出世払いで
さて、これまでは事の経緯を中心に話していたわけだが、一つ大事なことを忘れていた。それをランディスにもきちんと認識しておいてもらわなければならない。
そう思い、一旦話を区切ってから一呼吸間をおく。向こうも変化に気がついたようで僕の言葉を待っているようだ。
「まずはこの後、一番にしなければいけないことはわかってるかい?」
「え、……一番?」
聞く準備は出来ていたようだが、急に話を切り替えて問いかけたせいかランディスはすぐに答えを出すことが出来ないでいる。
「ごめん、急だったかな。まあ、試験じゃないから話を進めようか。まずランディスがこの後で一番にしなければいけないことは、ジークとエリーシャ、それにこの孤児院で暮らしている皆に謝ることだよ。皆が心配している」
「……あ、そうだよな。なんか頭がこんがらがってて逃げてた。ちゃんと謝るよ」
「うん、それが良い」
ランディスはようやく本調子に戻ってきたのか、その表情は晴れやかなものになってきていた。
いくつかの事を話し終え、ランディスの部屋を出ることにする。扉を開けようとしてふと思い出した事があったので、一度戻ってランディスの顔を見る。
「あ、そうそう言い忘れてた」
「ん、どうしたんだ?」
「手甲と足甲はもう別のものと変えたから良いけど、約束だからポーションのお金は出世払いで払ってもらうからね」
「げ、マジか」
「マジマジ」
努めて満面の笑みを浮かべてランディスを見る。先程までの晴れやかな表情が一点その顔色は青白くなり、自身が体験したポーションの効き具合からその価値を想像し始めた。
まあ実際のところは大した価格でもないから無視してしまっても良いんだが、価格を知らないランディスの表情は青ざめている。まあ、しばらくの間は敢えて教えることはしないでおこう。少し反省しなさい。
僕が部屋に入ってからは廊下からは皆の声が聞こえてくることはなかった。しかし確かに人の気配は感じられるので我慢をして待ってくれているのだろう。それをランディスも感じているのだろう。部屋の扉の前へと歩み寄と一つ深呼吸をしてから顔だけこちらへ振り向く。
「行こう」
ランディスは僕の一言に頷き扉を開いた。扉が開くとともに広がる視界。そこにはやはり予想通り皆が心配そうな顔をして待っていた。
その中には一歩引いてはいるがエステルの姿もある。彼女としても普段世話をしている孤児院の子供達の事が心配なのだろう。
そんな皆の様子を見渡した後、ランディスは行動を起こす。
「……皆、ごめん……なさい」
大きく頭を垂れ、皆に向かい謝罪の言葉を発する。その肩が小さく震えて見えるのは彼がそれだけ皆に申し訳ないと思う気持ちが大きいことの証だろう。その瞳に涙が伝っているかどうかはこちらからは見ることが出来ない。……いや、そんな事は気にするだけ野暮な話か。
その謝罪をきっかけにせきを切ったように皆がランディスへと殺到する。あっという間にもみくちゃになってしまったので暗い雰囲気は一気に吹き飛んでしまったが、こちらの雰囲気のほうが僕は好きだ。
皆が落ち着いた頃を見計らって、ジークとエリーシャそしてランディス三人だけの話し合いの場を設けてもらうことにした。部屋の外で静かにしていた事もあり、部屋の中での会話は多少は聞こえているとは思う。しかしこういうことは改めてランディスの口からきちんと話すべきだと思うしね。
子供達には奥で遊んでもらって、応接スペースでテーブルを囲む事になった。ランディスの口から直接事情の説明が行われたわけだが、それを聞き終えたジークがため息をつく。
「……まったく、バカ野郎が。俺達が事情を知ったら反対するとでも思ったのか?」
「う、……思ってた」
「大事な仲間が行動を起こしちまったんだろ? だったら男ならやることは一つだ。その野郎の心意気をくんでやれ!」
ジークが良いこと言ってやった風な顔でランディスを見る。さて、なぜそんな状況が手に取るようにわかっているかというと、なぜか僕も同席することになったからだ。
僕としては家族水入らずで話し合いをしてもらいたかったのだが、僕がいたほうが皆冷静になって話すことが出来るからということらしい。確かにランディスは口下手なところがあるし、ジーク達もまだ気持ちが整理できているわけではない。乗りかかった船ということで、この席に同席させてもらうことになったというわけだ。それにしても、まだ何やら認識に隔たりが感じられる。……あ!?
