未帰還探索者の増加
スタンピードの後処理も無事終わり、探索者ギルドの業務も平常運転へと戻ってからは、僕も再び天獄塔の上にある家を目指す為の日常へと戻る事となった。
第二十七層から先の探索は、これといって大きな問題が起こるような事もなく、他の追随を許さない速度(自称)で無事階層を踏破。つい先日の探索では、ようやく第二十九層を踏破することが出来た。
次の第三十層を踏破できれば、全体の半分に到達する事となる。単純にセントラルが設置している階を除けば、半分以上進んでいる。これはこれまでの探索者ギルドの記録から見ても大きな前進であり、新たな素材が提供され始めた事で、各種市場も色めき立つ事となっていた。
ただ、その点だけを見れば順風満帆とも思えるが、まったく問題が起きていないというわけでも無かった。
「――報告は以上です」
「ありがとう。下がっていいわ」
部下からの報告を受け、シェリルさんが眉間に指を当てながら俯いている。言葉を受け、部下の男性が緊張気味に部屋を出ていく。
部下が出た後、シェリルさんは一つ大きなため息をついた。
今日、僕はシェリルさんの屋敷内にある執務室を訪れていた。本来の用事は近代錬金術学園での教育方針に関して相談に乗って欲しいと言う事で、シェリルさんに呼び出されたのだ。その相談の最中に先程の部下から、とある件に関しての報告が行われたというわけである。
本当は報告が行われている間、邪魔になってはいけないので一旦退室しようとしたのだが、それはシェリルさんに阻止されてしまった。部下の男性も不思議そうにしていたが、自身の主が許可した以上は、何かを言えるわけでもない。そこは意識を切り替えて報告を行うことにしたようだった。
僕に聞かせたということは、何かしら巻き込まれるフラグだったりするのだろうか?
報告があるまでは割りとゆったりした雰囲気だったのだが、今は若干空気が重たい。執務室の設計方針がリラックスして仕事が出来るようにとなっていたはずなのだが、現時点ではその効果は薄れているようだ。そう思いつつ、重たい空気を演出しているシェリルさんを眺める。
「はぁ、今週も増加傾向にあるわね」
「ここ最近はずっと、探索者の数も増えていっていますからね。全体数が増えているんですから、その分未帰還のパーティが増えてしまっているのでは?」
今、僕が言ったように、最近はこの都市で起きた色々なプラス要因の影響で、新たに多くの探索者達が生まれる事となった。
そして近代錬金術の復活で、ポーション等の潤沢な提供が行われた事もあり、一旦は未帰還となる探索者パーティの数は減っていたはずだった。ただ、安全性が高まったことで、よりリスクの高い選択肢を選ぶ若者達が多くなってしまったのも事実だ。
「先日も、探索者に成り立ての若者達が、傷だらけで運び込まれていましたしね。あれはまだ運が良かった」
「スタンピードが終わってから、ちょっと探索者達も気が緩んでしまっているのかも知れないわね」
「ああ、そう言えば先日もそんな事言っていましたね」
シェリルさんが、少しだけ仕方が無さそうにつぶやく。そう言えば、先日見せてもらったデータによれば、未帰還の探索者パーティが増え始めたのも、スタンピード以降だった事を思い出す。
僕達もそうだが、直近のスタンピードでは多くの探索者達が多くの稼ぎを手にした。それによって自信をつけた探索者達が油断してしまったり、その成功体験により無謀な探索をしてしまった結果なのかもしれない。
……まあ、あくまでも推測でしか無いが。
ようやくシェリルさんの愚痴から開放され、本題に戻るまでには結構な時間を要した。こんなことだったらアリスにも一緒に来てもらえば良かった。
打ち合わせが終わり、シェリルさんの屋敷を後にして用意された馬車へと乗り込む。
「すみません、途中少し寄り道してほしいんですけど、良いですかね?」
「どちらへ向かえば宜しいでしょうか?」
「天獄塔までお願いします」
「かしこまりました」
少し思うところがあり、先程話題となった天獄塔へと寄りたくなった。御者はこういった事にも慣れているようで、特に嫌がる様子もなく受け答えをし、馬車を動かし始めてくれた。
学園に引っ越してからは、自宅に馬車が来ても特に目立つということは無くなった事もあり、以前よりも頻繁に利用するようになった。とはいえ、僕の専属ではないので、あくまでもシェリルさんの屋敷に呼び出された時以外は、馬車を使うこと無く歩いて移動している。
最近は馬車での移動も若干面倒になってきたので、移動用のポータルでも設置しようかと思わなくもない。大きなポータルの設置には素材が足りないが、シェリルさんの屋敷に行く程度の距離であれば、素材の手配も可能かもしれない。
閑話休題、天獄塔へと向かう馬車の中で、窓の隙間から見える景色を眺めながら考えに浸る。
――未帰還探索者の増加。
今のところ聞いている話だけで判断するのであれば、それほど大きな問題ではない。正直な所、顔も名前も知らない探索者が探索から帰ってこなかったところで、僕にとしては特に思うところはない。
しかし、シェリルさん的には僕に何か改善案を期待しているのかもしれない。そうでなければ先程の報告を、わざわざ僕に同席させ聞かせたりはしないだろう。
「探索者の気を引き締めさせる何か? うーん、それを考えるのは面倒だなぁ」
いっその事、精神的に追い込むように調整したレギオンティーチャーでも提供して、精神的に鍛えてみるとか? ……効果はとてもありそうだけど、結果的に精神的にぶっ飛んだ、毛色の違う集団が出来上がりそうだ。
そんな嫌な集団を頭に想像してしまったので、頭を横に振って忘れるように努力する。その後も色々と考えを巡らせては見たが、それほど良い案は浮かぶことはなかった。
天獄塔に到着し、馬車は探索者ギルドの裏に回ってから停止した。その際、突然領主が所有する馬車が寄せられたからなのか、外で休憩していた探索者ギルドの職員らしき女性が、慌てて姿勢を正したのが目に入った。
……何か、ごめんね。
馬車から降りて、そのまま探索者ギルドの事務所に入る。廊下を歩く際に何人かの職員とすれ違うが、既に僕に慣れているのか特に咎められることは無かった。
事務所の中は相変わらず、多くの探索者達で賑わっていた。既に夕方が近いので、探索で手に入れた素材を買い取ってもらう為に、探索者達が列を成している。
「あれ、バーナード兄。今日は休みじゃなかったっけ?」
「ん、ランディスか」
列に並んでいる探索者の中から、僕を呼ぶ声が聞こえたので声のする方に視線を向けると、ランディスがこちらに向けて手を振っていた。
大声で話すのも変なので歩み寄ると、ランディスは嬉しそうな表情を見せる。
「今日は別の用事で来ただけだよ。列に並んでるってことは、探索の帰り? あれ、他の皆は?」
「おう! 今日は俺が並ぶ番なんだよ」
「そっか、よくパリスがおとなしく帰ったね」
ランディスが並ぶなら、パリスも一緒に残りそうなものだが、珍しいこともあったものだ。
「ラン君置いて帰るわけないじゃない。はい、ジュース買ってきたよ」
「おう、サンキュー」
まるでタイミングを図ったかのように、パリスは会話に割り込んできた。手に持った果実ジュースをランディスに手渡すと、嬉しそうにランディスの横に並んだ。
「やあ、パリスも元気そうで何より。ランディスとの距離もより近くなったんじゃない?」
「あ、わかります?」
先程、一瞬だけ僕に見せた不機嫌な表情はどこへやら。パリスは嬉しそうにはにかむ。こういうときだけは年相応だよなあ。




