六人?
一旦話の区切りがついたので、一つ咳払いをして真面目な表情に戻す。それを見て気を引き締め直したのか、皆の顔が真剣なものに変わる。
「それじゃあ、この後はトライアルに挑戦してもらうことになる。日が空いてしまったから改めて説明するけど――」
トライアル開始初日に説明した事ではあるが、数日間の訓練ですっぱり頭から抜け落ちていてもおかしくないので、改めて説明を行うことにした。その予想は当たっていたようで、ランディスとリリは見事なまでに内容を忘れていたのはご愛嬌。
「というわけで行ってらっしゃい――とは言わないから安心して。皆疲れが溜まっているだろうから、今日はゆっくり休むと良い。探索を始めるのは明日の朝からでも問題は無いよ。諦めない限り時間はいくらでもあるから」
皆を安心させる為に発した言葉だったが、想定以上に大きな効果があったようで、皆一様に安心した表情で気が抜けたように座り込んでしまった。
ポーションのお陰で体力面に関しては問題ないはずなので、これは精神的なものなのだろう。セオドールに怒られた部分は改善したはずだが、まだ足りない要素があったということなのか。そこは今後の課題として記憶にとどめて置かなければならないだろう。
というよりも、この発言で安心されるということは、今すぐにでも出発しろと言いかねないと思われている? さすがにそのようなことはありえないのだが……。
「あ、そうそう。訓練を乗り越えたご褒美と言ってはなんだけど、美味しい料理を用意してあるからゆっくり食べると良い」
もちろんそんな事はまったく予定していなかったのだが、何故か今はそうしなければいけないような気がしてしまった。幸い普段からアリスが料理のストックを絶やさないようにしてくれているお陰で十分な量を用意できる。
その提案に小さいながらも歓声が上がる。やはりつかむべきは胃袋なのだろうか?
――食事を終えて、皆がとても満足をした表情で、しかしテーブルから動けないでいた。
本来ならば、各々が自分で移動してもらいたいところだが、様子を見る限りはこのまま待っていても改善することは無さそうに思えた。仕方がないので、近くに居たスタッフに協力をしてもらい、各自に割り当てたテントへと案内をしてもらうことにする。
後で報告を受けたのだが、全員が同じようにテントにたどり着いたところで力尽きて寝てしまったようだ。食事の前に同性のスタッフにお願いして着替えを手伝ってもらっていたのが良かった。何もなければそのまま寝てしまっていたことだろう。
翌日、すっかり体力も精神力も回復したランディス達五人は意気揚々と森の異界探索へと旅立っていった。若いというのは素晴らしいことだと思う。彼らはこれから数日の時間を掛けて、トライアルを無事踏破してくれるだろうと思っている。
ランディス達は旅立ったばかりだが、トライアル開始からは既に結構な時間が経ったので、そろそろ帰還者が現れてもおかしくはない頃だろうか。そう思っているとそれから数日後、ポツポツとトライアルを無事踏破することが出来た者たちが現れたとの報告が入り始めた。
嬉しそうに報告をしてくれたスタッフによると、今回は新しい施策である近代錬金術によるサポートが功を奏したのか、普段よりも踏破のペースが早いらしい。都市経済運営の観点からすれば、探索者足り得るための基準を満たす者たちが多いというのは願ったり叶ったりなのだそうな。
実際に既存の探索者達にもポーションなどの販売は始まっていることもあり、その成果は着実に現れていた。しかし探索者の母数そのものが増えないことには急増する需要に対して供給が追いつかなくなってしまう。その問題を大幅に改善することができる今回の施策の評価は往々にして高い。
もう少し近代錬金術の普及が進めば、多くの近代魔道具がさらなる改善をもたらしてくれることだろう。だが心配が全く無いわけではない。近代錬金術の普及が進めば進むほど、錬金術排斥派の妨害は激しくなっていくだろう。そのためにも個ではなく組織として成熟させることを念頭において置かなければならない。
そしてそれから更に数日が過ぎた。
優秀なものは探索を進め、実力が足りない者はリタイアして去っていき、もう最初の広場に戻ってくるトライアル挑戦者はほとんどいなくなった。これは毎回同じような流れになっているようだ。
そういう都合もあり、本来であれば担当である僕の拘束期間はトライアル開始から一週間となっている。フィリップ副司祭とメディナスは既に帰路についており、僕も帰ってしまっても良かったのだが、まだ森の異界で時間を過ごしていた。
今回は短期集中訓練を乗り越えてくれた五人がまだ探索中である。その帰還を待たずに役目を終えてしまうというのは少々心苦しかったため残ることにしたというわけである。
その実力に関しては信用はしていても、探索中にイレギュラーが発生してしまうこともある。心配なものは心配なのである。そんなある日の昼下がりに、無事森の異界を踏破し終えたランディス達六人が帰還したとの報告が僕のもとに届いた。
元々彼らの実力であればトライアル程度は難なく乗り越えることができるとは思っていた。それが更に短期集中訓練の成果で成長したわけだが、それを考慮しても要した期間は短かったように思える。
まあ魔術師であるパリスがパーティメンバーにいるのだから、そういうこともあるのかもしれないな。……って六人?
ランディス、パリス、イネス、ヴォルフガング、リリ、後の一人は?
出発した時は間違いなく五人だったので、途中で何者かと合流したことになる。ここは森の異界で出入りが許されているのはトライアル挑戦者のみのはずである。僕もここでパーティメンバーに巡り合ったので特段おかしな話でもない、か。
とはいえ、合流したものが一体何者なのか気にならないと言えば嘘になる。まあ元々彼らが帰還した時には声を掛けるつもりだった。ひとまずは彼らが待機しているテントへと赴き、その一名の人となりを見ておくことにする。
スタッフに案内され、皆が待機しているテントに入ると、ランディス達五人とは別に一名見知った顔を見つけることが出来た。
その人物は僕の顔を見るなり非常にバツの悪そうな表情に変わり、僕と交わった視線を背けてしまう。
「……マキナさん?」
「おう」
目を背けながらも返事はしてくれるようである。そう言えば帰還者の報告の中にマキナさんの名前がなかったことを思い出す。
マキナさんの実力であれば、森の異界において全ての魔物はまったく相手にもならないであろうと思っていたので、実は完全に思考の外にあった。
そんな僕とマキナさんの様子を見て、ランディスが意外そうな顔を見せる。
「あれ、バーナード兄の知り合いか?」
「まあ街中で顔を合わせた時に話す程度にはね」
殆どはマキナさんに喧嘩を売られているわけだが、一応は知り合いだろう。マキナさんもそこは否定していないので問題は無さそうだ。
「二階層に入ってすぐくらいに行き倒れた人拾ったんだよ」
「ええ、何か腹抱えて悶えてるから慌ててポーション飲んでもらったので何とか一命はとりとめたのよね。間に合ってよかったわ」
ランディスに続いてパリスが端的に状況を説明してくれた。パリスの話し方を聞く限りでは割りとヤバイ状況だったのかもしれない。
「そうしたら元気になるなり命の恩人だ! って一緒に行動することになってしまいました」
「マキナは悪い人では無さそうだった」
「ちょっと残念な方ですけど、ものすごく強いんですよ」
皆が代わる代わる説明を補足してくれたので、なんとなくの事情は理解することが出来た。僕の予想よりも早く踏破することが出来たのは、この想定外の戦力を手に入れることが出来たからなのだろう。




