無理でしょコレ
第二十六層の踏破に関する手続きを終えて、探索者ギルドの建物を出る。今回の手続きは前回とは異なり、いつもの流れで淡々と行われることとなった。探索者証を更新した瞬間だけ、窓口の職員の動きが固まったが、違和感と言えばそれくらいだった。
まあ、前回もシェリルさんに呼び出されはしたが、踏破の報告自体はあっさりしたものだった事を思えばそれほど不思議なことでもないか。シェリルさんが窓口にいれば、また違う結果になった可能性は高いが、どうも今日は忙しかったようで見かけることは無かった。
「ちっとばかし意外だったな。てっきりなんか美味えもん食わせてもらえるかと思ったんだが」
「それじゃあ今度会ったときにでも、ジークがそう言ってたって伝えておくよ。シェリルさんと二人っきりで食事かあ、間違えても地雷踏まないようにね。燃やされちゃうゾ」
「あ、いや。それは勘弁してくれマジで」
ジークがとてつもないレベルの失言だった事に気が付いたようで、両手を振って発言を無かったことにするよう懇願している。……冗談交じりの会話ではあるが、もしかしたら後日呼び出されて食事くらいは付き合わされることくらいはあるかもしれないかな。……あと、エリーシャがちょっぴり冷たい視線を向けているのだが、ジークは気が付いていないようだ。発言には気をつけよう。
探索者ギルドを出た後は、少し歩いた場所にある小奇麗な外観をしたカフェに入る事になった。店に入り端の方の席を確保して座る。実を言うと探索の打ち上げに、何処かお酒を飲める店に移動する話もあった。しかし、探索を終えたことで緊張が解けたのか、皆の顔には若干疲れの色が見えたこともあり、すぐに座れそうな店を見つけて入ることになった。周りの店に比べて若干単価が高いような気もするが、すぐに座れたという事実の方を評価するべきだろう。それに客足もそれなりのようで、高くても需要はあるということがわかる。
今回の探索で相当消耗しているようで、エリーシャは席に座るなり大きなため息をついていた。まあ、数日に渡り不調を強いられていたのだから、他の皆より疲れてしまったのも仕方がないだろう。あまり時間を掛けないで早めに切り上げたほうが良さそうだ。
皆が席についてから、ほんの少しだけ時間を置いてウェイトレスがテーブルにやってきた。大衆店では座って割りとすぐにオーダーの確認に来るが、ここはわざと少しだけ遅らせているようだ。急かすようなことをしない。客の間合いを見てサービスを提供しているということなのだろう。
手渡された木製のメニューには幾つものメニューが並んでいた。もうじき昼食の時間帯なのでちょうど良さそうではある。皆がメニューを見ながらオーダーを行うと、ウェイトレスは店の奥へと下がった。その様子を確認してから皆の方へ視線を戻す。
「さて、とりあえず料理が来る前に分配を終わらせますか。アリス」
「かしこまりました」
アリスへ指示を出すと、慣れた手つきで自身のアイテムポーチから幾つかのアイテムポーチを取り出してテーブルに並べた。いつの間に準備を終えていたのだろうか、先程換金したばかりのお金も分配済みであることを説明してくれた。
「早いね、いつの間に分けてたの?」
「アイテムポーチ内で分けておきました」
「え、そんなことができるの!?」
僕の質問にアリスが何事もないように言い放つと、マリナさんが驚いた様子で言葉を返す。……確かに僕も少し驚いた。後でやり方を教えてもらおうかな。
「簡単ですよ。例えばこの水差しとグラスを入れてから――はい」
そう言って、アリスがアイテムポーチから手を抜いて先程放り込んだグラスを順番に取り出した。
「凄え、ちゃんと水が注がれてるぜ!?」
「それもきちんと同じ分量よ」
