やっぱり嘘じゃないか
突然の轟音に耳がおかしくなりそうだった。一瞬何が起こったのかわからなかったが、伝わった衝撃の元を辿ると氷漬けのクリスタル・レイス付近の地面が焼けただれていた。
恐らくはアシュレイが雷系統の魔術を行使したということなのだろう。もし僕が直接狙われて居たらどうなっていただろうか?
アシュレイの放つ魔術は近代魔道具、いや彼ら曰く魔導具とやらのおかげで、魔術行使の兆しが察知が非常に難しい。ある程度のネタは割れているので対策は何とかなりそうだが、今すぐというのは難しい。
内心では冷や汗モノだが、表情には出さないように努めよう。まあ、それも効果があるかはわからないが。
そう思っていると、アシュレイが少し考える仕草を見せた後、僕の目を見て上機嫌な表情を浮かべる。
「提案なんだけど、君の持っている近代魔道具を僕にくれないかな?」
「……魔導師とやらには、近代魔道具は要らないと思いますが?」
余裕を見せているアシュレイに対して、若干苛つきながらも努めて冷静に言葉を紡ぐ。今は少しでも時間が欲しい。
「長期的にはそうだろうね。でも、まだ研究材料が足りないんだ。近代魔道具を譲ってくれれば魔導具の研究は進むし、その近代魔道具は始末できる。一石二鳥じゃないか」
「研究ってのは人の成果を盗む事じゃないよ」
「もちろんわかっているさ。でも再発明までする必要はない。そうだろう?」
その結果出来るものが近代魔道具だったなら問題は無いけどな。でも、僕の前にいる輩は近代魔道具を魔導具で塗りつぶそうとしている。……そんな事はさせるつもりはない。
「近代魔道具が欲しいなら、錬金術師になれば良いと思いますよ?」
「それには及ばないよ。それは時間が解決する。ただ、期間を圧縮したいだけだし。それで、譲ってくれるの?」
「残念ですけど、お断りします」
「まあ、そうだよね」
アシュレイがオーバーリアクションで残念そうにつぶやく。
「僕を倒して奪っていきますか?」
「んー、君はまだ何かを隠していそうだ。だから、今は止めておくよ。他にあることもあるし」
恐らくは異界の踏破、か。現時点で本気で戦おうとすると、互いに痛手を追うのは避けられないだろう。僕が全てを見せていないようにアシュレイもまたすべてを見せているとは思えない。
負傷してしまえば、今後の探索にも響いてくる。早く天獄塔の異界を踏破してしまいたいアシュレイにとっては大きな痛手だろう。だが、無傷だったからと言って、僕としてもそれも先を越させるつもりは無い。
……何とかアシュレイを無力化できれば良いのだが。この男は野放しにしておいては危険だ。
「それじゃあ、こうしよう。近代魔道具を譲ってくれたら、そこのクリスタル・レイスを消さないであげるよ。闇水晶の涙が欲しいんだろう?」
「消されたら、また別の個体を探せば良いだけですよ」
「他にも居たらいいね」
アシュレイの口調からは何も真偽が伝わってこない。自信があるように聞こえるが、この異界において魔物の発生を止められる手立ては見つかっていないはずだ。
……しかし、万が一闇水晶の涙が手に入らなかった場合、ただでさえ困難なアリスの回復が更に遠のく。
まあ、どちらにせよ僕にとって選択肢は一つしか無い。ちらりとイネスを見ると、ちょうど目が合った。その直後、セントラル経由で送られてきたメッセージが視界の端に映る。
『クリスタル・レイスは私がなんとかします』
そのメッセージを見て小さく頷く。
作戦はあったが、それにはイネスの協力が不可欠だ。しかし、アシュレイがこちらを見ている今、メッセージを送ることが出来なかった。
しかしホムンクルスであるイネスは僕と違い、明示的な操作を行わなくてもメッセージの送信が可能だ。イネスの意図が僕のそれと合致した事に安心する。
ならば対応は決まった。
「もちろんお断りしますよ」
