて欲しい」
「……はい、承知しました」
魔導師アシュレイとの戦闘が関連している事は明らかになので、同行したいというイネスの気持ちもわかる。しかし、アリスの事を考えて今回は我慢してもらう。
イネスを見送り、その後で探索者ギルドの事務所へと足を踏み入れようとする。
「お館様」
「ディアナ」
横から聞き覚えのある声に呼ばれて足を止めた。声のする方に振り向くと、そこにはディアナの姿があった。ピュア・ホワイトドラゴンに関して、何か情報があったのだろうか?
そう思っていると、ディアナが申し訳なさそうに首を横に振る。……表情に出てたかな。まあ、良いか。伝えにくい事でもきちんと伝えてくれた事は嬉しい。
「ちょうど良かった。今からシェリルさんに会えないかな? ちょっと報告しないといけない事が出来たんだけど」
「この時間であれば、屋敷の方に居ると思います。ただ、時間が取れるかは……」
「重要な話だから無理にでも時間を作ってもらうつもりだよ」
ディアナの様子から見ると、時間を取ってもらうのは少し難しそうだ。しかし、この件はなるべく早くシェリルさんへ伝えなければならないと思う。
「……承知しました。では、先に行って伝えておきます」
「助かるよ」
僕の口調から何かを察してくれたのか、ディアナの表情が再び真剣な物に変わった。そして、石畳を蹴り飛び上がる。
建物の屋根に上る頃には、ディアナの気配は希薄なものに変わっていた。以前よりもより自然に魔道具、いや忍具を使いこなしているようだ。
ディアナが飛び去った後、僕もシェリルさんの屋敷に向かうことにする。
今回は送迎用の馬車がないので、自分の足で歩いて行く事になる。まあ、普段からも訪問の半分くらいは自分の足で向かっているので、それほど苦ではない。それに今回は家から向かうわけではない。
でも、シェリルさんの屋敷に着くまでに、頭の中で話を整理しておかないといけないな。
ディアナの様子を見る限りでは、シェリルさんに時間を取ってもらえたとして、それほど長い時間は難しいだろうから。
シェリルさんの屋敷に着くと、玄関前でいつもの執事が出迎えてくれた。ディアナはシェリルさんに用件を伝えた後、家に帰ったとの事だった。そのまま執事に案内されて、いつもの応接室に通される。
執事が言うには、ディアナに走ってもらったおかげで、何とかシェリルさんの時間を確保する事が出来たらしい。もう少し遅かったら間に合わなかったとの事だったので、あのタイミングでディアナに会えたのは運が良かったということだろう。
シェリルさんは、今の予定が終われば時間が取れるようだ。取れた時間は短いが、用件を伝えることにはそれほど時間は必要ないから十分だ。
しばらく待っていると、扉の向こうから気配が近づいてくるのを感じた。
「待たせたわね。ちょっと前の予定が伸びちゃって」
「いえ、構いませんよ。忙しいのに時間を取ってもらえただけでも助かります」
「ああ、そうだったわね。ディアナからは何か重要な用件って聞いたのだけど」
「まあ、ひとまず座って下さい」
「そ、そうね」
少し急ぎすぎた事に気が付いたのか、シェリルさんが恥ずかしそうに腰掛ける。
シェリルさんが急くのも無理はない、か。よくよく考えてみれば、僕が重要な用件と言って訪ねることなど滅多にあることではない。それはシェリルさんの真剣な眼差しからもよく分かる。
あまり焦らしても悪いので、早速用件に入らせてもらうことにする。一つ咳払いしてシェリルさんへと向き直る。
「実は――」
素材集めに異界を探索した事、そこでアシュレイと遭遇した事、そして魔導具と魔導師。なるべく簡潔に言葉を選んで伝える。話している最中に、どんどんシェリルさんの表情は苦々しいものへと変わっていった。
「……魔導師、ね。急展開すぎてついていくのが難しいけど、あまり良くない状況という事はわかったわ」
「奴らの目的は、僕の研究室にある研究資料や希少素材なのは間違いないです」
「現時点でもそれだけの力を持っているのだから。これ以上、魔導師勢力に離される訳にはいかないわね」
シェリルさんも、事の重大さはわかってくれているのか、対応策を考えるべく思考を巡らせているようだ。
僕が今日ここに来たのは、その手段を講じるためでもある。それには基本に立ち戻れば良い。
「天獄塔の異界は無断で立ち入ったものは国家反逆罪で罰せられるはずですよね? それならアシュレイを何とかできませんか?」
「……それは、難しいわね。現時点ではアシュレイが王都を離れた事が証明できないのよ」
しかし、シェリルさんの口から出た言葉は期待していたものではなかった。




