何という無駄遣いだろうか
ファエルの言うとおり、確かにセントラルの解析でも同じ結果となった。ということはつまり、目の前の立派な建物は強度面で欠陥を抱えていることになる。これは大問題だ。
だが、僕としてはそれよりも大きな驚きを禁じえない。ファエルは見ればわかる、と言った。事実、強度不足であることがわかったわけだが、それが何故わかったのかがわからない。
……もしかしたらホムンクルス達は、自身の興味領域に関して、特異な能力を発揮するのかもしれない。これまでは気が付かなかったが――いや。一つだけだが、特異な能力に気が付けたかもしれない事例があった。
「……ブリジットの食欲、か」
「へ、なんで今ブリジットの名前が出てくるんだ?」
「え?」
ファエルの言葉に思考から引き戻される。慌てて隣を向くとファエルが不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「あ、ごめんごめん。こっちの話」
「ふ~ん、変なアニキ。それよりもさ――」
ちょっと不自然な言い訳だったが、ファエルは物件に関する話がしたいようで、それほど気にする様子はなかった。そこからしばらくファエルと会話をしたのだが、どうしてもブリジットの異常とも言える食欲のことを考え込んでしまい、あまり何を話したかは覚えていない。
「よ~し、それじゃあ行ってくる!」
「え、どこへ!?」
次に気が付いた時には、ファエルがものすごくやる気を出して駆けていってしまった直後だった。……何を話したかまったく覚えていないが、どうやら僕はファエルのやる気に火を付けるような受け答えをしてしまったようだ。
「あ、ちょっと待って!」
慌ててファエルを呼ぶが、時既に遅し。駆けていったファエルは、そのまま現場の奥へ一直線、責任者らしき男性の元たどり着いて、何やらやり取りを始めてしまった。僕もファエルを追いかけたかったのだが、ファエルのように現場を一直線に横切るわけにもいかず、少し遠回りをして反対側へと回ることにした。結果、僕がたどり着く頃には話がついてしまったようで、ファエルと現場の責任者は互いに嬉しそうな顔で現場に檄を飛ばしていた。
「えっと、一体なにがどうなったの?」
「お、アニキがやっと来てくれた。これ今から建て直すことになったから」
「は!?」
重ね重ね、驚きの展開に頭がついていかないが、隣の責任者らしき男性がファエルの言葉を否定しない所を見ると、恐らくは本気でそのような話になってしまったのだろうと思われた。そんな僕の様子をお構いなしとばかりに、ついには隣の男性も話に混ざってきた。
「おお、お兄さんですか! この度は助かりました。実は以前から、手を抜く作業員がいて困っていたのですよ。私もなるべく目は光らせていたのですが、足りていなかったようです」
「そ、そうですか。お役に立てたようで何よりです」
「はい、それはもう! それに、聞けばこの物件に住む予定の方だと。最高の物件に仕上がるように誠心誠意努力させていただきますよ!」
……確かに、シェリルさんからは好きにいじって良いとは言われていたし、ファエルにもそう伝えてしまった。
でも、今すぐかよ!?
「――という事になってしまいまして。ははは」
「へえ、そうなんだ」
先日のやり取りを説明しながら、シェリルさんに向けて笑みを向ける。どうしても乾いたような笑みになってしまうのは仕方がないことだろう。だって、先程からシェリルさんはずっと微笑んではいるのだが、決して目は笑っていないのだ。
途中、そのことに気がついたので、手抜き工事があった件は上手く誤魔化す方向に変更した程だ。多分、それを話したらあの責任者のクビが飛ぶ。それも文字通り。いや、こんがりローストされる可能性のほうが高いか?
