名演技
最後の一体は距離を保ちつつ、こちらに向かって精霊魔術を行使している。何とか木々の影に隠れて機を窺おうとするも、森の草木が古代エルフもどきに協力するようにうごめき、きわどく射線が開かれてしまう。
恐らくは時間稼ぎの目的もあるのだろう。幸い近くには、これ以上の古代エルフもどきは見当たらないが、また気配を隠されている可能性もゼロではない。念のため耳を澄まして周りの音を注意深く気配を窺ったところ、しばらくは大丈夫そうであることがわかった。
とはいえ、このままこちらが近づけないままでは、当然のことながら敵を撃退することは敵わない。エリーシャとマリナさんが何とか状況を改善すべく、忙しく動きながら攻撃を放っている。
「このまま時間稼ぎされると面倒だぜ! エリーシャ、何とかしやがれ」
「何とかって、どうすれば良いのよ。私の弓じゃ致命傷は与えられないわ。それよりも向こうまで行って仕留めてきてよ」
「ダメだ。回り込んでる間に避けられちまうぜ」
ジークも危機感は抱いているようで、エリーシャへと檄を飛ばす。しかしエリーシャの攻撃は、精霊魔術を有効に使えてこそ真価を発揮する。この森では木の精霊が強いせいか、風の精霊は元気がないらしい。森の加護が上手く働いていない現状では古代エルフもどきに効果のある一撃を放つことは難しいだろう。
「もう、ちょこまかと動かないでよ!」
マリナさんが非難の声を上げる。マリナさんの光銃なら有効なダメージソースとなり得る。しかし残念なことに、マリナさんの射撃技術では、すばしっこく動き回る古代エルフもどきに狙いをつけて当てることは無理がある。何度も撃ち続ければ偶然に当たることもあるだろうが、さすがにそれは期待しないほうが良いだろう。
そんな中、目的の魔道具をアイテムポーチから取り出して、小さく笑みを浮かべる。エリーシャとマリナさんの二人が古代エルフもどきの意識を引きつけてくれているおかげで、前衛である僕達にはあまり意識が向いていない。
――それから少しの間、次々と精霊魔術を放つ古代エルフもどきの攻撃に晒されたまま膠着状態が続く。そして、遂に均衡が崩れるタイミングが訪れた。弓を構えながら移動していたエリーシャが、盛り上がった木の根っこに足を取られてバランスを崩してしまったのだ。
普段であればこの様なミスなどするはずもない。そんなイージーミスを見た古代エルフもどきが、ひときわ醜悪な笑みを浮かべる。
エリーシャは咄嗟につがえていた矢から手を放して、何とか受け身を取ることには成功した。しかし、それでも敵に見せてしまった隙は致命的なものであることは変えられない。
古代エルフもどきの両手から、これまでの攻撃では無かった大きさで魔力が漏れ始める。間違いなく今日一番の威力を持った一撃が放たれる予兆だろう。さすがにこの一撃を無防備に食らってしまえば、僕が強化した装備をもってしても無傷とはいかないだろう。当たりどころが悪ければ致命傷にすらなりかねない。
だから、僕はこの危機的な状況を打開するために声を上げる。
「――はい、お疲れ様でした」
古代エルフの背後から。
「ギ? ギギィ!?」
「遅いよ!」
古代エルフもどきが間抜けな声をあげながら体を捻って後ろを向き、直後に信じられない物を見たような表情を浮かべる。そして慌てて避けようとするが、もちろん時既に遅し。既に足を上げて蹴る体勢に入っていた事もあり、古代エルフもどきが避けるよりも早く、僕の蹴りは古代エルフの脇腹へと吸い込まれるようにヒットした。その直後、馴染み深い爆音と衝撃が発生する。
靴底から発生した爆発の影響で、古代エルフもどきはきりもみ回転しながら、きれいな軌跡を描いてみんなの方へと飛んでいった。
「そっち行ったよー」
「おうよ、任せろ!」
掛け声とともに振るわれたジークの一撃が、古代エルフもどきの体を真っ二つに両断した。
「――でも、なかなかの名演技だったね」
「えっ?」
戦いが終わり一段落付いた休憩のタイミングで、先程の名演技を褒めたところ、エリーシャが驚きの声を上げた。んー、ちょっと話が急すぎたかな?
