お盛んですね、と
シェリルさんの名前が出たことで、エリーシャとジークが少し考える素振りを見せる。動きがシンクロしていたので一瞬笑いそうになってしまったのはご愛嬌。
「あの領主様の斡旋ねえ。孤児院への支援とかの話もあるし、悪い人じゃないのはわかってるけど、ちょっと裏がありそうに思っちゃうわね」
場所が近代錬金術の学園敷地内なので、エリーシャの言うように向こうの都合も十二分に存在しているのはわかってはいる。とはいえ、向こうも、こちらに対してきちんと気を使ってくれている。特に機材を使わせてもらえるのは僕としても実に魅力的な条件である。敷地に余裕があるので大型の機材を設置することも可能だし、何より異界産の素材で機材を新調することができるのだ。むしろ願ったり叶ったりだ。
「さて、と。ちょっと話が脱線しちゃったけど。やらなければいけないことは終わったことだし、今回はこれで解散にしますか」
「そうね、今日は早めに帰って眠りたいわ」
エリーシャが疲れを隠せない様子で相槌をうつ。なるべく心配を掛けさせまいと振る舞っているものの、全てを隠すとまではいかないようだ。ジークも若干心配になってはきているようで、時折心配そうな表情を作り、エリーシャの事を見ていた。
皆と分かれて家路につく。といいつつも途中、少しだけ寄り道をして、食材の買い出しへと向かう事になった。
「今日は探索明けなので、滋養の付くものを作りますね」
皆に対して疲労を過小表現していたエリーシャ様子を見たせいか、アリスがそう言って決めてしまった。普段は割りと僕の意見を求めがちなのだが、今日はアリスが自主的に言い出してくれた。僕としてはそれを尊重するべきだと思ったので、そのまま乗っかることにしたというわけである。
まあ、結論から言おう。その判断は失敗だったかもしれない。真剣な眼差しで幾つもの食材を目利きしているアリスを後ろから眺めながら思う。
若い男女が連れ立って買い物に行き、その先で滋養の付く食材を狙って選別する。売り子はこう思うだろう。お盛んですね、と。もちろん口に出して言うことは無い。しかし、少なくとも僕を見ている微笑ましい表情が雄弁に語っている。
正直なところ、アリスの手を引いて店を離れようかと、何度も思ったのだ。だが、先程思ったアリスの自主性への尊重を思えば悪手だろう。そして、それよりも店先から逃げなかった、その最も大きな理由は――「おやおや、彼氏は夜まで待てないのかい?」と思われてしまう可能性の回避だ。
ある意味で、探索よりも精神力を削られてしまった。何とか買い物は無事に終わり、アリスが嬉しそうに鼻歌を歌いながら僕の隣を歩いている。
購入した食材が普段よりもかなり多めに思えたので、何か大掛かりな料理でも行うのだろうか?
「アリスも疲れていると思うから、あまり無理はしないようにね」
「はい、もちろんです」
考える素振りも見せずに即答するアリス。本当にわかっているのか若干怪しくは思うが、確かにこれくらいでアリスが倒れるようなことはありえないだろう。特に最近のアリスは、以前にも増して楽しそうに調理を行っていることもあり、止める必要性は感じていないのでお互い様だろうか。
先程の疑問は家に帰るとすぐに解消されることとなった。
「ただい――」
「おっ帰りなさーい!」
「ま!?」
まず玄関の扉を空けるなり、勢い良く射出されるブリジット。さすがに避けるのはマズいか、と一瞬の思考がよぎり直撃を免れる事はできなかった。
苦悶の表情を浮かべながら中へと視線を向けると、ファエルが心配そうな顔をしている。一瞬その表情に騙されそうになったが、そのフォロースルーから察するに、君が投げたね?
「ファエルさんや、これは何事かな?」
「お、おかえりアニキ」
「これは一体、何事かな?」
僕の問いかけに対して、一旦は誤魔化そうと試みたファエルだったが、変わらぬ口調で問いかけると、ぎこちない笑顔がさらに引きつる。
「僕は別に怒っていないから、気にしなくていいよ。ただ、どうしてこうなったのかなあって思ってね」
「いや、目の奥が笑ってないけど?」
「話してくれるの? それとも話してくれないの?」
「はいはーい、それはボクが話すよ!」
ファエルに問いただしていると、何故か主犯格と思われるブリジットが手を上げて、嬉しそうに言い放った。ありがちな流れで言えば、ブリジットが取りそうな行動はてっきり逃げの一手かと思っていたので、少々驚いた。まあ、このあとの流れは概ね変わらないだろうが。
「ブリジットは偉いわね。それじゃあブリジット、ファエル、ちょっと向こうでオハナシしましょうか」
「え、ボクはお兄ちゃんと――」
「あ、あたいは良いよ。な?」
「良いから、向こうでオハナシしましょう」
割りと予想通り、静かな怒りを宿したアリスが会話をインターセプト、問答無用とばかりに二人の手を引いて奥の部屋に引っ張って行ってしまった。しばらく後には抜け殻のような二人を見ることができることだろう。
帰宅後に食事の準備を始める予定だったアリスだが、二人へのオハナシという想定外のタスクが割り込んでしまった。そういう訳で予定していなかった時間が空いてしまったので、リビングでゆっくり待たせてもらうことにする。
「あれ? シャーロットじゃないか。それにディアナまで」
「探索お疲れ様でした」
「お館様、お久しぶりにございます」
ドアを開けてリビングへと足を踏み入れると、珍しい事にシャーロットとディアナが並んでソファーに座ってのんびりとしていた。
シャーロットは近代錬金術を教えている都合上、わりと頻繁に家にも帰ってくる。しかし、ディアナはシェリルさんの配下として仕事をしている都合上、なかなかこの家へ訪れることはない。夜間の任務も多いらしいから仕方がないと思っている。
そのあたりを疑問に思っていると、僕の聞きたいことに関して予想がついているのか、ディアナが説明してくれた。
簡単に言ってしまえば、近いうちにとても忙しくなる予定があるので、今のうちに休んでおくようにシェリルさんから命じられているらしい。そんな中、探索終了の一報をアリスから受け取った事もあり、シャーロットを誘って帰ってきたということなのだそうな。……そう言えば、探索の精算を待っている最中に確認したところ、詳しくは聞いていないが忙しそうに何かの準備をしているようだった。
ディアナが言っていることは、恐らくこの話と関連しているということなのだろう。しかしシャーロットはおろか僕自身も何も聞いていない。となると近代錬金術絡みの話ではないということなのだろうか?
まあ、興味が全く無いと言えば嘘になるが、ディアナの話を聞く限りでは、近いうちに何かしらの動きがあるらしい。そのため、わざわざ突っ込んでまで話を聞く必要は無いだろう。本格的に知りたくなればシェリルさんに直接聞けば事は足りる。
しばらく二人と話していると、ドアがノックされた。アリスかな?
「お食事の準備が整いました」
「ありがとう。それじゃあ二人共ダイニングへ行こうか」
呼びかけてきたのは予想通りアリスだった。二人との話は途中ではあったが、一旦切り上げて移動を始める事にした。まあ、話自体は食事の際に話す事も十分に可能だし、そのほうが食事も進むというものだ。
リビングへから出ると、そこにはアリスが待っていた。そして、その後ろにはブリジットとファエルが覇気のない疲れた様子で控えていた。これは、相当こってりと絞られたようだ。




