超撥水
周辺の魔物を一掃したことにより、一時的にもたらされた静寂の中、皆が呆然と円筒状の箱を眺めている。
そんな中、ひとまず魔道具を停止して窪地の底へと降り立つ。降り立つとは言っても、少し窪んでいる程度なので、歩み寄ると表現したほうが正しいだろうか。
箱の全体を軽く眺め、特に故障の類が無いことを確認する。そして、箱にセットしたアイテムポーチに大量の炭酸水が採取できていたことに満足感を抱き、再び皆の元へ戻る。
「いやあ、思っていたよりも雷が激しかったね。でも、上手く行ってよかった」
「激しかったね、じゃねーよ! 何だ、あのおっかねえ魔道具は!」
折角、今回のために用意した魔道具が、きちんと仕事をしてくれたというのに、何故かジークは声を荒げて、気分に水を差してきた。
でも確かに物凄い大きな音がしていたので、危なく感じてしまうのもおかしな話ではないかもしれない。まあ、安全性に関してはきちんと把握している。だが、もしかしたら――。
「……もしかして、雷が怖いとか?」
「そ、そんなんじゃねえよ!?」
そんな疑問を呈してみたところ、ジークは明らかに慌てる素振りを見せた。当たらずとも遠からずと言ったところだろうか?
「それなら問題は無いよ。きちんと安全な距離はわかっているしね。今回も大丈夫だったでしょ?」
「いや、もしかしたら万が一って事だってあるかもしんねーだろうが」
「――バーナード様の魔道具に万が一はありませんよ?」
ジークが自身の背後で発せられた言葉に動きを止める。そして、とてもぎこちなく、声のする方へゆっくりと振り向くと、アリスが女神のような笑みを浮かべてジークを見つめていた。
「あ、アリスさん……いや、これは……その」
「ありませんよ?」
「お、おう。もちろんだぜ! 万が一なんてあるわけねえよな!」
アリスの醸し出す謎の雰囲気に気圧されたのか、ジークが取り繕うような言葉を発した。いや、僕が作ったからって、万が一が無いとはさすがに僕も言えないのだが。……今は言わないほうが良さそうだ。
「まったく、ジークったら。相変わらず変わらないわね。……それでバーナード君、実際の所あの箱はいったい何なの?」
「ん?」
ジークの様子を生暖かく眺めていると、エリーシャから声を掛けられた。ジークの反応に呆れつつも声のトーンが少し高いので、もしかしたら目新しい魔道具を目にしたことで興味を持ったのかもしれない。
「あれは、今回のスタンピードの為に新しく作った魔道具だよ。まだ名前は付けてないけど」
「へえ、ちょっと威力が過剰な気もするけど、狩りに使う罠みたいなものかしら?」
「そうだね、作動中は動かせないから罠みたいなものだね。威力に関しては確かに過剰だったかな。スタンピードでどれくらい魔物が増えるかわからなかったから、ちょっと多めに見積もって一網打尽にできるようにしたんだ」
作動中に動かせない理由は単純明快。威力や速度を重視する為に、攻撃対象を選別する機能は省いているからである。
その結果、範囲内に入った物を無差別に攻撃してしまうという欠点はあるが、これが罠であれば関係ない。作動前には確認もしているし警告もしている。誰かが巻き込まれたとしても範囲内に入ったやつが悪い。
「でも、あの雷撃はこの魔道具の一番の特徴では無いんだ。それは――」
「カーボネーテッドウォーター・エレメンタルが何故転んだのか、よね?」
「そう、あれはカーボネーテッドウォーター・エレメンタルを狩るだけのために作った物なんだ。つまりあの罠にかかれば、カーボネーテッドウォーター・エレメンタルは自由を奪われる。あの魔道具の周辺は超撥水状態になるんだ」
「超撥水?」
言葉を返したのはエリーシャではなくマリナさんだった。聞きなれない言葉だったのだろう、先程まで会話に混ざっていなかったマリナさんも興味が湧いたようだ。
