ランディス、どんまい
これは訓練なので、できることならば僕も安全を確約してあげたいところだ。とはいえ、物事に絶対はないという事は僕も伊達に長生きしているわけではないのでよくわかっている。だからこの時点においては、ランディス達がきちんとこの訓練を乗り越えてくれることを祈ることしかできない。念のため可能な限りは近くで見ていようとは思ってはいるので許して欲しい。
まあ、レギオンティーチャーのお陰で僕が若い頃に行った時よりも訓練の効率は非常良い。もちろんセオドールに怒られた問題点も解決済みなので精神的に病むようなことは無い、と思う。これが終わる頃には皆を数段引き上げられる予定だ。
途中、何度か忙しくなってしまったので場を離れたりしたが、特に大きな問題も起きずに三日が経過した。ランディス達は学習していくレギオンティーチャーに苦戦しながらも、この三日間で少しずつ連携を物にするとともに、各個人の戦力を増強する形で乗り切ってくれた。
そして遂に彼らの目の前には最後の一体が残るのみとなった。
「さあ、ラスト一体だよ。こいつを倒せば訓練終了だから頑張れー」
「よっしゃあ、こいつが最後の一体だ! 皆全部ぶつけてやれ!」
ランディスの号令を受け、それに皆が全力で答える形で渾身の一撃を叩き込む準備を始める。最後の一体というのがきっかけだったのか、半ば無理やり感のある動きばかりなので隙だらけに見える。直前にヴォルフガングから飛ばされた指示によって、その間の攻撃はイネスが受け持つことで皆を守るようだ。
大きな体躯をもったレギオンティーチャーに対して、単身立ちはだかるイネスの姿はどうしても傍目に心配になってしまう。とはいえ、現時点でイネスの防御を抜ける者はこの場には存在しえないだろう。
イネスは相変わらず攻撃らしい攻撃を自分から放つことはできないが、レギオンティーチャが放つ攻撃の勢いを利用することで、相手の体に異常な負荷を生み出すことができるようになった。何も知らない者がイネスに向かって攻撃を仕掛けようものなら、手痛いしっぺ返しを食らうことだろう。現にレギオンティーチャーが放つ一撃一撃が着実にダメージを蓄積させている事が見て取れる。
その見事な受け流しに見惚れそうになっていると、後ろに控えるヴォルフガングから何やら略語のような指示が発せられる。するとイネスは動きを変え、殴りかかってきたレギオンティーチャーのバランスを崩させ転倒させると、そのまま大きく後ろに飛び退いた。巨体が豪快に回転して転倒する様は中々に爽快感がある。地面に転がされたレギオンティーチャーは既に各所の関節にガタがきているのか、素早く立つことは敵わないようだ。
そして文字通り気が遠くなるほど戦い続けたランディス達がその大きな隙を見逃すはずもなく、全員が渾身の一撃が放つ動作に入ることとなる。
ヴォルフガング、リリ、パリス、そしてランディス。
……次々に放たれる高火力攻撃に耐えられるわけもなく、哀れ最後のレギオンティーチャーは跡形もなく崩れ去り、全ての恨みをぶつけるように放たれたパリスの魔術が生み出す高熱で蒸発するように消えてしまった。激しいオーバーキルの中、最後の一撃を決めたのはパリスだった。
「……あれ?」
変な声を出して振りかぶった拳をそのままに固まるランディス。
イネス以外の全員が渾身の一撃を放った場合、当然のことながら高火力な遠距離攻撃が敵に集中することとなる。敵の周辺には大きなエネルギーが集中することとなるため、それが落ち着くまでは周囲に近づくことすらかなわないのは自明の理である。
……まあランディスの攻撃が届くわけがないよね。
「……ランディス、どんまい」
「お、おう」
ちょっとした恥ずかしさを堪えながら、ランディスは拳を下ろして深く深呼吸を始めた。数回に渡る深呼吸をパーティメンバーが見つめていると、閉じていた目を見開き拳を高らかに突き上げる。
