そんなのつまんねーじゃん
生気を失いかけていたブリジット達だったが、アリスによって用意された料理の数々を目の当たりにしたところ、瞬時に復活を遂げた。ファエルも多少の遅れはあったが、皆が座り食べ始める頃には回復していた。
「アリスちゃんの料理はいつも美味しいけど、今日は更にすっごく美味しいねえ。お兄ちゃんたちが頑張ったおかげだね」
「ああ、そうでしたね。お館様、第二十六層の踏破達成おめでとうございます」
ブリジットが舌鼓を打つ様子を見て、ディアナが思い出したようにそう言った。多少やっつけ感が無くもないが、ちゃんと二人共祝ってくれているようだ。言葉の端々が嬉しそうに聞こえる。ファエルも食べながら、うんうんと嬉しそうに頷いている。
「うん、ありがとう。まあ、まだ先は長いけどね。一歩一歩堅実に、だね」
「はい、おまかせください。一歩一歩堅実に、ですね」
アリスも改めて気合を入れ直したようだ。ああ、改めてと言えば――。
「あ、そうそう。話は変わるけど引っ越すところが決まったよ」
「え、もう新しい家が決まったの? ボク達、こないだここに引っ越したばかりだよ?」
「ブリジット、食べながら喋るのはやめなさい」
ブリジットが口の中に料理を頬張りながら、疑問の声をあげる。その様子を見かねて、すかさずアリスが注意する。確かに行儀は悪いが、あれだけ口にものを入れているのに、きちんと聞き分けられるレベルで話すことができるのは、非常に特殊な技術だといえるだろう。
他の皆も意外そうには思っているように見える。だが反応を見る限りでは特段、引っ越しが嫌だというわけではないようだ。まあ、引っ越す度により快適な住居に移り住んでいるので、次の予定地に関してもひどくなることは無いという信頼があるのかもしれない。
「で、今度はどんな家になるんだい?」
「近いうちに建物が完成するらしいから、また確認しに行ってみるよ」
「え、わかんないのに決めちまったのか?」
「ああ、そう言われてみればそうだね」
どんな場所に住むことになるのかよりも、どんな建物かということが気になる辺りは、実にファエルらしい質問である。僕としては、シェリルさんが主導している以上は、ひどい建物になることは無いと思ってはいる。しかし、よくよく考えてみればファエルの言うようにどのような建物なのか? どのような間取りなのか? 確認しなければいけないことは多くある。
「まあ、気になる所があれば作り直しちゃえば良いんじゃないかな? それくらいなら問題ないみたいだし」
「おー、あたいはそっちのほうが良いなあ」
「はは、ファエルらしいね」
ファエルは僕に似て、物作りに対するこだわりが強い……ってあれ? よくよく考えてみればファエルにかぎらず、皆何かしら自分の興味領域に対するこだわりが強いな。親である僕に似たのか、それともホムンクルスの特徴だろうか? まあ、それは今はいいか。
「ファエルは明日忙しい?」
「いや、直近の仕事が一段落付いたから帰ってきたんだ。二、三日は暇だよ」
ファエルが腰に手を当てながら胸を張る。時間があるならちょうど良いかもしれないな。
「ファエルは、もう少しきちんと家に帰ってきなさい。いつもバーナード様が心配していますよ」
「う、わかってるけど仕事が盛り上がるとつい、ね」
「もう、仕方ない子ね」
バツが悪そうに頭を掻きながら話してはいるが、ファエルのことだ、まず改善は期待できないだろう。
アリスもそれがわかっているので、僕が心配しているなどと言っているのだろう。実際は皆の事は信用しているので、それほど心配していない事を知っている。まあ、勢いというやつだろう。なんとなく姉というより母みたいな位置づけになってきているような気がしなくもない。
「ははは、気をつけるようにはするよ。で、アニキ。予定を聞くってことは、明日は何かあるのか?」