超撥水状態とは簡単に言ってしまえば、ものすごく水を弾く状態のことを言う。例えば服や靴を超撥水加工すると泥水をかぶってもまったく汚れなかったりする。昔セオドールが自慢げに見せてくれた時は僕も大層驚いてしまったものだ。
窪んだ地面を超撥水状態にすればどうなるか? それは先程目の前で、カーボネーテッドウォーター・エレメンタルが見せてくれた。
地面が超撥水状態となったことでカーボネーテッドウォーター・エレメンタルは、その体質上足元をグリップすることができなくなり転倒。そのまま滑り落ちていったというわけである。
それを簡潔に説明したのだが、エリーシャもマリナさんも頭の上には相変わらずハテナマークが浮かんでいるように見える。
「なんとなく言っていることはわかったような、わからなかったような……」
「うーん、確かに対象がカーボネーテッドウォーター・エレメンタルだとちょっと効果がわかりにくいよね。まあ、百聞は一見にしかずって事で。一回体験してみたほうが早いかな」
そう言って、アイテムポーチからブローチを一つ取り出す。中央には薄く透き通った青色の宝石が光っている。
「エリーシャ、これを身に着けてみて」
「あら、私には心に決めた人がいるのだけど?」
「うん、違うから」
「ふふ、冗談よ。だからアリスちゃんもそんなに睨まないで」
……アリスも相変わらずだなあ。まあ、エリーシャの冗談は流すとして、ブローチをエリーシャに押し付けるように手渡す。受け取ったエリーシャは一旦まじまじとブローチを見つめた後、上着に取り付けた。
ふむ、あまりデザインを選ばずに購入したブローチだったが、思いの外エリーシャに似合っているようだ。元々容姿端麗なエルフなので何を付けても似合うだけのことかもしれないけど。
「これで、今エリーシャが身につけている衣服や装備は超撥水状態になったよ。それじゃあ、次に取り出だしたるは、このインク」
「んー、別に普通のインクに見えるけど、それをどうするの? ってきゃっ!」
アイテムポーチから取り出したインクを一旦見せ、そのまま有無を言わさずにエリーシャへとぶちまけた。突然の出来事に驚いたエリーシャは小さな悲鳴をあげる。そして――。
「何これ!? 凄い、服にまったくインクがついていないわ!?」
「それが超撥水状態だよ。すべての水分はそこにとどまることは出来ずに滑り落ちる」
エリーシャは衣服にまったくインクが付いていなかったことに強烈な驚きを感じたようだ。確かに、この現象を初めて体験した者は、皆同じように驚くことだろう。
「……確かに、これならカーボネーテッドウォーター・エレメンタルがさっきみたいに滑り落ちた事も理解できるわ。これ雨具につけたらすごく旅が楽になりそうね」
「そうだね。素材もカーボネーテッドウォーター・エレメンタルのコアの欠片がちょっと多めに必要なくらいだし、やってやれないことはないかな」
「ああ、それは結構貴重ってことね」
「貴重かな?」
僕の返答に対して、エリーシャが微妙な表情を見せる。もちろん油断は禁物だが、カーボネーテッドウォーター・エレメンタル程度であれば、討伐するのにそれほど苦労はしないだろうに。
「今となっては、私たちにとってはそれほどでもないけど、一般的な探索者にはね。この第十九層までたどり着けるのって、探索者全体で見てもそれほど多くはないのよ?」
「ああ、そう言われればそうかもしれないね。でも、探索者はこれからどんどん階層を更新していくよ。近代魔道具も増えていくしね」
この錬金都市ではこれから様々な近代魔道具が開発されていくだろう。それは僕だけではなく、新しい世代の錬金術師達も含めて担っていく事だ。大丈夫、これから探索者達はもっともっと強くなるよ。




