”偽”ね
視界に現れたのは、少し短めの槍を持った古代エルフもどきだった。しかし、その身につけている民族衣装のような出で立ちは少し素材の質が高そうに見えた。いくつか装飾もされており、宝石も確認できた。
《古代エルフ・エリート》
モノクル越しに表示された名前からもわかるように、その体躯はこれまでに遭遇した古代エルフもどきとは一線を画するレベルに見えた。さすがにガーディアンである族長には及ばないだろうが、森の加護を踏まえると軽視できる相手では無さそうだ。
そんな古代エルフ・エリートが疾走する様を、足元に見ながら駆け抜けてスルーする。
一瞬、数を減らすために正面からなぎ倒してから退避しようかとも思ったが、どうせ領域の外へ出てしまえばそれも無かったことになってしまう。それに無駄な労力を割いて後ろから古代エルフ・族長に追いつかれてしまっては、余計に面倒なことになってしまう。
そのため咄嗟に足場を作って高所を駆けたのだが、古代エルフ・エリートは僕の気配に気づくことはできなかったようだ。ひとまずこちらの気配に気が付くことができたのは、古代エルフ・族長だけと考えても良さそうである。
下に降りる時間ももったいないので、そのまま高所を駆けて領域の外へと抜け出た。領域から外へ出たすぐ後、モノクル上に表示されていた古代エルフ・エリートの反応が消失した。状況から考えると、予想されるのは領域に入った人数に合わせて、古代エルフ・エリートが湧いてしまうということなのだろうか?
その場合は、常にガーディアン側が数に勝るということになる。これは戦い方を考えなければならないだろう。
少しの間、考えを巡らせてから、皆の意見を聞こうと周りを見たが、そこには皆の姿は無かった。……ここは高所だったことを思い出して、若干恥ずかしい思いをしてしまった。
下を見下ろせば、未だに心配そうな様子でガーディアンの領域を見ている皆の姿が目に入る。足場を作りながら階段を回って下りるようにして地上へと戻った。
「いやあ、ちょっとビックリしたよ」
「うおおぉぉ、敵か!? ……って、誰もいない?」
ジークが出した大声のせいで皆が一斉にこちらを振り返った。その手には見事に武器が収まっている。咄嗟にこの動きができるのは良いことだが、武器を向けられてしまった事は、ちょっとだけ複雑な思いではある。
「あ、ごめんごめん。かくれんぼ君・改を身につけたままだったね」
「バーナード様!」
「ったく、びっくりさせんなよ」
かくれんぼ君・改を身に着けたままだったことを思い出し、姿を表しながら謝る。すると、僕の姿を確認したアリスが安堵の表情を見せた。その様子に気が抜けたのか、ジークも頭を掻き文句を言いながらも嬉しそうな顔を隠せないでいた。
……一人で見に行くという行為は思いの外、皆を心配させてしまうものなのかもしれない。そんな思いに若干反省をする。しかし、あの状況では偵察に複数人で入るのも悪手だっただろう。
ガーディアンの領域から少しだけ距離を置いて、皆で円になるように地面に座る。そして、アイテムポーチから未踏地域探索魔道具の親機を取り出して、皆の真ん中に置き起動した。
低い音をあげながら立体的な地形が表示される。表示範囲はガーディアンの領域に限定しているので、少しだけ拡大して表示をするように設定すると、目の前でより詳細な地形が表示された。
「ガーディアンはここにいたよ」
「それなりに広そうですね。どのような魔物でしたか?」
ガーディアンと遭遇した広場を指差して言うと、アリスが先を促すように声をあげた。
「うん。この第二十六層に入ってからとそれほど大きな差は無くて、ガーディアンの名称は古代エ――」
「”偽”ね」
「あー、えっと。ガーディアンは偽古代エルフ・族長。それとその取り巻きである古代エ――」
「”偽”ね」
「……取り巻きである、偽古代エルフ・エリートだったよ」
……ちょっと視線が怖いよ。でもエリーシャはそう言うけど、モノクル上に表示されている名称は確かに《古代エルフ》なのだから、これは仕方がないと思うんだ。もしかしたら、本当にこの古代エルフが進化の過程でエルフとダークエルフに変わっていったのかもしれないじゃないか。
この世界の生命を生み出したのが、最高神クローツである以上はそれくらいのイタズラは仕込んでいても何らおかしくはないと思う。……ただ今このタイミングで、それを声に出したらただでは済まなさそうなので、僕自身の心の奥にしまっておこうと思う。我ながら懸命な判断である。
「領域に侵入した人数と同数の偽古代エルフ・エリートが発生すると思われるから、今回のガーディアン戦は、今までとは異なって対複数戦力になるのは多分間違いないと思う」
「それも、この地形でってことよね?」
「そうだね、マリナさんの言うとおり、この敵に味方する戦場で戦わないといけない」
言葉を聞きながら皆が先程よりも、さらに神妙な面持ちで地形の映像に意識を向けた。それぞれがこれからの戦いをイメージしているのだろう。何しろ戦っている最中でも、どこから精霊魔術が飛んで来るかわからないのだ。
さらに言えば、古代エルフもどきはちょっとした心の隙を察知して、精霊魔術を行使してくる。目の前に見える敵だけに気を取られて、もしも囲まれるようなことになれば、間違いなく大きな被害を被ることになるだろう。そんな中エリーシャが苦々しそうに口を開いた。
「せめて、この森さえ何とかできれば楽になるのだけど」
「まあ、まったく手がないこともないよ」
「え、マジか!?」
「伐採するのは無しよ?」
「しないしない。こんな事もあろうかと思ってね、そのための準備もしてある。それは――」
一通りの話し合いを終えて、皆が領域を囲むように立つ。初めは先ほどと同じように一つの入口から入る事を想定していた。しかし、皆との話し合いの中で広場以外は全員で戦うには狭く、周囲の草木に紛れて側面から挟撃されて仕舞う可能性が予想された。
そこで一つの入口から侵入するのは最大二人。各ペアはジークとエリーシャ、アリスとマリナさん、そして僕は一人だ。少々アリスが食い下がったが、僕はかくれんぼ君・改を使うので、ガーディアン以外に脅威はないということを強調することで、我慢してもらった。
一時的に戦力が分散してしまうので、敵戦力が偏った場合は危険度が増してしまう。しかし、それほど広くない場所で挟撃される事を考えれば、敵を牽制しながら広場に向かい合流する事はそれほどおかしな話でもない。
モノクル上に表示されている皆の反応が指定の位置についたことを確認してから、目を閉じて一つ深呼吸をする。そしてゆっくりと目を開き、目の前の領域の入口を見る。
「それじゃあ、行くよ!」
掛け声と共に、領域へと足を踏み入れる。そしていつもとは異なり、そのまま領域を駆けはじめる。そして皆に渡した短距離通信用の魔道具が僕の声をしっかりと届けたのだろう。皆の反応も予定通りに領域内を駆けていた。
先ほどと同じように、領域の広場方面からガーディアンの雄叫びが聞こえてきた。そしてその声が一旦静まった直後、領域内に新たな反応が生まれる。その増加した人数は五人。やはりその辺りは予想通りである。木々の中に生まれた反応は様々な方向へと動き始めた。
できることならば皆と合流する前に数体を減らしておきたいところではある。そう思い、動き始めた古代エルフ・エリートが僕の前に現れることを祈りながら駆けた。




