伝えようがない
パリスの一件に関しては、てっきりシェリルさんも怒っているものだと思っていたのだが、今の会話からするとむしろ応援をしたいと言う思いすら伝わってくる。しかしシェリルさんはともかく、パリスを養子にしたという魔術師はこの一件を耳にしたらどのように思うのだろうか?
孤児から見出して養子にしたくらいなので相応の期待は寄せていたはずだ。大きく落胆することになるのかもしれないが、その辺りのフォローは僕では無理なのでシェリルさんにお願いすることになるだろう。
「ランディスはトライアルレベルであれば突破は可能だと思います。パリスに関しては実力の程はわかりませんが、魔術師であることやシェリルさんが気にかけていた事を考慮すれば、よほどのことが無ければ大丈夫なんでしょうね」
「もちろんパリスの実力であれば何も問題は無いはずよ」
「ただ不測の事態が起こる可能性もありますし、念のためパリスを養子にしたという魔術師には事情を話して、相応の覚悟を決めてもらった方が良さそうですね」
「……そのことなら心配はないわ」
そう言ってシェリルさんは遠い目をして部屋の天井を見上げた。
「ああ、もう既に伝わっているということですか。まあ家族に相談があっても何らおかしくはないですしね」
「いや、伝わっていないわ。というよりも伝えようがないと言ったほうが良いかしら」
その表情からは悲しい出来事が合ったであろう事が読み取れる。……そうか。
「それはパリスが寮に住んでいた事と関係がありそうですね」
「……そうね。パリスを養子に迎えたマギルクス家は古くから仕える魔術師の名家だったの」
「だった、ということは今はそうではない?」
「跡継ぎに恵まれなくてね、それでも当主であるタリク・マギルクスはせめて魔術師としての素養に恵まれた者を養子にとって、我がアミルト家に仕えさせたかったと聞いたわ。でも――」
昨年の初め頃、当主タリクが流行病に倒れてしまったらしい。タリクは病状が芳しくなくそのまま亡くなり、その後はパリスを養子に取ることに反対していた夫人が縁を切って追い出してしまったとのことだった。
タリクは遺言に近い形でシェリルさんに伝えたらしい。パリスには自由に生きて欲しいという言葉を。シェリルさんとしては忠臣が残したパリスをギルド職員の見習いをさせて寮に入れる形で気にかけていたというわけだ。
「だから、私としては必ずしもパリスがギルド職員になる必要はないと思っているの。まあ本当は彼女の意思でギルド職員になってくれるのが一番うれしいんだけどね」
「……そういう事情があったんですか。もしかしたらタリク氏はパリスの望みを知っていたのかもしれませんね」
「多分ね」
シェリルさんが過去を懐かしむような表情をした後、軽く苦笑いをする。きちんと記憶に残る人物だったということなのだろう。
「あ、そうそう。話は変わりますけど、今日ここに来た本当の要件なんですが、例の計画を少し早めたいのですが」
「私としては早まる分には問題ないけど、肝心の準備状況はどうなっているの? 早めても大丈夫なの?」
唐突に話を変えてしまったので、シェリルさんも少々驚いた様子で、でもきちんと言いたいことは理解してくれているようだ。
「その点は大丈夫ですよ。彼らも新しい試みに向けて俄然やる気が湧いているみたいなので、特に一部からは僕の方がせっつかれているくらいです」
「ああ、まあ敢えてその一部が誰かは聞かないことにするわ」
そう言ってシェリルさんは呆れた表情を誤魔化した。まあわかりやすいでしょうね。貴方も知っている非常に研究熱心で押しの強い、自らの資産を使い切ってしまった方ですよ。
「準備が間に合うなら良いわよ。でも、探索者としての活動の方は良いの?」
「うーん、良くは無いです。良くはないですけど、今回の一件にはもう巻き込まれてしまっていますし、近々の予定としてはジークとエリーシャは手一杯ですから」
「それで問題が無いなら良いけど。アリスちゃんには余計な心配を掛けすぎないようにね」
「そこは余計なお世話です」
「ふふ、まあ良いわ」
そう言ってシェリルさんが茶目っ気のあるウインクをしてみせる。
話が終わりシェリルさんが部屋を出て行く。この後も人に会ったりやらなければならない事が山積しているので仕方がない事ではある、か。シェリルさん本人は常にやる気に満ちているし、息抜きもきちんと行っているとのことだった。……そうやって僕が引っ越ししなければならない時期が近づいてくるということなのだろう。
執事の案内で部屋を出ると、廊下から見える庭園に二人の男性の姿が目に入る。
一人は若者で恐らく二十歳になるかならないかくらいに見える。その装いからは恐らく身分が高い人だと思われ、ゆったりとした動作や木や花を眺める仕草は気品を感じさせる。
もう一人は壮年の男性で若者の後ろで控え周囲に気を配っている。護衛かなにかだろうか?
などと眺めていると壮年の男性と目が合った。……覗き見しているわけではないが、なるべく邪魔しないように気配を殺していたはずなのに、僕に気が付いたということに少々驚きを隠せない。
モノクル越しに確認した限りでは、決して魔力が多いというわけではないが、周囲の魔力の流れが非常に安定しているようだ。恐らくは熟練の魔術師なのだろう。若者も魔術師のようだがこちらと比べると明らかに見劣りしてしまう。
てっきり警戒されるかとも思ったが、こちらへは軽くお辞儀をした程度で、その後はこちらを見る様子はない。
「バーナード様、いかがなされましたか?」
「え、ああ、急に立ち止まってしまい申し訳ありません」
「……あのお方は第二王子殿下にあらせられます、ウォーレン様でございます」
執事は特に急かす様子もなく、僕の疑問を察してその答えを教えてくれた。今の一瞬の間は僕が第二王子の事も知らない事に対する呆れか。それとも答えることに何かしらの条件があったということなのかはわからない。
まあ、少なくとも僕は現時点で答えても問題ないと判断されたわけなので、そこは気にするところでもないか。
「王子殿下が訪れている割には都市内はいつもとそれほど変わりないようですね」
「パレードは先日行われましたので、それ以降は特に民の前に出てはおりません」
ごめんなさい。執事の発言を信じるならば既にお祭り騒ぎはあったらしい。……全然気が付かなかったけどな。
ここ数日は研究がはかどっていたので外の様子は全く気にしていなかった。もしかしたらアリスは教えてくれていたかもしれない。多分聞いていても放っておいただろうから別に何も変わらない、か。
僕の手助けが必要であればきちんと招集されるだろうし、今回みたいに事前に声をかけられなかったということはそういうことだったということだろうしね。
少々間は開けてはいるが、近代錬金術の情報公開があってからの訪問であること、そしてこの屋敷でのんびりしているということを考えれば、恐らくだが敵ではないということになる。
二人はすぐに視界から出ていってしまった。一応あの二人に関しては記憶に留めては置こうと思っている。ここを訪れている以上は今後も何かと関わる可能性があるのだから。
それから休眠日を過ぎ、ついにランディス達が探索者トライアルに参加する日がやってきた。もちろんこちらの準備もギリギリではあるが間に合わせることができた。あとは――
「粛々と計画を実行するのみだ」
「それでは参りましょうか」
僕の言葉に同調するように一人の女性が言葉を発する。小柄な体型にもかかわらず、ゆったりとした武術着に身を包んでいるのが少々アンバランス差を感じさせる。
「イネス、あまり意気込みすぎないようにね」
「はい、承知しています。兄上様」
新たなホムンクルスであるイネスが柔らかな微笑みを見せる。