「ファエルが良ければだけど、明日引越し先の建物を見に行かない?」
「お、いいねえ。もちろん行くよ!」
そう言って、ファエルは満面の笑みを浮かべながら肉を頬張る。食べ物よりも土木建築に興味がある女性というのは、若干その将来が心配になってしまうところだ。とはいえ、僕自身が人のことは言えないので、その心配は心の中だけに留めておこうと思う。
翌日、朝食をとった後に紅茶を飲んで一休みしていたのだが、どうもあまり心が落ち着かない。理由は言わずもがなであろうか。先程からファエルの非常にわかりやすく待ち遠しそうな目に幾度となくさらされている事もあり、紅茶の風味にすら意識が行かない。
「ファエル、そんなに慌てなくても建物は逃げたりしないよ?」
「はは、それはわかってるけど、どうにも楽しみで落ち着かないんだよ」
そうやって話している間にも、ファエルはソワソワとしてしまっている。その様子を見ると待たせていることが少々申し訳なく思う錯覚に陥ってしまう。紅茶を一口くちに含み、テーブルへティーカップを戻してから一つため息をつく。
「仕方がないなあ、それじゃあそろそろ出かけようかな。ちょっと時間は早い気はするけど、別に誰かと待ち合わせてるわけでもないから良いか」
「よし、待ってました! ほら、行こうぜ!」
「あ、ちょ、ちょっと待って。この紅茶くらいは飲ませて!」
僕の気が変わらないうちに家を出ようとしているのか、問答無用で手を引っ張られて席を立たされてしまった。抵抗をしようと試みたが、既にティーカップには手が届かないので、諦めて身を委ねることにした。
そのままファエルに引っ張られることしばらく、人通りの多い大通りまで出た辺りで、ようやくファエルの足が止まる。
「どうしたの?」
実はファエルが足を止めた理由は大体予想がついている。ただ、紅茶を最後まで飲ませてもらえなかった事に対する、ちょっとした意地悪と念のための確認をしているに過ぎない。そのまま言葉を続けずにファエルの反応を待つ。
「あ、いや、場所を聞いてなかったなーって」
「まあ、聞かれなかったしね。でも、迷いなく引っ張るから、もしかしたら特殊な力でわかったのかなって」
「うう、ごめん」
謝りながら、ファエルが目に見えて申し訳なさそうにしている。……ちょっと意地悪だったかも知れないな。仕方がないのできちんと冗談にするために、普段よりも意識して笑顔を作る。
「それじゃあ、改めて目的地に向かいますか」
「へへ、それで場所は?」
「えっと、反対方向」
「うう、ごめん」
……ダメだったようだ。
しばらくゆっくりと歩きながら、ファエルを元気づけつつ目的地へと向かう。その成果もあってか、ファエルの様子も平常運転に戻りつつあった。
「そっか、前にアニキと一緒に土地を固めた所の近くか」
「一応、学園の敷地内に建築中らしいよ。細かい場所は聞いていないけど、利便性は考えてるって言ってた」
「へえ、やっぱり建物も利便性を考えて凝ってるのかな?」
何やらファエルの中でイメージが膨らんでいっているようだ。とはいえ、ファエルのレベルで理想を膨らませすぎると、実物を見た際にガッカリしてしまう可能性も無くはない。念のため釘を差しておくべきだろうか?
「んー、どうかなあ。学園全体の景観にはテーマもあるだろうし、堅実な作りになってるんじゃないかな」
「えー、そんなのつまんねーじゃん」
僕は住みやすくて研究しやすければ、それで構わないのだが、ファエル的には堅実過ぎる物は気に入らないようだ。まあ確かに、魔道具で考えてみると、あまり堅実過ぎず遊びがあったほうが楽しいのは確かだ。
「まあ、政治的な事もあって居住区域を限定される代わりに、昨日も言ったけど建物はある程度は好きにいじっても良いらしいよ」
そう言った瞬間、ファエルの瞳の奥に何かが灯ったような気がした。あ、流れ的にもっと後に言うべきだったかな?