「残念だよ」
そう言ってアシュレイは再び天に向かって手をかざす。
「イネス!」
「承知!」
咄嗟に声を上げてしまったが、既にイネスは動き始めていた。以前よりも素早い足運びはマキナさんとの訓練の賜物だろうか。
視界が白く染まり、轟音が鳴り響く。そして――。
「え!?」
「……ミヤハラ流奥義、シラハ取り」
先程までの余裕から一転、驚愕の表情で声を上げるアシュレイ。それもそのはず、彼が自信を持って放った高速且つ強力な魔術。その魔術が、イネスの両手の中で渦巻く球体となり荒れ狂っていたのだから。
いくらアシュレイが僕達の力を警戒していたとしても、この結果は予想できなかっただろう。セオドールと一緒に生み出したトンデモ武術をなめんなよ。
「返しますよ」
「くっ!」
全ての雷撃を受け止めた後、イネスが身体を捻りながら手元の球体を動かす。
それ見て正気に戻ったのか、アシュレイが咄嗟に防御魔術を幾重にも展開する。……この速度で積層の魔術を展開出来るというのは大したものだ。さすがに驚きを禁じ得ない。
イネスが跳ね返した魔術は、瞬く間にアシュレイの元へと到達するが、展開された防御魔術に相殺されていく。さて、どこまでぶち抜けるだろうか?
「ぐうぅぅ!」
「油断大敵です!」
イネスの言葉にアシュレイの意識が完全にこちらから離れた。
周囲が光に塗りつぶされる中、アイテムポーチから取り出した月詠を構えて腰を落とす。自身の放った魔術を相殺するのに手一杯で、今なら奴にも見えていないだろう。
月詠が放つ赤い輝きを、高まる神気が黒く塗りつぶしていく。そして――。
月詠を振りかぶり一閃。溜める時間が足りなかった事で、青龍を倒した時ほどの威力はない。しかし、今はそこまで過剰な威力は必要ない。
月詠から放たれた斬撃は、漆黒の軌跡を描きながらアシュレイの元へと飛んでいく。自身の魔術に集中していたアシュレイだったが、さすがに目前に迫れば気がついたようだ。
「ぼ、僕の防御結界が、破られる!?」
「ほとんど自爆ですけどね!」
そして、ほとんど動くことも出来ないまま斬撃がぶつかる。その直前、アシュレイが何かを叫んだように見えたが、激しい音が鳴ったため僕の耳には届かなかった。
周囲を覆った土煙が少しずつ晴れていき、うっすらと視界が広がっていった。
「……終わったか?」
「いえ、まだです」
イネスが指差した先を見ると、そこには満身創痍なアシュレイの姿があった。……短距離転移か。あの瞬間に良く発動できたものだ。いや、もしかしたら緊急回避用の魔導具だろうか?
まったく、嫌になってくるな。僕が教えている生徒達と比べて、かなり先を行っているじゃないか。彼らだって頑張っているというのに。
錬金術排斥派、いや魔導師達がそれだけ長い期間を掛けて、魔導具の研究を続けていたということか。
錬成粉も無しに机上の研究だけで、ここまで実現可能なレベルまで進んでいたというのだから驚きだ。錬成粉を手に入れたときは相当喜んだことだろう。
「形勢逆転ですね。大人しく捕まってもらえませんかね?」
「……それを聞くと思うかい?」
苦々しい表情を受かべながらも、アシュレイからは諦めた様子は見られない。まあ、当然の事か。
つい今しがたアシュレイが使った回避手段。短距離転移を使われてしまえば、今の僕達には捕まえることは難しい。
「今日の所は大人しく引いてあげるよ」
「そのまま王都まで引いて、ずっと引きこもってくれて構いませんよ」
「……次は負けない」
そう言い残して、アシュレイの姿が消える。追いかけるつもりでモノクル越しに表示される地図を見るが、周囲には人の反応は無い。……長距離の転移も出来るのか。侮れないな。
それにしても――。
「やっぱり嘘じゃないか」
人の反応は無かったが、クリスタル・レイスの反応が二体あったのだから。