彼はファエルと意気投合したところもあり、割と見どころはありそうだった。それに数日間の突貫工事にも嫌な顔ひとつせずに挑み、見事に完遂してくれた。ファエルの力が大きかったのは確かだが、十分な仕事をしてくれたと思う。
ファエルのためにも、ここは僕が一肌脱いで上手くヘイトコントロールをするべきだろう。それもあって、全ての意識はこちらに向かうこととなってしまったわけだが。……大丈夫、後悔はしていない。
先程から魔術をキャンセルしまくっているので、シェリルさんの周辺は濃密な魔力が渦巻いているが、今のところは大事無いので、きっと大丈夫だ。
しばらく冷戦が続くこととなったが、ようやくシェリルさんも気持ちが落ち着いてきたのか、大きくため息をついた。
「……はあ、まあ良いわ。今日は勘弁してあげる。初期案の完成は見たかったけど、この調子じゃどうせ数日後にはこうなってただろうし」
「何か、すみません」
「全然悪いと思っていないでしょ?」
ようやくシェリルさんから妥協の言葉をいただくことができたので、ひとまず形式的にだけでも謝罪の言葉を述べたが、すぐにバレてしまった。シェリルさんのジト目が突き刺さるようだ。
僕も笑って誤魔化していると、先程まで怒っていたシェリルさんが何かを思いついたような仕草を見せると、一転笑みを浮かべた。……なんだろう、これはこれで嫌な予感がする。
「その代わり、ひとつだけお願いを聞いてもらえないかしら」
「前向きに善処させていただきます」
「なんだろう、とても後ろ向きに聞こえるわ。そんなはず無いわね。ね?」
その言葉とともにシェリルさんの微笑みが一層深まった。できれば煙に巻きたかったがダメなようだ。仕方がないので聞くだけは聞いてみるしか無いか……。
「そんなに警戒しなくても大丈夫よ。実は今欲しいものがあるのよ」
「欲しいもの、ですか? 僕なんかに頼らなくてもシェリルさんなら手に入るんじゃないですか?」
「その顔はわかった顔ね」
指摘の通り、なんとなくシェリルさんが言わんとしている事は理解できた。普通に考えれば、シェリルさんの権限があればたいがいのものは手に入ることだろう。にも関わらず、僕に頼むということは概ね一つの結論にたどり着く。それは――。
「近代魔道具、ですよね」
「正解!」
「……それで、どんな物ですか?」
シェリルさんが嬉しそうに胸の前で手をたたく。まあ、これまでもシェリルさんには幾つもの近代魔道具を提供している。ただし、要望をそのまま受けるわけではなく、提供可能なものは一応こちらで吟味はさせてもらうことになっている。このタイミングで言うということは、普段なら断る魔道具である可能性が高い。
若干、心配になりつつもシェリルさんを促して、先の言葉を待つ。物によっては断らなければならない場合もある。
「それは……」
喉を鳴らす音が耳に入る。無意識ではあったが、僕が鳴らしたもので間違いない。
「私専用のスキンケア用品よ!」
シェリルさんが、腰に手を当ててそう言い放つ。その際、一瞬時間が止まってしまったかのように幻視した。
……なんだろう、ものすごく残念な流れになってしまったような気がする。
「先日、炭酸水を使った美容液をお渡ししたように記憶しているんですが?」
「そう、あれ最高よ! 最高なんだけどね……もう無いのよ」
「え、もうですか?」
それなりの量を渡したので、そう簡単に無くなるものではないはずだが、何か使い方を間違えでもしたのだろうか? 一転悲しそうな表情を見せるシェリルさんだったが、その理由はすぐに明らかになった。
何でも美容液を試したところ、すぐにその効果を実感できるほどだったらしい。あまりに嬉しかったので、ぽろっと周りに情報を漏らしてしまったのだそうな。――そして悲しい事件はその翌日に起こることとなった。
その話を聞きつけた、とあるやんごとない身分の方が、シェリルさんの元を訪れたのだ。事前に予告の無い来訪に、当然シェリルさんは驚くことになる。そして、いくつかのやり取りが行われ、結果的に美容液は献上されることになったとさ、ちゃんちゃん。
……それだけのために、宮廷魔術師団に転移魔術まで使わせるとか、何という無駄遣いだろうか。




