別腹の別腹
それから数回の探索を終えた頃、スタンピードもようやく収束宣言が出された。近代錬金術の復活によって不足していた素材は、直近の需要を十分に満たすことができる量が集まったようだ。
僕としては炭酸水をこれでもかと言うほど納品したつもりだったが、世の中の需要というものは僕の予想を遥かに超えていたらしい。まあ、その大きな理由は僕が研究施設内に設置した魔道具のお陰で、大量生産が可能となったこともあるようだ。
シェリルさんに話を聞いた所、諸々の後始末が終わる来週くらいには通常の探索が行えるようになるとの事だった。
そんな訳で、しばらくの間、まともに探索が出来ていなかったのだが、だからと言って休暇が取れたわけでもなかった。なので、今日はアリスと二人で街の散策を行っている。
とは言っても、散策中にアリスが新たに甘味処を発見した事で、現在は昼食を兼ねてチャレンジ中である。
何のチャレンジかって? 甘口で量の多いパスタだよ……。
「ようやくスタンピードが終わりましたね。でも、良かったんですか?」
「ん、良いって何が? もう十分稼がせて貰ったし、ようやく上層の探索に戻れるから、僕としてはスタンピードの収束宣言は願ったりかなったりだよ」
テーブルに並べられた甘味を行儀よく食べながら、アリスが問いかけてくる。スタンピードが終わることは大歓迎なのだが、アリスの考えでは何かの問題があったということなのだろうか?
「あ、いえ、バーナード様が第十九層に置いてきた魔道具の事です」
「ああ、あれか。別に構わないよ。作っておいてなんだけど、性能が尖りすぎてて、あの場所くらいでしか安全に使えそうに無いからね。アイテムポーチの肥やしになるくらいなら、広く利用してもらったほうが、きっと魔道具も喜ぶよ」
スタンピードの間は大活躍だったあの魔道具なのだが、威力が過剰だった事もあり第十九層のあの場所以外で、安全に運用できるイメージがわかなかったのだ。威力の調整は可能ではあるのだが、折角の尖った性能を平凡にするのも悲しい。だからと言って、折角作った魔道具が今後出番が無いというのは忍びない。
そこでシェリルさんと相談をして、スタンピード後はあの場所に設置したままにする事にしたという訳だ。魔道具の操作に関しては、セントラルを介さなくても遠隔で起動が可能なように変更して、子機を探索者ギルドに渡してある。
僕としては、魔道具の利用料の一部を継続してもらうことができる。第十九層であれば、結構な数の探索者が利用可能なので、需要から考えてもちょうど良いかもしれない。設置場所までは決して安全な道のりではないが、その苦労に見合う以上の成果が得られることだろう。
まあ、魔道具のことは確かに大事な話ではあるが、僕としては今もっと気になることがある。
「それよりアリス、大丈夫?」
「何がでしょうか?」
僕の心配は杞憂なのだろうか? アリスは質問の意図がわからなかったようで、首を傾げている。
「さっき、食後のデザートを頼んでいたけど、そのパスタを食べた後には厳しくない?」
「ふふ、甘いものは別腹ですよ」
そう言ってアリスはくすくすと笑いながら、柔らかく微笑む。その会話と表情だけを見れば非常に微笑ましい光景なのだろうが、この場所では成り立たないと思われる。
僕達が食べたメイン料理も十分甘かったのだが……。別腹の別腹って事? あれ、シルバーウルフって草食動物だったかな?
