大丈夫、後悔はしていない
残念なやり取りは適当に切り上げ、再び外観の確認へと戻る。
完成した物件を見るのは今日が初めてになるわけだが、ファエルがそのこだわりを以って完成させた物件なので、当然問題など起こるわけは無かった。その後は物件の内見も滞りなく終わり、予定していたよりも随分と早く切り上げることとなった。
帰りも当然同じ馬車に乗るものだと思っていたのだが、物件を一通り確認した後に外へ出る頃には別の馬車へと入れ替わっていた。確かに帰り道に視界を塞ぐ必要は無いので、普通の馬車に変更するというのは特段おかしなことではない。まあ、普通の馬車とは言っても、もちろん世間一般で言われる普通の馬車ではない訳だが。間違っても家まで送るとか言わないで欲しい。
「さて、と。それじゃあ探索者ギルドの事務所まで戻ってちょうだい」
シェリルさんからの指示で馬車が動き始める。行きの馬車では気が付かなかったが、今乗っている馬車のほうが揺れは圧倒的に少ない事がわかる。これは御者の腕だけではなく、馬車そのものの作りに差があるのだろう。まあ、そうは言っても前の馬車も十分に揺れは少なかったので、今日みたいな事がなければ恐らく気がつかないだろう。
足元に向いていた視線を戻すと、シェリルさんが満足そうに口元を緩めているのが目に入る。しばらく待っていると、シェリルさんはそのまま視線をこちらに向けずに口を開く。
「なかなか素敵な間取りだったわ。特に厨房なんてうちの料理長が見ても垂涎モノね」
「ファエルが改築する前に、アリスたちも含めて間取りを設計してましたからね。調理用の魔道具も全部専用に作り直したので、ちょっと自信がありますよ」
異界を探索しているおかげで素材には余裕があった。多少足りない素材はあったが、それもこの異界都市で十分に揃えることができた。問題は期間が短かった事だが、その点はシャーロットにもサポートしてもらって一気に作り上げることになった。それもあって、コンロや冷蔵庫に限らず包丁や鍋等、考えられる物は全て近代魔道具に置き換えさせてもらった。今後は大人数の料理を作ることになっても、アリスに大きな負担が掛ることは無くなったはずだ。
「もし良かったら、今度うちの厨房の改装を頼んでも良いかしら?」
「そういうことなら、ファエルに直接頼んでもらえれば喜んでやってくれると思いますよ。調理魔道具もシャーロットなら十分に実用的なものが作れると思います」
シェリルさんが乗り気なようなので、二人を紹介することにした。ところが、シェリルさんが少々申し訳無さそうな顔を見せる。
「あー、実はシャーロットちゃんには別の仕事をお願いする予定なのよ。多分しばらくの間はそっちの対応で手一杯になっちゃうと思うから、魔道具の方はバーナード君にお願いできれば嬉しいわ」
「そういうことなら仕方がないか。シェリルさんには普段から色々と融通してもらってますしね」
それにシェリルさんの権限なら面白そう素材も多数揃えてもらえそうだ。この機会に色々と遊ばせてもらおう。ふふふ。
「……バーナード君、何か変なこと考えてないでしょうね?」
「ははは、変なことって心外ですね。大丈夫ですよ」
「いや、大丈夫かどうかっていうのは聞いてないはずだけど?」
おっと、勢い余ったかな?