「あれのお陰で敵の意識は釘付けでしたね」
「ああ、迫真の演技だったな。俺も一瞬釣られちまったぜ」
「私もびっくりしたわ」
「そ、そう。それなら良かったわ」
エリーシャの反応のせいか、急な褒め方をしてしまったように思えたが、僕の言葉に同調するように周りの皆からも絶賛の声が上がった。皆もその話に触れたかったということなのだろう。
正直なところ、古代エルフもどきの後ろに回ること自体は簡単だった。先程、前衛の個体と戦った際に気が付いたこと、それは神気の影響なのか木々が僕を避けているということだった。最後の一体が距離を保ったまま攻撃を仕掛けていたので、意図を気が付かれないよう注意をしながら試してみたところ、僕が一歩踏み出した場所の草木が避けたのだ。
そこで僕が考えた作戦はこうだ。古代エルフもどきは、こちらが近づけないと思いこんでいたようだったので、後ろに回り込んだら簡単に倒せるのではないか、と。
しかし、さすがに森の加護もある古代エルフもどきに気が付かれないように、という条件が付くとそれは難しそうだった。……ここが第二十六層でなければ。
先程、戦闘の最中に僕がアイテムポーチから取り出した近代魔道具、それは《かくれんぼ君・改》である。高性能隠密マントかくれんぼ君は姿や気配をまるごと消してくれるのだが、その形状の為に生い茂る草木とは相性がめっぽう悪い。普通に歩く分には問題ないが、急いで移動しようとすると枝などに引っかかってしまい、ちょいちょい姿がバレてしまう。それでは用をなさない。
そこで第二十五層で手に入れたデス・シャドウ・ストーカーの素材によって欠点を改良したかくれんぼ君・改は、素材の効果範囲が広がったことにより、マントという形状を取る必要が無くなった。
有効時間は少ないものの、スカーフサイズで十分な効果を得ることができるため、今回の用途にはぴったりだといえるだろう。かくれんぼ君・改を身に着けて駆けたことで、現実的な時間で古代エルフもどきの背面へと移動することができたという訳である。
さて、ようやくここで話が戻るが、古代エルフもどきの背面にたどり着いたものの、もう一つの問題が浮上した。それはエリーシャとマリナさんが攻撃を継続していたということだ。
姿が消えている以上、仲間の皆は僕が何処に居るのか見えていない。つまり流れ弾に当たってしまう危険性が大きかったのだ。特にマリナさんの光銃の威力は僕にとっても脅威がある。
少しだけ悩んだが僕が選んだ行動、それはかくれんぼ君・改の使用を止めて姿をあらわすということだった。さすがに僕の姿が目視できれば、僕に当たりそうな攻撃を継続することは無いだろう。もちろん、使用を止めたことで古代エルフもどきに気が付かれる可能性も高かったが、近寄ってしまえばこちらのものだと思っていた。
そんな中、エリーシャの咄嗟の機転により、古代エルフもどきの意識は先程の通り、エリーシャに釘付けとなってくれた。そのおかげで古代エルフもどきを蹴り飛ばすことは非常に容易なものとなってくれたというわけである。
「さ、さあ、さっさと先を急ぎましょ!」
皆からの絶賛を受けて照れてしまったのか、エリーシャは顔を伏せながら足早に歩きはじめてしまった。僕たちはエリーシャの意外な行動に顔を見合わせ、ちょっと褒め過ぎてしまったかなと反省し、休憩を止めて後に続くことにした。
……あとでぼそっと小声で聞こえてきた「バーナード君にびっくりして転んだとか言えない」という言葉は、僕の胸のうちにしまっておこうと思う。




