僕の世界だ
古代エルフ・族長の正確な居場所は特定できないが、古代エルフ・エリートは全員反応が確認できる。周囲に気を配りつつモノクル上の反応を見るが、残念ながらこちらへ向かっている個体は存在しなかった。
仕方がないので、当初に予定していた通り、皆よりも先に古代エルフ・族長がいるであろう場所へとたどり着くために速度を上げた。どちらかと言えば一人を選んだ理由はここにある。
飛び出した瞬間に、こちらへ矢が飛んでくる事を想定して、月詠を構えた状態で広場に出た。その瞬間――。
「やっぱり、ね!」
月詠を振り、目の前に迫る黒い矢を切り飛ばす。こいつらに学習能力というものは無いのかもしれないな。
なんとなくこうなる予感がしていたこともあり、皆よりも先に到達する必要があった。アリスならともかく他の皆では初見で避けることは難しいかもしれないからだ。ジークはなんだかんだで感が鋭いので、武器を使って受けてしのぎそうだが、マリナさんや感覚が鈍っているエリーシャでは無理な気がする。
そのまま距離を詰めて足元を薙ぐように振りかぶる。古代エルフ・族長は慌てること無く飛び上がる。そのまま数回斬りつけるものの、弓のしなりを利用して受け流されてしまった。おもったより随分と丈夫な素材でできているのだろうか。
攻めながらそのようなことを考えて、再び足元を狙う方向に切り替え斜め下へと斬りかかる。しかし、古代エルフ・族長はそれを読んでいたのか、宙返りしながら大きく飛び上がり、僕から視線を外して弓を構えた。……ジーク達が来たか。
「そうはさせないよ!」
体を無理やり捻りながら、振り抜いた月詠を地面で跳ねるように切り返して、斜め上方向へと一気に振り抜く。この勢いで切り返しがくることに驚いたのか、古代エルフ・族長は番えた矢から手を放して後ろへ体を反らす事でそれを回避した。……だけど。
「これでもう弓は使えない」
僕がそう語りかけるが、古代エルフ・族長が忌々しそうにこちらを睨みつけるだけで、言葉を発することは無かった。古代エルフ・族長は後ろに大きく飛び退き、壊れた弓を捨て腰の短剣を抜いた。……相変わらず喋ることはないか。
「バーナード、大丈夫か!」
「途中には襲ってこなかったわ。ちょっと警戒しすぎたかしら」
「いや、問題ないよ」
こちらに声を掛けながら、ジークとエリーシャが広場へと駆け込んできた。モノクル上の反応から動向は掴めているので、それほど驚きはない。今しがた、少しの間だけモノクルの反応から目を離したが、その際に意外な行動をした様子もないので問題はないだろう。
「アリスたちも、じきに到着すると思う」
正確には一体の古代エルフ・エリートと遭遇したようだが、二人がきれいな連携を見せたのか、既に反応が一つ消えている。そしてそれから程なくして、アリスとマリナさんが広場へと到着した。遠目にだが、二人が傷を負っていない事を確認し、小さく安堵のため息をつく。
さて、と。
目の前で古代エルフ・族長が短剣を構えている。非常に洗練された構えであり、ぱっとみた限りでは隙は見当たらない。まあ、第二十六層のガーディアンなので、当然といえば当然ではある。問題はいかにして隙を作り出すか、である。
そして、周囲の森で動き回っている古代エルフ・エリート達がこの場所に集まってくるのも間もなくだろう。少なくとも二体は既に視界の端に見えているし、他の二体は素早い動きでこちらに移動している。ただ、森の中から出てくることは無いようで、こちらの様子を窺っているだけだ。森まで少しだけ離れているのが幸いしているのだろうか?
