手続きがしたいのですが
手紙に書かれた内容のみから判断するのであれば、シェリルさんからの要望に答える必要は必ずしも無い。半分冗談のような書き方なのだから当然とも言える。
「手紙の内容は理解しました。それでは手続きを再開していただいても宜しいでしょうか」
理解はした、しかし勿論だが納得をしたとは限らない。ひとまずは何食わぬ顔をして、さも当然であるかのように振る舞うことで、手続きを再開してもらえるように促してみる事にした。
努めて有効的、いや友好的な笑みを意識して作り、受付担当女性の誤解を誘おうと試みる。
「重ね重ね申し訳ありません。私は領主様から承った手紙に書かれている内容に関しては、知らされてはおりませんのでわかりかねます。ですが、本件に関して私は受付を再開する権限を持ち合わせておりません」
ダメだったらしい。
僕がそう答えることがわかっていたかのように、受付担当女性は間髪入れず即答した。ただしその顔に浮かぶ表情は心苦しいというよりは、非常に友好的な印象を受ける笑みであった。
何食わぬ顔をしていたつもりだが、簡単にバレてしまったようだ。もしかしたら半ば意匠返しの意味合いも含まれているのかも知れない。
僕のような交渉の素人が抵抗したところで、熟練の技術に対して十分な効果を得ることは出来ないということなのだろうか。
……まあ良い。もう少しだけ粘ってみるか。
それから少しの間、何とか受付業務の再開を出来ないかあれこれ確認してみたが、一切覆すことは出来なかった。
受付担当女性が悪いわけではないので、あまりゴネても結果が変わることは無いことがわかったので諦めて、明日改めて出直すことにした。しつこくしても良いことなど何もない。
「ま、仕方がねえからこれ以上はまた明日だな。バーナードもあまりカリカリすんなよ?」
「え、別に怒ってはいないよ?」
「いやいや、あれだけ食い下がっておいてそれは通らねえだろ」
それほどしつこくした覚えなどまったくないのだが、ジークだけはそうは感じなかったようだ。そう思い皆の様子を確認したのだが、驚いたことに同じような答えが帰ってきた。……はて?
「シェリルさんの思惑もわからなくはないしね。第二十五層の踏破をより効果的に広報する心づもりなんだろうと思う。やり方はともかく、立場が同じなら僕でも同じことをしているかも知れないよ」
「ぇぇ、わかってて、その上であそこまで……」
ボソリと小さな声でマリナさんがつぶやくのが聞こえた。こういう時によく聞こえる耳というのも良し悪しである。
そういえば昔、セオドールにも同じようなことを言われた事があったな。
セオドールが錬成効果の劇的な向上を公開して間もなく、セオドールのところに押しかけて連日質問攻めにしてしまったのだが、あれは打ち解けてすぐの事だっただろうか、研究成果の重要性をきちんとわかった上でよくもまああれだけ簡単に質問してきたものだと呆れられたものだ。
あれに比べれば大したことはないと思うのだが、……まあ誰もそんなエピソードは知らないので気にするようなものでもないか。
閑話休題、それはそれとして天獄塔の異界探索が都市にもたらす物と言えば、もちろんこの都市の一大産業である異界産素材の算出だ。そしてそれを生むために副次的にもたらされる物、それは他所と比べて明確に特徴づけられているであろう戦力だ。
探索者達が異界探索を行うためには非常に高い水準で戦力が要求される。これは第二十五層まで踏破した上での判断だが、この先厳しくなることはあっても優しくなることは恐らくありえないので間違えてはいないだろう。
当然のことながら、探索者達は組織立って統率が取れているわけではないし、他所よりも稼げるから探索者を生業としているだけである。しかし、そんな探索者達も、自身の生活範囲に危害を加えようとする輩を放って置いて知らぬふりなどはしないだろう。
