もしかして隠しているつもりだった?
レイの発した言葉に驚き、つい身体が硬直してしまう。そうした間にも、クリスタル・レイスの攻撃は続いているが、幸いイネスは動きを止めなかったので助かった。
なるべく動揺を表に出さないよう気を付けながら、レイの方へ顔を向ける。
「いったい何の事か――」
「あれ、もしかして隠しているつもりだった?」
咄嗟にとぼけてみたが、さほど意味をなしていなかったようだ。そうであるならば、僕達に近づいたのも計画的な行動だったのか?
会話に割り込むようにクリスタル・レイスが再びレイにも攻撃を仕掛けたのだが、先ほどと同じように眼前で掻き消える。
「って、ちょっと邪魔だから消えてくれるかな」
そして、地面から立ち上る冷気がクリスタル・レイスを包み込む。次の瞬間には氷棺に閉じ込められていた。目の前で起きている事象は魔術による物に見える。しかし、相変わらず魔力の高まりは感じられない。
いったい何をした?
「さて、どこまで話したかな? ああ、そうそうビックリしたよ。僕が君達に近づいたのはたまたま強力な結界を見かけたからなんだ。もの凄い魔道具だったから興味を持ったんだよ。探索者というのは気が付かないものなのかい?」
「皆が当たり前のように魔力を感じられるわけではないですよ?」
「なるほど、当たり前のように感じられたから、まったく気にしていなかったよ」
平然と語っているが、レイの言葉は決して軽い話ではない。僕の結界魔道具は目立たないように隠蔽されている。並の魔術師程度が相手であれば、外部からそうそう見つけられるものではない。
……レイは魔術師だ。それも、かなり熟練の域に達している。そんな魔術師がこの天獄塔の異界に居るという事実。そこから想定される事は一つ。
「……アシュレイ・ガナギーク」
「あれ、知ってたんだ? まあ、良いけど」
――アシュレイ・ガナギーク、先のスタンピードに乗じて入り込んだ双子の魔術師。彼らが天獄塔の異界に導いたという、宰相の息のかかった特徴的な外見の人物。
あれか? すっかり聞くのを忘れていたけど、特徴的な外見ってイケメンって事かよ。
レイという名前で気がつくべきだっただろうか? いや、アシュレイならせめて愛称はレイじゃなくて、アシュリーとかにしてくれ無いと厳しい。
本当にアシュレイ・ガナギークであるならば、この男は錬金術排斥派の魔術師ということになる。しかし、そうなるとおかしな事が浮かび上がる。だが、僕ならわかるなどという言い回しをしている以上は、そういうことなのだろう。
「……近代魔道具で魔力を隠蔽した」
「正解」
レイはそう答えながら、まるでイタズラが成功したかのように嬉しそうな表情を浮かべる。首にかけたネックレスを見せびらかすように触っている。……確かにあれは近代魔道具で間違いない。
出会ってからずっと、レイからはそれほど多くの魔力を感じなかったし、モノクル越しに見ても数値には現れなかった。でも、それは間違いだったということだ。
魔力の変化を隠蔽する近代魔道具。確かに存在はしている、いや存在していたと言ったほうが正しいだろうか。百年に渡る錬金狩りで失われたはずの技術。しかしながら、確かに僕の目の前に存在している。
「でも、まだその魔道具は錬成していませんよ」
「そうだね、君達は錬成していない」
「それなら誰が、って聞くのも野暮ですかね?」
「もちろん、僕が錬成したに決まっているだろう?」
まさかとは思ったが、当たっていたようだ。いったい何がどうなっている?
