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ただいま

 改めて面子を見ると、ランディス、イネス、マキナさん。何気に前衛の全員が超近距離という尖った構成になっている。


 これだけだと随分と偏っているように思える。しかし後衛には魔術師であるパリスがいるし、戦況をよく見ているヴォルフガングもいる。若干クセはあるが瞬間火力の高いリリもいるので戦力としては十分過ぎる。それに戦闘以外で頼りになる面々も多いので、これからの探索も期待ができるのではないだろうか。


 ……まあマキナさんがパーティーに同行すれば、という枕詞が付くわけだが。そう思ってマキナさんを見ると意外にも怒っている様子はない。


 皆がバッサリと斬りかかるレベルのコメントをしている割に、マキナさんが食って掛かる気配は見受けられないのは、ある意味では異様にも感じてしまう。何もしていない僕が何回絡まれたことか。


 初対面では店内でぶつかって転ばせて、二回目は屋根の上でぶつかって、三回目は――ってあれ? あまりまともに接した覚えがないな。あれ?


 閑話休題、少々物思いにふけっているとマキナさんはこちらを向いて怪訝な表情を見せる。しかしすぐにその表情を戻して口を開いた。


「なんつーか、最初の数日は特に食べる物には困らなかったから良かったんだ。けどよ、階層が変わってから食べるもんが見つからなくて、仕方がねえから適当に食ってたら変なもん食っちまったみてえで、死にそうになっちまったぜ。たはは」


「まったく、たまたま僕達が通りかかったから良かったものの、下手すれば死んでいましたよ?」


「お、おう。本当に感謝してるぜ」


 少しずつ調子が戻ってきたのか、マキナさんがあっけらかんと言い放つ。それを聞いたヴォルフガングが盛大な溜息を添えてマキナさんに詰め寄り注意を始めた。……なんという命知らずな。


 あまりの出来事に逆ギレして殴りかかりはしないかと一瞬警戒してしまったが、意外なことにマキナさんは気恥ずかしそうに感謝の言葉を口にするだけだった。せめて、そういう感じで僕にも接してくれませんかね。


「それで、これからマキナさんはどうするつもりなんですか?」


「ん、どうって?」


 マキナさんが首を傾げる。僕の質問の意図が伝わっていないようだ。まあ漠然と聞きすぎたかな。


「今後の天獄塔の異界探索に関してですよ。マキナさんはトライアルを踏破しましたけど、今の話を聞く限りでは一人で探索を続けるのは難しくないですか?」


「ああ、その事ならもう皆で話し合って決まっていますよ」


 話に割り込む形でヴォルフガングが言葉を重ねてくると、その言葉を聞いた皆が大きく数回頷いた。


「このトライアルでも結構楽しかったからな。このメンバーで探索を続けるつもりだ。普段からじじいがしつこく言ってた事もなんとなくは分かってきたのもあるし、へへ」


 そう言って人差し指で鼻をこすりながら嬉しそうにしているマキナさんを見ると少々意外な一面に驚いてしまう。確かにマキナさん自体が別に悪い人ではない。その力をランディス達に貸してくれるというのであれば僕としても非常に安心ができる。


 それにしてもマキナさんの師匠、か。第一印象やマキナさんの話を聞いていると、どうも苦手意識を持ってしまう。とはいえこれからランディス達と行動を共にしてくれるというのであれば、近いうちに一回は挨拶に行ったほうが良さそうだなあ。弟子以外には怖い人でなければいいけど。


「まあ、何にせよ皆無事で良かったよ。トライアルはこれで無事終了。都市に戻れば新しい生活が始めるよ。皆おめでとう」


 改めて発したその言葉を聞いて、皆少しずつではあるが実感が湧いてきたようだ。まだ気が張っているだろうから、本格的に実感するのは夜になって落ち着いた頃だろうか。




 ひとまずこの場に残っていた目的は達することができたので、森の異界を後にして街へ戻る事にする。ランディス達はこの後まだ手続きが残っていたようなので、その対応は元々担当するはずだったスタッフに任せて、彼らよりも先に別の馬車に乗って帰る事になった。


 馬車に揺られながら今後の事に関して考え事をしていたのだが、ふと気がつくと既に周りの景色は大きく変わっていた。遠目に天獄塔も見えるのでアミルトの近くまで来ていたようだ。


 さて、と。ひとまずは今回の件に関して一番心配しているであろうジーク達の元へ報告でもしておくべきだろうか。ジーク達には今回、ランディス達に短期集中訓練を課すことを話していなかった。そのため僕達がトライアルを踏破したときよりも大幅に長い期間がかかっていることに対して、とても大きな不安を抱いていてもおかしくはない。


 エステルにセントラル経由で連絡すれば状況を伝えることもやろうと思えば出来た。しかし、トライアルの経過を逐一報告するのは、頑張っているランディス達に申し訳ないという思いが強かった。それもあり、少なくとも彼らが挫折するようなことさえ無ければ、元々連絡をするつもりはなかったので、まあ仕方がないとも言える。




 馬車を降り、自分の足で孤児院へと移動する事にする。馬車を降りる際に、御者からは孤児院まで送迎する旨の提案を受けたが、そこは丁重にお断りをすることにした。馬車はシェリルさんが愛用している物に比べれば大幅に質素なものだが、それでも孤児院付近に安易に乗り付ける類のものではないだろう。


 程なくして孤児院が見えてきた。僕が住んでいる地区の建物よりも少し質素ではあるが、その分大きめに土地を確保しているので、この地区には珍しく立派に見える。様々な障壁が解消されつつあるのでこれから更に拡大し、別の地区にも施設が作られていくことだろう。


 玄関口を掃除していたエステルが遠目に見えたので、セントラル越しにメッセージを送る。それを受け取ったエステルが若干驚きながら周りへと視線を巡らせ、僕の姿を発見すると花が開いたような笑顔でこちらに手を振り始めた。


「バーナード様、お帰りなさぁい」


「ただいま、エステル。留守の間変わりは無かった?」


「はい、大丈夫でしたよぉ。ジークさんはランディス君の事心配で心配でたまらなかったみたいで、落ち着けなかったみたいですけどねぇ」


 くすっと小さく笑いながらエステルはその様子を思い出すようにしている。確かにジークが心配する様は容易に想像がつくので、僕もエステルに釣られて笑みが漏れてしまう。


「はは、そうそう。今日中にはランディスも帰ってくるんだけど、先に戻ってきたから探索者トライアルが無事終わった報告にでもと思ってね。ジークはいる?」


「あ、ごめんなさい。ジークさんとエリーシャさんは孤児院支援事業の件で打ち合わせに出ていまぁす」


「ありゃ、そうか。そっちも中々忙しいみたいだね」


「そうですねぇ、でも今日の打ち合わせで一旦区切りになるみたいですよぉ。出掛けにものすごく気合い入れていました」


 そう言ってエステルはジークのモノマネをしてくれる。ジークの目標はどんどんと先に進んでいっているようなので、手を貸しているこちらも我が事のように嬉しくなってしまう。


 僕の口から伝えられなかったのは残念だが、まあ今日中にはランディスも帰ってくるのは間違いないので、その行為自体にはそれほど意味はないので問題はない。


 ひとまず用事は済んだので、この後はなるべく寄り道をせずに家へと帰ることにする。アリスへの報告は馬車を降りてすぐにセントラル経由で既に終えているのだが、随分と嬉しそうにしてくれていたので僕が家に着く頃には、いつもよりも一層美味しいごはんが用意されていることだろう。


 ブリジットが奇声を発して喜ぶ姿が目に浮かぶようだ。



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