つまり全幅の信頼は置けないにしても、ある程度の戦力としては期待することが出来るというわけだから。不用意に手を出してくる者などはそうそう現れるものでも無いだろう。
組織化された魔術師団などには及ぶべくもないが、その希少性故にそれほどの数は揃えられない。何といっても十分に戦闘経験を積んだ魔術師は非常に少ない。実際には魔術を行使できると言うだけで厚遇されるわけだから当然のこととも言える。
それに探索者集団が魔術師に劣ると言う話はあくまでも現時点においては、という前提があってのもだ。この先は近代魔道具が数多く普及していき、それが武器や防具にまで浸透していけば、話は大きく変わることとなる。
シェリルさんは天獄塔の異界における踏破階層の更新をアピールすることによって、都市の戦力増加を示していきたいのだろう。
ひとまず皆とは翌日の昼過ぎ頃を目処に、再度事務所前に集合するように決めて分かれることになった。今はアリスと二人で家への帰り道をのんびりと歩いていた。
深夜にも関わらず、大通りは多くの街灯に照らされており非常に歩きやすい。
これはアラベスクによる暴動未遂以降に徹底して改善された物だったりする。あの一件以来、彼女たちにとっては苦肉な話ではあるが、シェリルさん達の防犯意識は大きく向上することとなった。
特に女性たちにとっては非常にありがたい話だったようで、夜街からの帰り道に犯罪が発生する事もあまりなくなってきたようだ。……確かに、こんな時間に出歩いても襲われていないということは他の街では早々有り得る話ではないだろう。
「この調子で、もっともっと近代錬金術の多くが復活して昔みたいになってくれれば嬉しいなぁ」
「バーナード様が知る百年前の繁栄ですね」
アリスが大通りに視線を向けたまま、でも嬉しそうに返事をする。……昔の事に関してはもちろんアリスも実際に見たことは無い。しかし、日々発展していくこの街を見て、ある程度の確信を得てくれているのだろう。
「今のペースであればそれほど長くの時間はかからないと思うよ」
「ふふ、私も見るのが楽しみです」
そう言って、アリスはこちらに顔を向け優しく微笑み返してくれた。夜の照明に照らし出されたその表情に少しだけドキッとしてしまう。
最近のアリスは時間に関して追われるような様子を見せることは無くなった。最低限不安を表に出すことがない程度には、間に合うと信じてくれてはいるようだ。
この笑顔に答えるためにもなるべく早く天獄塔を完全踏破し、賢者の石の錬成を間に合わせたいと本心からそう思える。この時代に対してもそれなりにしがらみができてしまった以上、全てを放り出して異界探索に集中するというわけには行かなくなってしまったが、現状のペースであれば十分に間に合うことが出来るとは思う。
もちろん、これ以上のイレギュラーが発生しなければ、だが。
「そういえば、今回の探索はイレギュラーな要素が満載だったなぁ」
「そうですね、青龍が出現した時には本当にどうなることかと心配してしまいました」
アリスの言うように、あの時に青龍を見た瞬間は本当に生きた心地がしなかった。亜神になる前のことではあるが、賢者の石を錬成するために素材を手に入れる為に死にかけた経験が頭をよぎってしまった程だ。とは言え、最初のブレスを見た時には十分な勝算を得ることが出来たわけだが。
あー、でも森が燃えた時は本気で慌てたな。
「ふふ、でも楽しそうですね」
「え?」
ああ、顔に出てしまっていたか。
「いや、熱かったなぁって思ってね。ははは」
「……あまり無茶なことは控えていただけると助かります、ね。心臓に悪いです」
「でも、得るものはあったよ」
「もう、答えになっていません」
アリスが頬を膨らませて怒るふりをしている。アリスには悪いけどこれからもああいった行動は取ってしまうと思う。
「僕は大丈夫だよ」
「ですから――」
「大丈夫だよ」
そう言ってアリスの手を握る。
不意をついた形になってしまったせいか、アリスは下を向いて何も言わなくなってしまった。