「終わったー!!」
その言葉がトリガーになったのだろう、皆の緊張は一気に解れて歓喜となり発散される。広場に居たスタッフたちからも大きな喝采が届く中、ランディス達は人目をはばからずに喜びを共有し始めた。
「それじゃあ皆、休憩の前に最後にもう一度一列に並んで」
中々に過酷な訓練だったため、途中で誰かは反抗をするのではないかと心配をしていたが、そのようなことは起きることなく訓練工程を無事完遂することが出来た。そして終了後の今においても誰も不平不満を口にすることなく、速やかに並んでくれた。そんな皆の顔を一人ずつ見ながら声を掛けることにする。
「お疲れ様、皆よくがんばったね。誰もリタイアしなかったのは嬉しかったよ」
「何でだろうな、あれだけ厳しい訓練だったけど不思議と諦める気は起きなかったぜ」
「確かにラン君の言うとおりね」
鼻をこすりながらランディスが明るい顔を見せる。そんなランディスの言葉に同調してパリスも嬉しそうにしていた。
「それにしても――」
ヴォルフガングが一瞬言い淀み、横に並ぶ皆を見ながら変な表情を見せた。それに釣られるように他の皆も視線を巡らせる。
「皆、訓練前とぜんぜん違いますね」
「そうだね、皆訓練を始める前とは全然顔つきが変わった気がするよ。十分探索者として通用――いや、上層階の攻略を狙えるレベルだと思う」
そう言って僕が感慨深く頷いていると、皆の表情が更に妙なものに変わる。
「いや、多分そうじゃないと思います」
「ん、その事じゃないの?」
皆の表情が変化したのを見てイネスが訂正をする。すると皆がうんうんと頷き、再びヴォルフガングが口を開いた。
「そ、そうですね全然違います。えっと全員の装備が凄いことになっているなあ、と」
ああ、その事か。
実は皆の訓練を見学しているうちに僕もウズウズしてきて、最終的にどうにも我慢できなくなってしまい、各々がレギオンティーチャーという壁に立ち向かい、より良い方向に成長できるようにと少しずつ少しずつ装備品の置き換えを行ってみたのだ。そのうちなんだか楽しくなってしまい、気がついたらほとんどまるごと装備品を改造仕切ってしまったというわけである。
「なかなか格好良くなったよね」
「訓練の最中は必死だったので気にする余裕がなかったですけど、改めて見ると訓練前の原型を止めていない……」
「リリは何とか死守した」
そう、リリの装備だけは譲れないこだわりがあったようで見た目を変えることが叶わなかった。もちろん性能は問題ないが、デザインの変更だけは行うことができなかったのだ。僕としては強化の過程でデザインが変わることは仕方がないことだと思っているのだが、利用者がそこにこだわりを持っているというのであればそれを尊重したいと思っているので問題は無い。
「なんてゆーか、これ全部で一体いくらいくら払わなきゃいけないか想像しただけで気が滅入ってくるぜ」
「別に僕が好きでやったことだから気にしなくていいよ」
「え、本当ですか!?」
ランディスの心配を払拭したつもりが、一番大きな反応を示したのはヴォルフガングだった。そういえば実家が商売やってるんだっけか。
「二言はないよ。あ、ただ定期的にメンテナンスは必要だから、その時は近代錬金術の心得がある錬金術師に仕事を出してあげて欲しい。メンテナンスはそれほど難しくないから、うちの生徒たちでも問題はないしね」
「そ、そっちが高いとか?」
「はは、その心配はないよ。メンテナンスには大してコストはかからない」
近代魔道具のメンテナンスも十分に質の良い訓練となる。どちらにもメリットが有るので僕としては願ったり叶ったりだ。その言葉にようやく安心したのか、ヴォルフガングの表情が一気に明るくなった。そんなに心配しなくても良いのになあ。