「最高の物を作りましょうね!」
「え、ええ、そうなると嬉しいわね」
はて? 先程までわりと前のめりだったはずのシェリルさんだったが、何故か今は表現が控えめになっている。
その後はしばらく会話は生まれなかった。何度か話題を振っては見たものの、その後が続かないのだ。シェリルさんの持つ貴重な素材の数々が頭から離れず、錬金術の話ばかりしたのがダメだったかもしれない。
シェリルさんが持つ近代錬金術の知識も確かに増えてはきたが、まだ実用の域には達していないということなのだろう。僕の生徒たちとは違い、他にやるべき事が山積みなので仕方がないと理解はしているが、若干物足りなさを感じてしまう。
「そういえば、シェリルさんはこの後、探索者ギルドで用事があるんですか?」
「いえ、特に無いわ。バーナード君を送り届けるだけよ。その後は屋敷に戻るわ。でも、どうして?」
そう言ってシェリルさんは不思議そうな表情を浮かべる。
「それじゃあ、僕も屋敷まで行ってもいいですか? 先程依頼のあった美容魔道具や調理魔道具に関して、色々話を聞いておきたいので」
「それは良いわね。確かに今日なら時間が取れるから助かるわ。バーナードくんは大丈夫なの?」
「僕は大丈夫ですよ。今日は一日特に用事はありませんから。多少遅くなっても問題ないです」
すると、シェリルさんが少し考え込む素振りを見せる。それから少ししてから口を開いた。
「そういうことなら、今日一気に話を詰めちゃいましょうか。時間が遅くなっちゃったら美味しい食事をごちそうするわ」
「おお、良いですね。美味しい料理を期待してます」
「でも、そうなるとアリスちゃんに悪いわね」
「ああ、アリスのの予定はそれほど遅くまでかからないって言ってましたし、用事が終わったら屋敷まで来てくれるように連絡を入れておきますよ」
そう言いながら、モノクル越しに表示されるメニューを操作して、アリスへとメッセージを入れる。幸いなことに、アリスの用事も早めに終わってしまったようで、出先からそのままシェリルさんの屋敷へと向かうとのことだった。
「――だそうですよ」
「どこにいても連絡取れるってものすごく便利よね。私達も使えれば良いのに」
「前にも言いましたが、特別な技術が使われていますからね。現時点での量産は難しいので、しばらくは今渡している据え置き型のもので我慢してもらうしか無いかな」
これは嘘でも何でも無い。移動体通信に関しては基幹部分にセントラルが介在しているので、現時点での技術公開は一切考えてはいない。そのうち、一部機能だけに絞った廉価版を作るつもりなので、それまでは我慢してもらう。問題はその優先度の低さかな。
馬車がシェリルさんの屋敷に到着する。御者によって止められた馬車から降りると、見慣れた屋敷が目の前に広がる。そして、僕達を出迎えた執事の隣にはもっと見慣れた人物が控えている。……アリスだ。
「バーナード様、お疲れ様でした」
「お疲れ様、早かったね」
「はい、急いで走ってきましたから」
そうやって、にこやかに言い放つアリスだが、一体どれほどの速度で走ってきたのだろうか? 連絡した時には結構遠くにいたはずなのだが。
「さ、二人共、中に入りましょ」
「あ、はい」
「はい!」
僕が考え込みそうになったからなのか、シェリルさんが中に入るように促してくる。まあ、今この場所で掘り下げるような話題ではないのは確かだ。なので促されるままに移動を始めることにする。
移動の最中から既に、シェリルさんとアリスが楽しそうに会話を始めてしまった。もちろん内容は物件に関しての話しがほとんどである。シェリルさんも話したいことが溜まっていたのか、アリスと合流したことで待ちきれなくなってしまったのかもしれない。決して僕との会話がつまらなかったわけではない。
シェリルさんとしては、やはり厨房に関するこだわりを強く持っているようで、矢継ぎ早にアリスへと質問を投げかけている。対するアリスも、自身がこだわりを持って考えた物を褒められることが嬉しいのだろう。にこやかに返答を返していた。
そんなわけで、応接室に移動してからもしばらくその会話は続く。途中からは調理魔道具の話になったので僕も会話に混ざり、色々なことが議論されることとなった。とても有意義な時間だったと思う。
――数日後、シェリルさんからこんな言葉をもらうこととなった。
「次からは、もう少ーしだけ加減してもらえると助かるかな?」
……ほんの少しだけ貴重な素材を使いすぎたが大丈夫、後悔はしていない。ちょっと、周辺の魔力が渦巻いただけだ。




