不意打ち
こちらを確認するなり、一人で納得したかのような素振りで言葉を発する。というか、妙な気配とはなんの事だろうか? その言葉の意味を測りかねていると、男性はこちらを見たまま首を傾げてしまう。
……聞きたいのはこっちなんだけどな。妙な気配ってなんのことだ?
「前回お会いしたときよりも大きく安定していますな。いったいどこで?」
「何のお話をされているのかわかりませんが、そういえば店長さんでしたね」
前回あったのはマキナさんにぶつかったあの店だったはず。あの時にも妙な気配とやらだったということだろうか。そういえばあの店の店長さんでもあったか。
「ああ、そういえば名乗っておりませんでしたな。私はボクゾウ・ツカモトと申します」
その名前を聞いて一瞬吹き出しそうになったが、なんとか平静を装うことに成功した僕を褒めて欲しい。この真面目な雰囲気とタイミングで僕に対してその名前を出すのは反則だ。とはいえ、自称ボクゾウさんは別にふざけているつもりは一切ないのだろう。ツカモト流合気術の伝承者である以上、何代目かはわからないが名前を継承していてもおかしな話ではない。
この名前を聞いても隣でまったく動じる様子のないアリスが羨ましい。
「ボクゾウさんですか、不思議な響きです。失礼こちらも名乗っていませんでしたね。僕はバーナードと申します」
「それでバーナード殿はここで一体何を?」
「ああ、たまたまここを通りかかったのですが、立派な建物だなあと思いましてね」
そう言って建物と敷地を眺める。僕もこれくらいの敷地が手に入れば助かったんだけどなあ。
「最近、愛弟子がようやく独り立ちしましてな。手も空いたので新しく門下生を集めようと一念発起して購入したのですよ」
飲食店、店長の愛弟子とはこれ如何に。いや、冗談だけど。
「店長ではなく武人としての愛弟子というとマキナさんのことでしょうか?」
「ご存知でしたか。まだ未熟な点は多いですが良き縁に恵まれたようです」
「皆、なかなか見どころのある若者達ですよ」
約一名、ドワーフのリリだけは年齢不詳なので若者かどうかも怪しかったりはするが、まあ今はこの表現でも良いだろう。
「何か詳しい事情をお知りのようですな」
「いえ、ご期待に添えるような大きな情報を持っているわけではないですよ。僕はたまたま諸事情により探索者トライアルに同行しただけで、マキナさんと彼らとの出会いは偶然が重なったもののようですから」
「それでも十分にありがたいことですな」
そう小さな声でしみじみと発する表情には大きな安堵感が伝わってくるようだ。確かに愛弟子といえばその関係も深いものなのだろう。しかし、マキナさんからの師匠への呼称や、この安堵感を目の当たりにしてしまうと、それだけではないようにも感じてしまう。
「こういうことを聞いて良いものかわかりませんが、傍目にはただの師匠と弟子の関係には見えないのですが……」
「はは、これはお恥ずかしい。少々過保護が過ぎていますかな。あの子は私にとっては特別な位置づけなのですよ。……ここでは何ですから中にお入りください」
そう言って中に入るように促した。それほど長話をするつもりは無かったのだが、折角のお招きなのでお邪魔することにする。
応接間らしき部屋に案内され、促されるままにソファーに腰を下ろす。部屋の中に無造作に置かれている幾つもの木箱が目に入る。どうやら引っ越ししたばかりのようで、まだ全ての荷物は整理されていないようだ。
少しだけ待つと、慣れた所作で紅茶と茶菓子が用意された。さすがは飲食店経営をしているだけはある。そういえば何故この人は飲食店など経営しているのだろうか?
「手慣れたものですね」
「これはお恥ずかしい。初めは色々と困りましたがさすがにもう慣れてしまいましてな」
「どうして飲食店の経営を? 貴方なら武術だけでも食べていくことに困りはしないでしょう?」
マキナさんの実力からすれば、その師匠であるボクゾウ氏が相当な実力者であろうということはさすがに僕でもわかる。それにもかかわらず何故武術とはまったく関係ない飲食店の経営などをしているのか、僕には不思議に思えてたまらない。
「愛弟子のためですよ」
「マキナさんのため?」
「ええ、先程の外での質問の続きになりますが、あの子は親友の忘れ形見なのですよ」
そう言ってマキナさんの身の上を語り始めるボクゾウ氏。何か辛い出来事を思い出しているのだろうか、ボクゾウ氏の表情は複雑な感情が混ざっているように見える。
なんでもボクゾウ氏には古くから親交のあった無二の友人がいたらしい。残念ながらその友人は既に亡くなっているようで、その友人が亡くなる間際に一人の女児を託された。――その女児こそがマキナさんである。
……親友の忘れ形見、か。僕から見たマリナさんのような位置づけに近いだろうか。
「あの子には平穏な暮らしをさせてあげたかったのですが、どういうわけか我が流派の武術に傾倒してしまいました」
「……すみません、飲食店の話とつながるのでしょうか?」
しばらく話の流れを見守っていたのだが、どうにもつながる様子が無いのでついつい問いかけてしまう。話をさえぎるようにしてしまったので一瞬失敗してしまったかと思ったが、ボクゾウ氏も同じような様子なので恐らく問題は無いだろう。
「ああ、これは失礼しました。あの子はツカモト流が最強の武術であると証を立てたいようです」
「それは本人の口からも聞きました。そのために天獄塔を踏破するのだと」
「はい、しかしそこには一つ大きな問題がありました」
ああ、なんとなくわかってきたかも知れない。そう思いその続きを予想する。
実際に本気のマキナさんと相対したことは無いが、数回のやり取りから予想する限り武術に関しては一流だろう。しかしトライアルでの失敗を鑑みるに、それ以外のこと――例えば料理などはからっきしということなのでは無いだろうか?
実際にランディス達からの話を聞く限りでは、強いけど色々と残念な人という評価をされている。それが妥当な評価だとすれば――
「料理が出来ない?」
「ご推察のとおり、あの子は食べることは好きなのですが、料理には興味がない上に食材への知識が致命的に足りないのです」
僕の予想通り、ボクゾウ氏はその事に大きな危機感を持ったようだ。ボクゾウ氏はマキナさんが誰ともパーティを組むことが出来ない可能性も考慮し、付け焼き刃ではあるが単身で探索をすることになっても生きていけるよう、飲食店経営を通じて伝えようとしたのだそうな。……結果は僕も知るように残念な物になってしまったが。
しかし良いこともあった。人とうまく折り合いをつけられないかと思われたマキナさんだったが、意外なことにランディス達と意気投合しパーティを組むことが出来た。つまりボクゾウ氏が懸念していた事は、無事解決することが出来たということである。
ようやく肩の荷が下りたボクゾウ氏はマキナさんに続く後継者を育てるために、つい先日この物件を購入するに至ったとのことだった。
「え!? もしかしてあの店は閉めてしまうのでしょうか?」
「ええ、もう私どもには必要のないものですからね」
先程まで言葉を挟むことを遠慮していたアリスが急に言葉を発した。スイーツやカフェが好きなアリス的には先程までの話よりもこちらの内容の方がよほど深刻なのだろう。ボクゾウ氏の言葉を聞いて半分くらい意識が何処かに行ってしまっているようにも見える。
……って、あれ?
もしかして、先程の業者が言っていた物件ってここのことだったりするのだろうか?
「あの、つかぬことをお聞きしますが、この物件はどちらで購入されました?」
「ああ、それは――」