「ジーク、その仲間は男の子じゃなくて女の子だよ。この間、第二十五層踏破の際に案内してくれたギルド職員覚えてる?」
「なん……だと……?」
大きな認識違いを補正したことで、ジークの目が大きく見開かれる。
「だったら反た、って痛え!?」
突然ジークが馬鹿なことを言い出しそうになったので、エリーシャが反射的にジークの後頭部を叩いた。以前ならともかく今はエリーシャがいるリア充だろうに。
コホンと一つ咳払いをしてからエリーシャが口を開く。
「ランディス、多分その子は遅かれ早かれ探索者になっていたと思うわ。だからその子に対して悪いと思う必要はないと思うの。ただ大事な仲間として支えてあげて」
「ああ、勿論だぜ!」
エリーシャ的には孤児仲間であるパリスには押して押しまくって頑張って欲しいようだ。ランディスがエステルの事を好きなことは知っているはずだが、あくまでも恋する乙女の味方ということなのだろうか。
その後は主にエリーシャが話を引っ張る形で話が進んだのは言うまでもない。
さて、と。
話し合いが終わりひとまずの結論は出たため、後のことは任せる形で孤児院を出て、新たな目的地に向かい足早に移動を開始した。
事態が一気に流れてしまった事、そしてその事情を知ってしまった事、ランディスとパリス両名をこれからどう見守っていくべきか。
ひとまずは関係者であるシェリルさんに現状の報告はしておくべきだろう。パリスを養子にしていたという魔術師にはシェリルさんの口から説明してもらえれば手間が省ける。
それにもう少し話さなければならないことが増えてしまったからね。そんなわけで現在はシェリルさんの館へ向かう路地を不自然ではない程度に足早に歩いているというわけだ。
この地区に住んでいるのは殆どが魔術師なのでかくれんぼ君で姿を消して屋根の上を駆け抜けることは控えることにした。犯罪者撃退用の魔術に引っかかる可能性もあるし、そもそも敷地が広いため屋根から屋根の距離が結構遠い。
シェリルさんの屋敷までは一人で歩いていたのだが、幸いトラブルは無く館までたどり着くことが出来た。
急な訪問だったが、対応に出た下働きの者に要件を告げたところ、上手く取次ぎが行われたようで、あと一時間程度待てば会うことが出来るとのことである。
屋敷内を案内され客間で待つこと約一時間、シェリルさんとの面会をすることが出来た。
「まさかもう事情を聞き出してくるとは思わなかったわ」
「まあ、偶然が重なったおかげでしょうかね。今の地区に住みにくくなっただけの意味はあったかもしれませんね」
「いつでも物件を準備して待っているわよ」
この程度の皮肉では効果がないらしい。あまり引きずっても話が楽しい方向には進ま無さそうだったので、早速ランディスとパリスの一件を簡潔に説明することにする。
一通りの話を説明したところ、シェリルさんが浮かべた表情は困惑や怒りではなく好奇心に満ち溢れたものだった。
「何それ、めちゃくちゃ面白そうじゃないの。書き置きを見た時は意味がわからなかったけど憧れちゃうわ」
「そんな恋愛物の戯曲じゃないんですから、少なくともランディスは至って真面目でしたよ。パリスの気持ちには気が付いて無さそうでしたけど」
何やら乙女な表情を見せるシェリルさんを見て、一瞬だが報告に訪れたことを後悔してしまった。自由な恋愛が許されない貴族にとって、ランディスとパリスのような行動というのは応援したくなるものだったりするのだろうか?
まあ、これ以上のトラブルが発生しないならそれで良いか。