「それじゃあ、さっさと片付けますか!」
「かしこまりました」
僕の号令にいち早くアリスが答える。そして皆が動き出そうとした瞬間、古代エルフ・族長の口元が釣り上がる。そして気持ちの悪い笑みを浮かべたその瞬間――。
「って、そう来たか!」
「な、なんだこりゃあ!?」
皆が驚きの声を上げる。それも仕方がないことだろう。古代エルフ・族長が妙な笑みを見せた直後、広場のいたるところの地面が盛り上がり、大量の木々が生えてきたのだ。第二十五層の青龍が見せたものと比べれば大したことはないが、相当な力が感じられる。そして、急に生えてきた木々のせいで一瞬、古代エルフ・族長の姿が視界から消えてしまう。……見失ったか。
「バーナード君!」
少し慌てた様子でエリーシャが声を上げる。周囲が森に飲み込まれてしまったことで、エリーシャの状態が更に悪化してしまったのだろう。既にあの適当にでっち上げたお守りで、ごまかせるレベルを越えてしまっているのかもしれない。今の状態で毒や麻痺などの攻撃を受けてしまえばひとたまりもないだろう。
そして、先程まではこちらの様子を窺うだけで、これといった動きを見せていなかった古代エルフ・エリート達も、同時に動き始めたようだ。特に、今遅れて到着したはずの二体はその勢いのまま、大きく侵食した木々に飛び移ろうとしている様が視界の端に見て取れた。一気に決めにかかるつもりか!?
「バーナード、大丈夫か!?」
しかし僕としても、こういった出来事が起こることを、まったく予想していなかったわけではない。むしろ戦場全体が森に飲み込まれることを想定して、近代魔道具の準備を行ってきたのだ。
「大丈夫、想定の範囲内だよ」
皆を安心させるように落ち着いたトーンで返事を返す。それとは対照的に手早くアイテムポーチから球状の物体を取り出して、そのまま上へと放り投げた。
その見た目はテントの中で使っている照明に似ているが、それとはまったく機能は異なっている。
「君たちの世界はここでおしまい。ここからは僕の世界だ」
上空に放り投げた球体が、そのまま上空で停止する。そして、球体の周囲を半透明の障壁が取り囲んだ。
「おお、格好いいじゃねえか!」
ジークから驚きの声が漏れる。突入前にある程度の説明はしたが、言葉だけですべてを説明しきれるものではない。慣れないことが起きれば、この様な反応があることも仕方がないことだろう。
球体を中心にして力場が広がるとともに、状況に変化が起きた。先程まで大量に生えていた草木は嘘のように綺麗さっぱり消え失せて、辺りは草原へと切り替わっていく。そう、これは魔曲が起こす現象と同じものである。人間の可聴域に無いので魔曲のように音楽は聞こえないが、鳴り響く音には確かに魔力が乗っている。
――この第二十六層を探索したその夜のこと。いつものように研究を行っていたのだが、やはり気になったのはこの森のことだった。本来であれば、森の加護を得られるはずのエリーシャが、この森ではまったく加護を受けることが出来なかった。先のことを考えた場合、確実にこの森は邪魔になることが予想された。
そこで考えたのが、ここ最近良く敵味方関係無く行使されていた、魔術と音楽の発展技術である魔曲だ。
実は魔曲の原理自体は既にセントラルによって解析が終わっていたのだが、他に優先しなければならないことが多かったために後回しになっていしまっていた。
閑話休題、生い茂っていた草木が突然消失したことで、枝から枝へと高所を飛んでいた古代エルフ・エリートは盛大に空振りをして中空へと放り出されることになるわけで……。
「マリナさん! エリーシャ!」
「了解、任せて!」
「風の精霊よ力を貸して!」
僕の合図を受けて、マリナさんとエリーシャが放り出された古代エルフ・エリートを狙い撃った。あまり射撃が得意ではないマリナさんも避けられない的は外すようなことは無かったようだ。二人の攻撃に撃ち抜かれた二体はその勢いのまま、離れた地面に激突し動きを止めた。
さあ、残りは古代エルフ・族長と古代エルフ・エリートが二体。一気に形勢逆転と言ったところだろうか。いや、もう終わりかな。
苦悶の表情を浮かべる敵を尻目に、アイテムポーチから小型の箱を取り出す。そして箱の蓋を開いて魔力を込めて起動した。




