物件探し
孤児院といえば、シェリルさんから提案されたジーク達孤児院運営への支援事業がスピード感を増して進んでいくことを考える必要が出てくる。
基本的にはシェリルさんの方で人的リソースの確保は行ってもらえるだろうとは思われるが、安心して任せられるレベルの人物が容易に確保できるものでもないだろう。慣れているエステルにそれら全ての教育を任せることは難しいだろうし、それでは戦力として十全に力を発揮してもらえるまでには相応の時間がかかるだろう。
そう考えれば、これからより多くのホムンクルスを生み出す必要が出てくることになるのは、既に約束された未来だと言える。
その際にこの家の都合で遅れたりするようではジーク達に申し訳が立たない。いざ必要に迫られた際に満足の行く動きができるように早めに行動を起こすしか無い、か。
「よし、近いうちにもう少し大きな家を買い直そうか。というより次の探索は明日だから今日のうちに話だけは進めておいて、後日決めることにしようと思う。今度はもっと色々な事を考えないといけないかな」
例えば馬車とか馬車とか馬車とか。
シェリルさんが来るとアリスも喜ぶし、シェリルさん自身にも悪気があるわけではない。そう考えるとシェリルさんの来訪を止めることは良策とはいえない。しかしシェリルさんが来訪すると近隣住民から奇異の目で見られてしまうのは避けられない。
折角新しい地区に引っ越しても、これまでと同じようにシェリルさんが馬車で来訪していては、当然また同じような事案が発生してしまう。それではあまり意味がなくなってしまう。
引っ越しに関連して、こちらの問題も解決しなければならないと心に刻みつけておく事にしよう。
「申し訳ございません。当方が扱っている中にご希望の条件を満たす物件はございません」
朝食を食べ終えてから、善は急げと探索者向けに物件の仲介をしてくれる業者を訪ねたのだが、担当となった職員からの返答は至極あっさりとしたものだった。
僕とアリスがどのように見えたのかはわからないのだが、最初は担当職員も上機嫌だった。その担当職員がにこやかに促す中、事前に考えていた条件を一つづつ箇条書きにしていくと、最初は気持ちのよいほどの笑顔だったものが段々と曇っていってしまった。
そして条件を伝え終わった後に、一呼吸置いてから担当職員が発した言葉が、先程の言葉である。
「……ありませんか?」
「誠に申し上げにくいのですが、その条件は少々難しいかと思われます」
「しかし予算は割りと多めに用意してあるとお伝えしたと思いますが?」
最近は何かと多忙なこともあって手元に入ってくるお金も多く、生活をする上で金銭面の不安はまったく無い。放って置いても溜まる一方なので、ここぞとばかりに用意したのだ。
「いえ、お客様のご予算の問題ではないのです」
「それでは何故?」
「何故とおっしゃられましても」
反応を見る限りでは何故疑問を抱かれるのかわからないといったようにも見える。それほどまでにわかりやすい理由ということだろうか?
僕がこのやり取りに疑問を抱いている事は伝わったようで、担当職員は申し訳なさそうに口を開く。
「この条件の中で最も問題となるのはこの条件です」
そう言って担当職員が指を指した条件、それは――
「富裕層が住む地区は避ける」
この異界都市に置いて富裕層が住む地区とはつまり魔術師の中でもより高い地位に居るものが暮らしている地区ということである。この都市内の魔術師はシェリルさんに統率されているのもあって基本的に悪意を抱かれるようなことはないと思っているし、逆に僕が悪意を抱くことも全く無い予定だ。
これに関しては僕個人の心の問題であると言えるだろう。なんとなく、そう……ただなんとなく避けてしまうだけだ。
「当方が扱っております物件は主にこの地区に住んでいる、もしくはこれからこの地区に住む予定のお客様が大半です」
「はい、そう思ったのでこちらを訪ねた次第なのですが――」
担当の職員が非常に申し訳なさそうに理由を説明してくれたのだが、簡単に言ってしまうとこういうことである。
この地区にそんな大きな物件があるわけないだろう。土地や建物が大きい物件が必要なら相応の地区で探すべきだ、と。
……非常にごもっともでございます。
それならばと、いくつか物件を手に入れて繋いではどうかと提案するも、そもそも二つ続きで物件が売りに出される事自体が稀だなので、それを実現するには根気よく待つしか無いし、売り手に気取られれば足元を見られることもあるとのことだった。
「そういうわけですので、お客様が他にあげた条件を考慮しますと、富裕層の方が住む地区でなければ難しいと思います」
「うーん、どうしたもんかなあ」
懇切丁寧に説明を受けたおかげで大体の状況は理解できた。となれば次はその問題点を如何にして解決、もしくは妥協をするか、だが……。
「当方へお越しいただいたのも何かのご縁ですし、もしよろしければ富裕層の方が住む地区の物件を多く扱っている業者へ紹介状を書きますので、そちらを訪ねていただいてはいかがでしょうか?」
「……魔術師の多い地区ですか」
紹介状を書いてくれるというのはありがたい話なのだが、結果的に魔術師が多く住む地区であることには変わりはない。
「ああ、そういった事情でしたか」
「え?」
しかし、僕のつぶやきを聞いた職員の反応は少しだけ異なるものだった。予想外の言葉に少々驚きつつ、職員の顔をまじまじと見つめる。
「いえ、極稀になのですが、魔術師の方々と折り合いが悪い方が当店にいらっしゃる事があるのですよ。でも、それが理由であればちょうど良いかもしれません」
「ちょうど良い、ですか?」
「これから紹介状を書く予定の業者はそういった物件も少量ですが取り扱っているはずです」
職員の表情が先程までのくもった表情から、明るいものへと変化する。
ただまあ、取り扱っているには取り扱っているが、その件数は非常に少ないようなのであまり期待はしすぎないようにと釘を刺されてしまう。……もしかしたらこれは期待できるかもしれないな。
折角、紹介状をいただいたので、早速その業者の元を訪れるした。明日の探索に関する準備は既に終わらせてあるので、今日は一日使っても問題は無い。しかし――
「申し訳ありません。実はお客様のご要望に応えられそうな物件があったのですが、つい先日売れてしまったのですよ」
そう、紹介された業者を訪ねたのは良いが、条件を満たせそうな物件はつい先日売れてしまったばかりなのだそうな。それも僕が森の異界から帰った翌日だったらしい。
今住んでいる家が抱えている問題はそれ以前から少しずつ露見していたものなので、もう少し早く行動を起こしていれば手に入る可能性もあったということである。
まだ売れて間もない事もあり、その購入者と交渉して譲ってもらうことは出来ないかと聞いてみたのだが、もちろん顧客の個人情報を漏らすような真似をするはずもなく、交渉をすること自体が無理そうだった。まあ、当たり前か。
仕方がないので店を後にして他の業者を当たることにする。
若干意気消沈しつつ歩いていると、この地区には中々見ない光景が目に入った。民家が立ち並ぶこの区画において、明らかに異質な空間である。
開けた土地に大きな建物が建てられており、その建物も民家とは少々趣の違う構造物だった。構造を見る限りでは、どうも建物の中には体を動かす事ができそうな作りとなっている。これは武芸の道場か何かだろうか?
建物を眺めていると、入り口の扉が開き建物の中から一人の男性が顔を見せる。一旦辺りへ巡らせた視線がこちらに向くと、男性は合点がいった様子でその口を開く。
「妙な気配がするとは思いましたが、貴方でしたか」
じじい、じゃなかった。マキナさんのお師匠様、つまりツカモト流合気術の伝承者その人である。