そう、アリスが取り出したグラスにはきちんと水が注がれていたのだ。テーブルに並べたグラスの水位を見た皆が驚きの声を上げる。しかも最後に取り出した水差しは確かに水が減っていた。
「ちょ、ちょっと待って。えっと、こうやって――こうか? いや、無理でしょコレ」
アリスが簡単そうにやってみせた事もあり、僕も真似るようにやってみたが、上手くいく気配は全く無かった。それに続いて皆も続いて挑戦するが、誰ひとりとして成功することは無かった。かろうじてアイテムボックスを使ったマリナさんが水を注ぐことはできたが、分量はめちゃくちゃだ。
これは、上手く使えば何か面白いことができそうではあるが、ちょっと練習したからと言ってなんとかなるようなものでも無さそうだ。セントラルを介した近代魔道具への正確なアクセスができるホムンクルスならではなのかもしれない。
しばらく談笑をしていると、ウェイトレスが料理を給仕用のカートに積んで運んできた。皆もお腹が空いていたのか、先程までの疲れた様子は吹き飛んでしまったようだ。レストランのようにコース料理ではないが、ランチ用のセット料理が所狭しと並べられる。
配膳が終わり、並べられた料理を一口食べると皆一様に口数が少なくなった。そして食事がある程度進んだ後、マリナさんが少し嬉しそうにして口を開く。
「この店は初めて入るけど、なかなかの味ね。また今度来ようかしら」
「なかなか雰囲気も良いね」
「確かにそうですね」
マリナさんの意見には同意で、ちょっとした時に利用しやすいと思う。特に目覚めた頃とは違い、最近は懐事情も改善されている。実際、頻繁に利用しても問題ないくらいにはなっている。
「うーん、確かに美味えのは美味えんだが、この小洒落た感じは苦手だな。もっとうるせえ店のほうが楽だな」
「ふふ、確かにジークには合わなさそうね。もっと雑な店が良いかも」
しかし、ジークはあまり好きな系統の店ではないようだ。確かに普段利用であれば、エリーシャが言うようにジークはもう少し気を使わなくても良い店が合っているのだろう。
食事を終えると、サービスでコーヒーが提供された。突然頼んでもいないコーヒーが目の前に置かれたので、ウェイトレスに確認したところ初めての客にはこういったサービスをしているらしい。
アミルト近辺では紅茶が主流なので、コーヒー豆は多少手に入りにくいらしいということは僕も知ってはいる。とはいえ近代錬金術の復活により流通改革が起きたことで、以前よりも安価で手に入るようになったのだそうな。
コーヒー独特の香りが更にリラックスさせてくれたように感じる。口に含むと苦味よりも酸味が印象に残る。とはいえ強い酸味というわけではなく丸みのある酸味で非常に飲みやすい。
「結構好きな味かも、今度色々な豆を試してみたいね」
「かしこまりました。市場のおばさま達に面白い豆がないか聞いてみますね」
「うん、お願い」
アリスも口に含んだ時の香りが気に入ったようで、僕の提案に乗り気で返事をしてくれた。
「あ、それなら私も混ぜてほしいわ。結構、地方を旅してるから色々な豆を知ってるし」
「じゃあ、私も。確か教会に寄贈されている本にいくつか専門書があったわ」
「なんか、俺も参加しておいたほうが良い流れだな。まあ殆ど知らねえが、なかなかおもしろい味だな」
エリーシャとマリナさんも前のめりに参加表明をし始めてしまった。まあ、知識は多いに越したことはない。ジークも場の空気を読んだようで仲間はずれを避ることにしたようだ。
「それじゃあ、引っ越し終わって落ち着いたら、利き酒ならぬ利きコーヒーでもやろうか」
「ん、もう引っ越すのか?」
ジークが疑問の声を上げる。確かに前回の引っ越しからまだあまり日も経っていないから当然の反応か。
「あれ、言ってなかったっけ? 今の家も手狭になっちゃったから、シェリルさんに物件を斡旋してもらったんだ」