少なくとも僕の知る限りでは、錬金術排斥派の魔術師は近代魔道具を使わない。それにもかかわらず、目の前の魔術師アシュレイ・ガナギークは近代魔道具を使いこなしているように見えるし、錬成までしたなどと言っている。
「……錬金術排斥派の魔術師なのに、近代魔道具を使うんですね」
「錬金術排斥派ってのは、ちょっと違うかな」
「違う?」
「そもそも、錬金術排斥派って言うのは、君達錬金術師が呼んだ名前が定着しただけにすぎない。それは我々の本質じゃない」
……確かに当時は既に錬金術師達の勢いは、魔術師達を大きく上回っていた。僕達が呼んでいた物がそのまま定着したのも事実だ。
「もともと、近代魔道具の有用性に関しては議論されていたと伝えられている。でも錬金術師は邪魔だったし、皆が平等に魔道具を使える必要はない」
「また、随分と都合の良い話ですね」
「そう、だからそれを乗り越えるために、先人たちは行動を起こした」
魔術師達が僕達錬金術師に対して起こした行動、か。一つしか思い浮かばないな。自然と拳を握り込む力が増す。
「……錬金狩り、ですかね」
「話が早くて良いね。その通り、先人たちは錬金狩りによって錬金術師と近代魔道具を消し去る事に成功した!」
アシュレイが両の手を開き天を仰ぎ見て、そのまま言葉を続ける。
「しかし、その段階で大きな問題が起こった。――近代魔道具が作れなかったんだ」
「作れなかった?」
百年前であれば、近代魔道具を錬成する技術も失われていなかったはず。なのに何故?
疑問に思いつつアシュレイの顔を見る。自分で考えようかとも思ったが、これだけ饒舌なのだから語らせたほうが早い。
「錬金術師を完全に排斥し切るまでには、数十年の時間が必要だった。錬金術師達から奪った多くの研究成果を利用すれば、すぐにでも近代魔道具の錬成が行える予定だった。しかし、その中には最も重要なものが欠けていた」
「なるほど、錬成粉のレシピですか」
「先人たちは錬成粉の再現に躍起になった。しかし、とうとう現代に至るまで再現することは叶わなかった」
近代錬金術には錬成粉が必要不可欠だ。錬金術師を排斥し切るまで研究を我慢した、その根性は認めよう。だが、そのせいで錬成粉のレシピまでもが失われてしまったという事なのだろう。実に馬鹿げた話だ。
そんな中、この都市で近代錬金術が復活した。つまり錬成粉が再び供給されたという事だ。これによってアシュレイ達の研究は飛躍的に進んだという事なのだろう。
「魔術師による魔術師の為の魔道具。それを手に入れた我々魔術師は更なる高みへと到達した。魔導具、いや魔導具を操る魔術師、即ち魔導師」
興奮気味にまくし立てるアシュレイの言葉を何処か冷めた気持ちで聞く。
――何の事はない。百年前の錬金術師達の成果を盗んだだけじゃないか。何が魔導師だ。
「でも、そんなにぺらぺらと話してしまって良いんですか? そもそも、隠れていなくて良いんですか?」
「初めは僕も話すつもりは無かったんだけどね。君に直接会って、何故か話しておきたくなったんだ。それに、こうやって天獄塔に入り込んだ以上は、別に隠れる必要もない」
まあ、ギルド職員は異界の中まで追いかけては来ないからな。でも、追手はギルド職員だけとは限らない。
アイテムポーチから月詠を取り出して、アシュレイに向けて構える。
「だったら、ここで大人しく捕まってもらいましょうか」
「へえ、それが君の本当の武器か。凄いね。でも、残念だけど、今は君と戦うほど暇じゃあないんだ」
「逃げられるとでも思っているんですか?」
しかし、アシュレイの余裕は失われていないようだ。過小評価をされている、わけでも無いようだが……。
すると、アシュレイが僕達とは異なる方向へ指をさす。その先には氷漬けのクリスタル・レイスの姿があった。そして、そのまま手を空に向ける。
「僕に構っていると、目的の素材は手に入らなくなっちゃうよ?」
――次の瞬間、僕の視界が白く染まる。そして、ものすごい轟音が当たりに鳴り響いた。
若干展開を急ぎすぎた気がしなくもない。




