こんなもん一目見ればわかるよ
ファエルと一緒に工事現場を訪れてから数日後、自宅で朝食を食べている最中にシェリルさんから連絡が入った。何でも、引っ越し先の建物が完成したとのことである。僕が思っていたよりも随分と早く完成した事に、若干ではあるが驚きを覚えてしまった。恐らく工事の担当者達が頑張ってくれたおかげなのだろうとは思うが、正直頭が下がる思いだ。
ここ数日は新しい家に関する事を、ファエルやアリス達と一緒に色々と考えていた事もあり、非常に待ち遠しくはあったので、結果として早く出来上がったと言うのは大歓迎である。
そんな訳で、今は探索者ギルドに向かって歩いている最中だったりする。当初はシェリルさんが迎えの馬車をこちらまで寄越すと言っていたのだが、そこは丁重にお断りさせてもらった。シェリルさんが来訪する為ならともかく、それ以外の理由で豪華な馬車を乗り付けないで欲しい。
天獄塔に近づくにつれ、探索者を見かける頻度は上がってくる。基本的には朝から探索に出る人達が多いので、今日もいつものように天獄塔へと向かう者達でごった返している。普段ならアリスと歩く道なのでそれほど気にもしないのだが、今日は一人で行動しているので、自然といつもよりも他の探索者達の表情が目に入る。
塔を降りてすぐの頃よりも、探索者達の表情が明るく感じる。やはりポーション等の供給量も増えてきた事もあって、命の危険が緩和されたことが一番大きな理由だろうと思われる。
そんな中、他の探索者達と同じように探索者ギルドの事務所へと入り、他の探索者とは異なり、無人の受付へと足を運ぶ。
「バーナード様、お待ちしておりました」
「ああ、話が早くて助かります」
僕の行動があまり不自然にならないように気を使っているのか、受付にたどり着くタイミングには、既に職員が立っていた。恐らく、探索者ギルド事務所に入った時点で何かしらの魔術で認識されているということなのだろう。若干怖さを感じなくもないが、別にこちらが悪いことをしているわけでも無いし、何かを企んでいるわけでもない。利便性が上がる程度なら受け入れても何ら問題はない。
「それではこちらへどうぞ」
職員に促されるままにすぐ近くの扉へと移動する。この一番端の受付を指定していたのはこの為なのだろう。基本的に探索者達の意識は、掲示板や天獄塔に向いている。端っこの受付で多少の動きがあったとしても誰の目にもとまるものではない。
職員の手際も良く、以前と同じように事務所に備えられた馬車乗り場まで案内される。建物を出ると既に馬車が停まっていた。ただ、いつもとは異なる情報が視界に入ったことで、自然と口が開く。
「……変わった馬車ですね」
「はい、領主様からの指示で手配されたものとなります。それではご乗車ください」
違和感があるかないかで言えば、もちろん違和感がある。ただ、シェリルさんが用意したものであれば、そこには当然理由がある。このまま職員に確認しようかとも思ったが、よくよく考えればシェリルさんに直接聞けば良い話だ。この職員も聞かれても困るだけだろう。
「意外と早かったわね。あれ、アリスちゃんは?」
「色々とやっておきたいことがあるみたいで、残念がっていましたよ」
「そっか、そういうことなら仕方ないわね」
馬車に乗ると、既にシェリルさんが待っていた。この人は本当にフットワークが軽い。
アリスがいないことでシェリルさんは少々残念がってはいた。しかし、予定を変えるわけにもいかないようだった。ひとまずは僕が到着したことで、シェリルさんから指示が出され、馬車は移動を始める。
少し移動した辺りで、シェリルさんに先程の疑問をぶつけることにする。一瞬忘れかけていたが、外の景色を見ようと思ったことで思い出した。
「それで、どうして馬車の外が見れないようになっているんですか?」
「それは当然、到着して馬車を下りるまでは建物が見れないようにするために決まってるじゃない」
そう言って、シェリルさんは自信ありげに笑みを浮かべる。シェリルさん曰く、今回は物件へと移動する為に特殊な馬車を引っ張り出してきたらしい。その理由は今しがたシェリルさんの口から直接語られたわけだが、僕としてはその行為自体にそれほどの意味を感じることは無かった。
まあ、恐らくはお約束的な何かなのだろう。
僕自身、数日前には実際に現地を訪れており、施工中の建物をこの目でしっかりと見ている訳で、その際にファエルを交えて現場の責任者とも話している。この数日間に特別大きな変化が起きていない限りは、外観から新しい情報は得られないだろう。
移動中は、馬車の外部から得られる情報が制限されているため、会話は主に探索に関するものが多くなった。中でも第十九層の情報に関しては、非常に前のめりになっていたように思える。やはり女性としては、美容に関する情報には人並み以上に興味を抱くようだ。
しばらく話し込んでいると、車輪から伝わる揺れに変化が起こる。それを契機に会話は一旦終わることとなった。
「目的地に着いたみたいね。馬車から降りたら目の前に見えたものがバーナード君達が住むことになる家よ。きっと気に入ってもらえると思うわ。とはいっても、私も完成したものを見るのはこれが初めてなんだけどね」
「あれ、てっきりシェリルさんは既に見ているものだと思っていました」
僕が驚きの声を上げたことで、シェリルさんが少しだけ申し訳なさそうな顔を見せる。
「できれば、途中もきちんと見たかったんだけどね。さすがに毎日が忙しすぎて、その辺りは下の者に任せていたわ。でも、間取りとかは私の意見も入っているから」
「まあ、確かにこの錬金都市は今、最高責任者である領主様がいち探索者の家に、多くの時間を割いている場合ではないですしね」
「う、もう少しやさしい表現をお願いしたいところだけど、間違えてはいないわ。さ、時間もあまりないから早く降りて」
シェリルさんが軽い笑みを浮かべて急かし始める。仕方がないので、急かされるままに馬車を下りようとすると、一つの建物が目に入る。その建物は僕が想像していた通りのものであり、洗練された外観は周囲の建物と比べて見ても、その完成度たるや雲泥の差が付いていると断言できる。……この短期間でここまで仕上げるなんて、さすがだな。
「素敵な建物ですね」
「でしょう。まだ完成予想の建築模型しか見てないけど、結構良いと思ってるわ」
「特にこの落ち着いた薄いブルーが良いですね」
「そうね、この……ごめんなさい。今何色って言った? 私の記憶では白亜色だったはずだけど?」
「あ、それは以前のデザインですね。先日見に来た時に色々あって変わったんですよ」
僕の事を驚かせるつもりだったようだが、逆に驚かされる形になったシェリルさんに、ここ数日の経緯に関する説明を始める。
話は先日、ファエルと一緒にこの場所を訪れた時にまで遡る。この建物をひと目見たファエルが、普段にも増してハイテンションで魅力を語り始めたのだが、その最後の最後に捨て置けない言葉を発したのだ。
「そこの柱と奥の柱。数本が手抜き工事じゃなかったらなあ」
「え、それはどういうこと? ぱっと見たところよく出来てると思うけど?」
あまりに自然に言い放ったので、一瞬聞き逃しそうになってしまったが、何とか反応することができた。しかし僕の疑問はファエルにとっては意外なものだったようで、それがバッチリ表情に現れていた。
「どうもこうも、こんなもん一目見ればわかるよ」
「いやいや、さすがにわからないよ。セントラル、この柱をスキャンして」
『かしこまりました。スキャンを開始します。――スキャンが完了しました』
セントラルから解析完了の報告と共に、モノクル越しに結果が表示される。そこに記されていた内容は《強度不足》だった。