今回も無事、甘い試練を乗り越える事が出来た事を神様に感謝する。……感謝は嘘だけど。クローツは全く関係ないし、下手をしたらこの試練自体もクローツのイタズラの可能性すらありえる。
甘味処を出た後は、再び街の散策に戻った。特に目的も無かったので、アリスと他愛もない話をしつつ何か無いかと考えていたが、ふと新居の家具などの事が頭をよぎった。
それをアリスに伝えた所、好感触だったこともありちょうど良いので、新居の家具をいくつか見繕うことにする。本当は最終的にはすべて魔道具で揃えたいところではあるが、さすがにそれではすべてが完成するまでに時間がかかりすぎる。ひとまずは既成の家具を買うことで、僕が魔道具を制作するまでは、それで間に合わせことにするというわけだ。
そんな訳で散策中に見つけた、割りと上等そうな家具を扱っている店へと足を踏み入れる。
「あれ、バーナード君じゃない」
「あ、マリナさん。奇遇ですね」
店に入ると、そこに居たのは驚くなかれマリナさんだった。探索の日ではないので、いつもの探索者姿ではないのは当然だが、今日は普段着でもなかった。
「教会の手伝いでね。たまに来るのよ」
「ああ、それで今日は修道服なんですね。でも、どうして教会の手伝いで家具屋に? 教会用の家具でも買いに来たんですか?」
するとマリナさんは、一旦意外そうな表情を見せた後、控えめに笑いだした。僕が笑われた意味をわからずにいると、マリナさんの後ろから小さく咳払いが聞こえた。
その咳払いを聞いたマリナさんは、しまったというような顔に変わり、取り繕うようにジェスチャーをしながら口を開いた。
「ごめんなさい。バーナード君だって知らない事くらいあるわね。ここはクローツ教直轄の家具屋なのよ」
「え、そんな事をして、家具屋から苦情は上がってこないんですか?」
……教会直轄の家具屋ってなんだ? 家具なんて家具屋で十分だろうに。営業妨害じゃないか。百年前にはそんな商売は無かったので、僕が寝た後にできた仕組みなのだろうとは思うが。
「それなら心配は要らないわ。ここに置いてある家具は教会が作ったものではないのよ。あくまでも、都市内の家具屋が作ったものに教会が洗礼しているのよ。三十年くらい前の神託で始まった事業らしいわ」
「家具を洗礼すると、何か良いことでも起きるんですか?」
いくら神託に従っているとは言え、家具を洗礼したからって、何か効果が見込めるものなんだろうか?
普段身につける物であれば、まだわからなくもない。しかし、この店に置いてある家具は、外へ持ち出すような事はない物ばかりだ。
「それが凄いのよ! 例えばこの棚だけど、小指をぶつけることが無くなるの」
「……凄い、のかな?」
「凄いに決っているわ。バーナード君だって、小指をぶつけた事くらいあるでしょ?」
「昔、何度かぶつけたことはありますけど。最近では無いですね。確かにあれは痛いですからね」
マリナさんの興奮具合から考えるに、確かに相応の効果は嘘ではなくあるのだろう。……ただ、そのエピソードを耳にした際に、僕の頭の中で一つの言葉が浮かび、消えなくなってしまう。
それって、ただのマッチポンプでは?
小指をぶつけるぶつけないとか、洗礼の有無で変わるという事は、絶対にクローツのイタズラだろう。あいつ絶対ふざけて神託を下ろしたって。まあ、今この場所では言わないけどさ。姿を変えて厳かな雰囲気を演出しているせいで信用されているということなのだろう。
しかし、この店の家具を買うとクローツのイタズラを回避できるというのであれば、一つくらいであれば購入することも選択肢としては無くもない。嫌だけど。
そしてそのままマリナさんの話が、とても長くなりそうな気配を見せた瞬間、再び咳払いが聞こえてきた。
「さ、さあ、私はお手伝いに戻らなきゃ。無理に買わなくても良いから、なるべくゆっくり見て行ってよ」
「あ、はい」
マリナさんの口調が「なるべく」という箇所を強調しているように聞こえた。本当は今すぐにでも店を出たいところだが、そうすると奥で咳払いをしている人に、マリナさんが怒られてしまいそうだ。
面倒だけど仕方がないか。
まだこの章に入って事件らしい事件が起きていない気が……。
そろそろ何か事件が起こるかも……。




